第11話 胡竜の夢
彼女がそれを実行しようと思ったのは、ほんの気まぐれにすぎなかった。
異なる世界から知的生命体を召喚する――その発想自体は珍しくもなかったが、実現した者は一人もいなかったから、自分の才能を証明するために試してみた。ただそれだけの話である。
彼女は入念に描き上げた魔方陣の前に立ち、朗々と呪文を唱えながら、呼び出す者の事を思い浮かべる。
(強く、賢く、そして、こんな私を……)
はたして異世界より召喚されたのは、一見すると何の変哲もない黒髪の少年であった。
ただ、彼が普通だったかというとそんな事もない。
「まさか、この身で異世界召喚を体験する事になるとはな、くくくっ」
「あまり驚いていないのね」
「いや、驚いているさ。だがそれ以上にワクワクしている。魔法と科学が融合した世界に来られるなんて、滅多にあるものじゃないからな!」
少年はろくに魔力もなかったが、少し進んだ科学の知識と、こことは異なる価値観、そして異常な胆力を持っており、それが彼女を戸惑わせた。
「……見たでしょ。この通り、私は化け物なの」
「胸元の鱗程度で萎えると思われるとは、随分と馬鹿にされたものだな。こちとら蛇女や蜘蛛女にだって萌えられるHENTAI日本人よ!」
「頭おかしいの?」
「くくくっ、俺をどん引きさせるつもりなら、最低でもドラゴンカーセックスを上回るインパクトを持ってこい!」
自分が汚らわしい魔族だと言っても聞かず、彼は図々しく懐に入ってきて、それが少しずつ彼女を変えていった。
「やはり魔導科学だけでなく、純粋な科学をもっと発展させるべきだな」
「どうして?」
「魔法使いとそれ以外の格差が大きすぎるからだ。お前が無理やり魔族化されたのだって、元を辿れば格差のせいだろう?」
「……そうね」
「魔法は才能ある者しか祝福しないが、科学の光は万人を照らす。全体を底上げして格差を減らしてやれば、お前のような目に遭う子供達だってなくせるさ」
「馬鹿馬鹿しい、そんなの夢物語よ……でも、無理難題の方が挑み甲斐があるわね」
「くくくっ、それでこそ天才魔導科学者様だ!」
彼女の地位と実力で、彼の発想を実現して、魔法に支配された世界を科学の力でこじ開けていく。
それはとても忙しい、けれども充実した時間で、竜や魔族への憎しみなんて頭に浮かぶ暇もなかった。
けれども、そんな楽しい日々は、巨大な小惑星の接近によって終演を迎えた。
「どうしても行くのか? ロケットは何とか完成したが、小惑星まで無事に辿り着ける可能性は低い。仮に成功しても、『
「私、たくさん人を殺したの」
「…………」
「お父さんとお母さん、その時一緒に魔族化された子供達とその家族。そして、私を愛さなかった男達……星の一つくらい救ってみせないと、罪の償いにはならないでしょう?」
「お前、そんな殊勝な女じゃないだろ」
「そうね。死んだ奴らの事なんて本当はどうでもいい。ただ、私達の積み上げてきた科学と魔法が、人の力が、石ころごときに負けるなんてムカつくのよ」
「……お前らしいよ」
涙を堪えて苦笑する彼に背を向けて、彼女は二度と帰れぬロケットに乗り込む。
そして、扉が閉まる寸前に振り返り、満面の笑みを残した。
「言い忘れてたけど、私ね、貴方の事が――」
「――アン、アリアン、こんな所で寝てると風邪ひくぞ」
肩を揺さぶられる感触で、アリアンは微睡みから目を覚ます。
剣の稽古を終えた後、魔王城の庭でデッキチェアに腰掛けて休んでいたら、そのまま眠り込んでしまったのだろう。
アリアンは目蓋をこすり、苦笑する真一の顔を見上げてから、暗い表情でうつむいた。
「……僕、嫌な女の子だ」
今のが夢で、彼女が救われなかった事を悲しむよりも、愛する人を取られなかった事を喜んでいる。
そんな急に落ち込んだアリアンに、真一は戸惑いながらも笑って手を差し出した。
「よく分からんが、完全無欠の女の子より、欠点もあるアリアンの方が俺は好きだぞ」
「……ズルいな」
こんな彼だからこそ、彼女を救えたのではないかと、小さな棘が胸を刺す。
けれど、アリアンはあり得なかった可能性に苦しむよりも、今を精一杯生きるために、差し出された真一の手を掴むのだった。
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