第12話 無限に続く物語

 真っ暗な真空の宇宙に、突如として巨大な鋼鉄の船が現れる。

 その青い船――外宇宙探査船ルダバイトの船橋ブリッジに、少し耳の尖った女性オペレーターの報告が鳴り響く。


「船長、L3ポイントへの瞬間移動、無事に成功しました」

「よろしい」


 ブリッジの中心、船長席に座った中年の人間男性が気楽に頷き返す。


「暗黒物質変換器を作動せよ」

「了解。暗黒物質変換器、起動開始」


 オペレーターが手元のパネルを操作して、船の後部に設置された巨大な樽形の装置を起動させる。

 それは宇宙空間に充満する、光学的には観測できない原始の物質――暗黒物質ダークマターを取り込み、魔力の元である魔素へと変換していく。

 古き邪神の信者などからは『人類最大の裏切り者』と忌み嫌われている、偉大なる賢者が残したメモの中に、あくまで仮説として書かれていた暗黒物質。

 その存在が実証され、惑星の大気圏内にしか存在しないとされていた魔素が、暗黒物質から生成できると判明したのは、人類史に残る大発見であった。


 なにせ宇宙空間では使い捨ての電池も同然だった魔法使い達が、魔力を回復して好きなだけ魔法を使えるようになったのだ。

 これによって宇宙技術は飛躍的に進歩し、数千年前のように巨大な小惑星が飛来したとしても、今ならば容易く破砕可能になっている。

 そして今日ついに、最新の宇宙船によって外宇宙へ旅立つ事になったのだ。


「長かったな」


 ここに至るまでの数々の苦難を思い出し、船長は懐かしさに目を細めながら背後を振り返る。

 そこには細いガラスの筒が設置されており、最新の宇宙船には似合わない前時代の武器が飾られていた。

 古き邪神を討ち滅ぼし、持ち主の名を冠した破魔の剣――竜剣アリアン。

 宇宙船の機能には全く関係ないが、お守りとして持ってきたそれに、船長は恭しく両手を合わせる。


「どうか美人の宇宙人と遭遇できますように」

「そんな事を願うために国宝を持ってきたのですか?」


 オペレーターが軽蔑の眼差しを送ると、船長は慌てて言い訳をした。


「いやいや、国宝である前に我が家の物なんだから、どうしようと勝手だろう?」

「そのせいで大統領と喧嘩になって、出航が遅れたのも正しかったと?」

「うぐっ……第一機関室、充填状況はどうなっている」


 旗色が悪いのを悟った船長は、オペレーターから逃げて通信機のスイッチを入れる。

 すると、目の前に立体映像のウィンドが開いて、可愛らしい声が返ってきた。


『はいはーい、現在は六十%と順調に進んでいますよー』


 ウィドウに現れたのは、青い肌をした巨人の少女――弱冠十八歳の若き第一機関長。

 といっても、彼女ら第一機関士の仕事は機械の整備ではなく、暗黒物質変換器によって生成された魔素を吸い、魔力を生み出して魔導体に溜め込む、いわば生けるジェネレーターの役割だった。

 ちなみに、船の運航や発電に用いる核融合エンジンの整備担当は、第二機関室となっている。


「よろしい。だが無理しちゃ駄目だぞ」


 船内で一番若い美少女(寿命が長く成長が遅い種族なため、下手をすれば幼女)を相手に、船長の声も自然と優しくなる。


『はいですよー。でも船長さんのために頑張るですよー』

「うんうん、機関長ちゃんは偉いな」

「……ロリコン」


 十八歳に猫撫で声を使う中年男の姿に、オペレーターは不機嫌そうに舌打ちを鳴らす。

 それが耳に入ったのか、船長は慌てて生真面目な顔に戻った。


「では充填が完了次第、連絡をくれたまえ」

『了解なのですよー』


 機関長との通信を終えると、船長は改めてブリッジのモニターに映る宇宙へ目を向けた。


「さて、宇宙人はともかくとして、丁度良い星が見つかるといいが」


 外宇宙に進出して移住可能な惑星を見つけ出す。そんな無謀ともいえる計画に予算が下りたのは、彼らの生まれ故郷たる惑星オーブムが、既に定員オーバーを起こしているからだった。

 魔力の循環式トレーニングが学校で義務化された事によって、現在は人類の九十八%が魔法を使えるようになっている。

 また、危険性があるため表向きは禁止されているものの、遺伝子を調整して魔力を飛躍的に高めた新人類も現れていた。


 これによって人類の生産力は飛躍的に向上したものの、治癒や蘇生の魔法がより簡単に受けられるようになった事で、寿命以外の死亡率がゼロに近づき、人口が爆発的に増加してしまったのだ。

 母なる星にはもう余っている土地がなく、新生児の出産に重税を課す国まで現れている。

 ただ、このような事態は世界医療魔法機関(古き邪神への信仰を捨てて再編された魔法使いの組織)によって予見されていた。


(まぁ、賢者様の入れ知恵という説もあるが)


 ともあれ、予見されていたからには対策も練られていた。

 巨大人工浮島メガフロートによる海上都市の建設、かつて魔界と呼ばれていた地下世界の拡張、宇宙コロニーの建造、砂の惑星を水の惑星に変えようという惑星改造テラフォーミング

 そういった様々な計画の一つが、この宇宙船による外宇宙の探索だった。


「世間からは一番期待されていないが、だからこそ挑み甲斐がある」


 船長は不敵な笑みを浮かべて、広い宇宙を睨む。

 子供の頃に擦りきれるほど読んだ、眼鏡の少女が様々な遺跡を旅して回る冒険小説。

 作者不明のその本に影響されて、船長は探検家になる事を夢見た。

 ただ残念な事に、彼が成長して大人になる前から、探検できるような未知の場所はもう残されていなかったのだ。

 この眼前に広がる無限の宇宙を除いては。


『艦長さん、充填完了ですよー』

「よし、始めてくれ」


 機関長からの報告を受けて、船長はオペレーターの横に座った新人類の女性――操舵手に声をかけた。


「畏まりました」


 操舵手がパネルを操作すると、宇宙船の船首から光が放たれて、前方に巨大な魔法陣が描かれる。


『操舵手さん、そちらに私達の魔力を送りますよ』

「はい、どんどん注いでくださいませっ!」


 愛する機関長からの声に、操舵手は目にハートマークを浮かべながら、船内に張り巡らされた魔導ケーブルを通して膨大な魔力を受け取った。

 そして、普通の人間なら蒸発するほどの膨大なエネルギーを操って、空間の壁をこじ開ける。


「次元よ揺らぎ、我が前に新たな星系への道を開け、『次元開門ディメンジョン・ゲート』」


 宇宙空間に描かれた魔法陣が眩しく輝き、遙か何光年も先の星系へと繋がる次元の穴と化す。

 ついに開かれた冒険の扉を前に、船長は子供のように目を輝かせて叫んだ。


「核融合エンジン、最大出力。さあ、宇宙の処女地を汚しに行こうじゃないかっ!」

「下品ですよ、ソトヤマ船長」


 オペレーターの冷たい叱責も、興奮している船長の耳には届かない。

 宇宙船は船尾から火を噴いて、巨大な次元の穴へと飛び込んでいった。

 人類の冒険は、無限に続いていく。

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