第8話 もう一つの追憶・08

「で、子孫に託すはずが、他の始祖にでも気づかれて押収され、こうして地下室に仕舞い込まれていたわけか」


 長い記憶の鑑賞を終えて、真一はゆっくりと息を吐き出す。


「これがちゃんと伝わっていたら、もっと早く村の問題が解決していたのに……っ!」


 クラリッサは真実を隠蔽した始祖達に怒り、思わず拳を握りしめる。

 そんな彼女の肩を、ロージアとマレンが叩いて慰めた。


「けど、これを皆に見せれば、今からでも間に合うよ」

「過去は無理でも、未来は変えられるからな」

「そうね、フェイ様には感謝しないと」


 気持ちを切り替えて頷くクラリッサを見て、真一は複雑な表情を浮かべる。


(本の虫だったり、何より言葉がつっかえる癖からして、こいつは確実にフェイの血を引いてるよな)


 うるさいくらい行動的で、馬鹿でドMだが勇敢と言えなくもない少女が自分の子孫だと知ったら、オリジナルのフェイはどう思うのだろうか。

 そして、尊敬する先輩が作り出したレプリカントが、明るい探検家の少女という、自分の理想そのものだと知ったなら……。


(笑って喜ぶだけか)


 素直で謙虚な根っ子の部分は、彼らが共に過ごした少女も、今記憶を眺めた女性も変わらない。

 フェイの笑顔が脳裏に浮かび、真一は頬を緩めるが、その横でリノが固い表情を浮かべていた。


「リノちゃん、大丈夫か?」


 濃密な記憶に酔ったのかと、心配して声をかけてみると、リノはゆっくりと首を横に振った。


「はい、別に気持ち悪くはないです。ただ、ちょっと気になった事があって」

「何だ?」

「フェイさんの記憶の中に、勇者さん達が出てこなかったなって」

「あぁ、言われてみれば出てこなかった」


 真一は思わず手を打ち鳴らす。

 不死身の勇者から襲撃を受けるなんて大事件があれば、間違いなくその記憶も刻まれていた事だろう。


「つまり、フェイさんの時代には勇者の襲撃がなかったのかな?」

「だろうな」


 アリアンの言葉に真一は頷き返す。

 フェイとエレンが人工冬眠から目覚めたのはほぼ同じ時期だが、そこから女神教が作られ、初代教皇ユメンタが没し、その遺言としてエルフの墓所を破壊しに向かうまでに六十年は経っている。


「フェイは勇者が来る前に寿命で亡くなったんだろう」

「きっとそう、ですよね……」


 真一の推理にリノは頷きながらも、何か言い淀むように顔をふせてしまった。


「リノ様、やはりお加減が悪いのでは?」


 セレスが心配して声をかけるも、大丈夫だと首を振るばかりで答えようとはしない。

 そんなリノの姿を見て、真一は何となく察した。


(フェイが生きていたからこそ、エレゾニアは勇者達に村を襲撃させなかったと、そうであって欲しいのだろうな)


 レプリカントとして利用した件もそうだが、あの憎しみで凝り固まった女神にも、他者を気遣う優しさが残っていたと思いたいのだ。


(自分達が倒した敵にも善い所があったなんて知っても、普通は後味が悪くなるだけだが……)


 リノの場合は違う。底抜けに優しい彼女は、たとえ友人を殺した怨敵であろうと、憎むよりも愛したいのだ。


(理解不能な憎悪の女神よりも、人間味のある女の方が納得できるから――とまで勘ぐるのは野暮か)


