分裂
「どうして……どうしてあの子なのよ……。」
お母さんの嘆く声が聞こえる。
泣いているのだろう。
そりゃそうだ。
まだまだこれからという長男が亡くなってしまったのだから。
私はというと、現実を飲み込めずにボーッとしていたままだ。
あまりの出来事と現実感のなさに涙も出てきていない。
ただの壊れた人形のようになっていた。
「こんなことになるくらいならあなた達なんか産まなければ良かったのよ!!!」
何処かに何かをぶつけたかったのだろう。
お母さんは私たちに向かって睨みつけるような形相をしながら叫んだ。
「おい!何を言ってるんだ!この子達に罪はないだろ!これは不幸な事故だったんだ……な?」
「そんなことないわ!私には銀だけいてくれれば良かった!こんなの必要なかったのよ!」
激しい言い争いをしていた。
そして、お母さんの言葉が何より私に突き刺さった。
あそこで、私が犠牲になっていれば良かったんだ……。
後悔が気持ちを埋めてくると、次第に上ってくる悲しみと苦しみ。
「お母さん……っ……ひぐ……ごめ……なさい……ごめん……なさい……っ!」
涙が溢れてくる。
もっとああしておけば良かったとかこうしておけば良かったとか。
取り返しがつかなくなってから気がついて。
自分の無力さにただただ謝ることしか出来なかった。
「なぁ、お前たち……パパと一緒に暮らさないか?……ママはもうダメだ……。」
まだお母さんは目の前にいるのに、お父さんは私たちに向かいながらはっきりと告げた。
私はそれに答えられず、罪悪感に苛まれながらまだ泣いていた。
「私ね。ママのハンバーグ好きだよ。」
「白…?」
何を思ったのだろう。
白は突然なんの脈絡もなく呟く。
「こんなのおかしくない?だってそれだとみんな幸せになれないよ?」
「白……確かに今は不幸になるかもしれない。だけどな…今はパパが言っていることは分からないかもしれないが、このままずっと不幸より、将来的に幸せになることを考えよう、な?」
白の言葉にお父さんは少し苦い顔をしてから、白の肩に優しく手を置きながら言い聞かせるようにゆっくりと思いを伝えていた。
「ねぇなんでみんなが笑顔じゃダメなの?お兄ちゃんもママもパパもお姉ちゃんもなんで笑わないの?ほら、私はこんなに笑えるよ?」
状況が理解出来てないのか、白はどうしてこんなことになっているのか分からないといったように、無邪気に笑って見せていた。
それは同時に痛々しくも感じてしまうほどに無垢な笑顔だった。
「白……っ!……パパもなこれで良いなんて思わない…でも仕方ないことだってあるんだ。分かるか?」
お父さんの声色が変わる。
声自体震えている。
本当は自分も思い切り泣いてしまいたいのかもしれない。
「お父さん。白は私がなんとかする。ちょっと2人きりにしてくれない?」
その姿を見て、不安なのは私だけではないと、悲しいのは私だけではないと……
そう感じて、私も泣くのをなんとか辞めた。
涙はまだまだ溢れてはくるが、歯を食いしばりそれを耐えていた。
「あぁ……分かった。おい、俺たちも話し合うぞ。こっちにこい。」
お父さんは私の方へ向いて、ジッと目を見てきた。
私の目を見て何を思ったのかは知らないが、頷いてから私に任せるようにしてくれた。
そして、今もブツブツと何かをこだまのように繰り返しているお母さんの手を握り、外へと連れ出した。
私も白の前に移動する。
それからしっかりと笑顔を作って。
「白、3人で楽しかったよね。」
「うん、またみんなで笑って遊ぼうよお姉ちゃん!」
「そうね。私もそう思う。」
話してみて理解する。
やっぱり白は今の状況を理解していない。
いや、理解しようとしてない。
受け入れることを拒否しているように見える。
ずっと一緒に過ごしてきたんだ。
お父さんよりも長く近くで見てきた。
私の方が白のことを理解してあげられる。
「じゃあ明日にでも遊びに行こうよ!ほら!お姉ちゃんも笑って!」
「白……お姉ちゃんの話し聞いてくれる?」
「え?何?」
よし、聞き返してくれた。
話しはちゃんと耳に入りそうだ。
「お兄ちゃんはもういないの。」
「信じない。」
即答とも取れる速さの否定。
「白「信じない!」
今度は言葉を被された。
聞く耳持たないとはまさにこのことだろう。
「信じない信じない信じない!!!どうして!なんで!?なんで、みんな笑ってないの!笑ってよ!!!お姉ちゃんもパパもママも……なんで……っ!」
「白……。」
初めて見せる白の涙。
昔からどんなことがあっても泣かなかった。
泣いているところなんて初めて見た。
白は理解しようとしてない訳ではなかったのだ。
理解した上で防御してたんだ。
自分が壊れないように……。
こんな時なんて声をかけたら正解だろう?
分からない。
「白……あのね……」
「あんたたちがいなければっ!!!!」
「白!茜!逃げろ!!!!」
バンッ!と大きな扉を無造作に開ける音が響く。
その音に白と私はその方向を見る。
包丁を持って鬼のような形相で飛び込んでくるお母さん。
そして、凄く慌てた表情でお母さんを押さえようとしているお父さんがそこには居た。
その異様な光景にあっけにとられてしまう。
「お母さん。私ね。お母さんのこと好きだよ。」
それに近づいていく白。
それを見て私は我に返る。
背筋がゾワっとした。
嫌な予感がする。
「白!ダメ!」
そこからはもう一瞬の出来事だった。
白の手を引いて自分の方へと寄せる。
お母さんの突き出した包丁が空を切る。
そして体勢が一気に不安定になり、お母さんとお父さんは倒れ込んだ。
「ぅぐ!?」
お父さんの鈍い声が聞こえる。
そして、記憶に新しい赤色がじわじわと地面に広がっていく。
「……え?」
一気に顔が青ざめる。
全身が震える。
また、なの……?
「きゃあああああ!!」
酷いこと続きで私の脳内容量は完全に振り切ってしまっていた。
もはや叫ぶことしか出来なかった。
「う、うふふ……あは……あははははははははは!!!」
赤い液体がべっとりと手についたお母さんはそれを見ると天を仰いで笑い出した。
もうこの人がいつかの同じ人とはもはや思えなかった。
「……。」
そして、ふと笑い声が止んで。
こちらをギョロッと睨みつけてくる。
「っ……!」
息を呑む。
次は私たちなんだと思った。
「ママ。」
「行くわよ!白!」
尚も歩み寄ろうとする白を見て、私の足の震えはおさまった。
瞬間白の腕を掴み走り出した。
そして、窓からまず白を抱えて外に出す。
次に自分が窓から出て、また白の手を握り走る。
お母さんはすぐに追ってくると思っていたのだが、何故かついては来なかった。
その日は何処か行くあてもなかったので、勢いで前に3人で作った秘密基地に逃げ込んだ。
「お姉ちゃん。なんで逃げたの?怒られるよ?」
「白。今の起きたことを信じられなくて良い。でもお姉ちゃんだけは信じて!」
私は目に涙を溜めながら、精一杯を白に伝えた。
声も足も何もかも震えていたと思う。
何が何やら分からないのは私も同じだった。
でも起きてしまった。
そう、起きてしまったことを現実として捉えていかないといけないんだ。
幼いながらの私の行動は全て本能によるものだった。
ただ怖いものから逃げただけだった。
白とは離れたくなかったから連れてきただけだった。
これからどうしようとかそんなことは考えていない。
とにかく今を生きるのに精一杯だった。
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