 女神に成ろうとした女を人間に引きずり落とすいう意味では、むしろ残酷かも知れなという考えも浮かぶ。

 ただ、真一はそれらを口にはせず、リノの頭を優しく撫でた。


「あいつが消滅した以上、何を考えていたのかはもう誰にも分からない。だから、リノちゃんの好きなように捉えればいいさ」

「それって、ちょっと乱暴じゃないですか?」

「いいのさ、歴史は勝者が作るものだからな」

「やっぱり乱暴なのです」


 リノはそう告げながらも、頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。

 それを見て、蚊帳の外のアリアンが不満顔をしながらも告げる。


「とにかく、この魔導体を持って帰れば目的達成だね」

「そろそろ夜も明ける頃でしょうし、お暇すると致しましょう」


 セレスも頷き、散らかした箱を皆で急いで片付けると、切り抜いた床も魔法で元に戻して、村長宅の地下室を後にした。

 そして、寝ている男エルフ達を起こさないように注意しながら、女エルフだけを村の中央に呼び集めて、盗ってきた魔導体の中身を見せる。


「やっぱり、私達は人間だったのね」

「聖母のように伝えられていたフェイ様が、こんなに苦しんでいたなんて……」

「それを保身のために隠すなんて、他の始祖様達には失望したわ!」


 納得、悲しみ、怒りと、様々な感情を渦巻かせながらも、女エルフ達はようやく心の底から真実を受け入れる。

 彼女達の内心を現すかのように、薄暗い空が朝日によって明るく照らし出された頃、ようやく異変に気づいた男エルフ達が集まってきた。


「お前ら、朝食も作らずに何をやってるんだ!」

「また下等な人間の下らない話に騙されているのか。これだから女は」


 偉そうに怒鳴ってくる七人の男達に、六十人を越える女達は一斉に白い目を向ける。

 普段とは違うその態度を訝しみつつ、村長は真一の方を見て、彼の手に握られた魔導体に気がついて目を見開いた。


「な、何故それがここにっ!? それを女達に見せたのかっ!」

「まさか、あれは地下室の遺産なのか?」


 村長の取り乱しぶりから、他の六人もどれだけマズい物か察したのだろう。

 顔面が真っ青になる男エルフ達を、女エルフ達がゆっくりと取り囲む。


「えぇ、見させて頂きました。そして認めましたよ」

「悔しいけれど、私達も下等な人間にすぎなかったのだと」

「でもお陰様で、貴方達の奴隷扱いに我慢する必要がなくなりましたね?」


 口々に冷え切った台詞を吐きながら、女エルフ達はジワジワと包囲網を狭めていく。

 袋のネズミと化して震え上がる男エルフ達に、真一はニヤリと笑いかけた。


「まぁ、自業自得ってやつだ。希少価値を笠に着て横暴を働いた、自分達の馬鹿さを呪ってくれ」


 事実、謙虚に振る舞っていたクラリッサの父親などは、女達から責められる事もなく、真一の背後で黙祷を捧げている。

 しかし、特権に慣れて堕落しきっていた七人の男エルフ達に、反省という言葉は存在しなかった。


「おのれ人間め。貴様さえ現れなければぁぁぁ―――っ!」


 男エルフの一人が逆上して、真一に向かって跳びかかってくる。

 だが、アリアンやセレスが迎撃するよりも早く、クラリッサの拳が男の頬を殴り飛ばした。


「ぐべらっ!」

「勘違いしないでよね。これは殴った拳の痛みが欲しかっただけなんだから!」

「お前が言うと冗談に聞こえねえよ」


 悶絶する男エルフを余所に、ツンデレっぽい事を告げるクラリッサに、真一は冷静にツッコミを入れる。

 そんな彼らの前で、女エルフ達は溜まりに溜まった怒りを爆発させていた。


「ほら、泥のお味はいかが? 地面に投げ捨てた誕生日ケーキを食えって、私に命令したくらいだもの、泥くらいは美味しく食べられるよね?」

「も、もう許してく、ガボガボッ!」


 ロージアは魔法で生み出した泥沼の中に、王様気取りの馬鹿を沈めては、もがき苦しみながら窒息していく姿に微笑みを浮かべている。

 その横では、マレンが同じセクハラ被害者達と共に、太ったスケベオヤジを魔法で切り刻んでいた。


「喜べ、ダイエットの手伝いをしてやる」

「ぎゃあぁーっ! 嫌がる子を責めるのもいいが、蔑んだ顔で責められるのも……」


 流石は高レベルの変態らしく、半分ご褒美になりかけていたが、とにかく少女達は今までの鬱憤を晴らす。

 そうして、男エルフ達に加えられる凄惨なリンチを、真一は数歩下がった所から鑑賞し続けた。


「やはり数こそがパワー。民主主義は偉大だな!」

「ミンシュシュギが何かは知らないけれど、間違いなく間違ってると思うよ」

「同感です」


 アリアンは深い溜息を吐き、凄惨な光景を見せないようにリノの目を掌で塞ぎながら、セレスも同意を示す。


(それにしても、ハーレムの末路は悲惨だな)


 男の夢ではあるが、一度ヒビが入ればこうも簡単に崩壊してしまう。

 夫は嫁達の恨みを買わぬよう、常に深い愛情を注ぎながらも、嫁同士で妬み合ったりしないよう、平等に接する事を心がける。

 それくらいのサービス精神がなければ、ハーレムなど維持できないのだろう。


「……肝に銘じないとな」

「どうかした?」

「いや、何でもない」


 不思議そうに首を傾げるアリアンに、真一はいつもの悪い笑みを返して誤魔化す。

 こうして、血と因習に縛られていたエルフの村は、新たな一歩を踏み出すのだった。

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