第3話 もう一つの追憶・03
真一達は村長宅の前を離れると、かつて一夜を明かした事もある、クラリッサの家に集まった。
「それにしても、エルフの男達があそこまで醜悪だとは思いませんでした」
居間でテーブルを囲みながら、セレスが深い溜息を吐く。
「怒鳴ってばっかりで、大切な本まで燃やすなんて酷いのです!」
温厚なリノまで怒って頬を膨らませる。
それを見て、真一は苦笑しながら種を明かした。
「本の事なら気にしなくていい。あれは予め紛失に備えて、魔王様に『
「そうだったのっ!?」
「くくくっ、男エルフ共が自己保身に走るなら、きっと燃やすだろうと思っていたんだよ」
「全て計算通りだったんだ……」
ともあれ原本の方は無事だったと知り、アリアンも安堵して胸を撫で下ろす。
「だからといって、あのような蛮行が許されるわけではありませんわ」
そう言って謝ったのは、薄幸の美人という言葉が似合うクラリッサの母親。
「同じエルフの男として、本当に申し訳ありません」
気弱な文学青年といったクラリッサの父親も、揃って頭を下げてくる。
「何でこんなまともな両親から、お前みたいのが生まれたんだ?」
「どういう意味よ!」
心底不思議そうな目を向けてくる真一に、クラリッサは大声で怒鳴り返す。
そんな娘を両親は揃ってたしなめた。
「クラリッサちゃん、ご友人にそんな口の利き方をしてはいけないわ」
「そうだよ。この人達は墓所の悪霊退治を手伝ってくれて、今度は村の人口問題まで解決しに来てくれた恩人じゃないか」
「あんた達、本当にエルフか?」
あまりにも腰の低いクラリッサの両親に、真一は感心するよりも思わず警戒してしまう。
「それと旦那さんの方は、村長宅の会議に出ていなかったよな?」
エルフの村では希少な男だというのに、どうして重要な場に居なかったのか。
それを指摘すると、父親は目に見えて縮こまってしまった。
「ボクは妻としか子供が作れなくて、それもクラリッサ一人だけで、皆から種なしの役立たずだと……」
「すまない、悪かった」
嫌な事を話させてしまったと、真一は頭を下げて謝罪する。
エルフの男が横暴でも許されているのは、子供を作れるからに他ならない。
その能力に乏しいクラリッサの父親は、同じ男エルフ達から低く見られて、会議にも参加させて貰えないのだろう。
(そのお陰で謙虚になったと考えると、長所と短所は表裏一体というか……)
下手に優秀すぎたせいで、神となって魔族を滅ぼそうとした女もいたし、健全な肉体に健全な魂が宿ると限らないのは、異世界であろうと変わらないらしい。
「健全な両親から不健全な娘が生まれるしな」
「あんたさっきから失礼よ!」
クラリッサがまた顔を真っ赤にして怒鳴るが、本人も両親も友人二人も、彼女が変態である事は否定しなかった。
「冗談はこのくらいにして、これからどうなさいますか?」
セレスがそう言って話を戻すと、真一も真面目な顔になって考え込む。
「正直に言えば、俺達にできる事はもうない気がする」
真実を伝え、絶滅を免れる道は示した。
それを受け入れるか拒むかは、エルフの自由というものだろう。
「でも、このままだと女の人達の意見は無視されて、何も変わらないよ?」
突き放した物言いの真一に、アリアンが不満顔で抗議する。
「そうです。皆で話し合って決めた事なら仕方ないかもしれないですけど、一部の人が強引に決めるなんてよくないと思うのです」
リノも毅然と反論を口にする。
「いっそ小うるさい白エルフの男共を、皆殺しにしてしまっては?」
セレスにいたっては乱暴極まる、だが手っ取り早い解決法を口にした。
「女エルフの方が圧倒的に多いのです。皆で袋叩きにすればいいでしょうに」
「ひっ!?」
「いや、それは……」
力こそ正義な魔族の発言に、クラリッサの父親は震え上がり、母親も顔を強張らせる。
だが、娘の方は神妙な顔で考え込んだ。
「……それもありね」
血が濃すぎて相手にならないからと、生まれた時から自分を無視してきた男エルフ達には、同情など沸かないのだろう。
暗い目をするクラリッサに、ロージアとマレンが揃って声を上げる。
「ちょっと、何て事を考えてるのっ!?」
「そうだ、男エルフ達を殺すなんて馬鹿な事はよせ」
「私達を散々なぶってきたあの馬鹿を、死なんて一瞬の苦しみで許しちゃ駄目だよ!」
「あのスケベオヤジには生き地獄こそが相応しい!」
「おいおい」
庇うどころかより惨い拷問を提案する二人に、真一はついツッコミを入れる。
「だが、他の奴らも内心は似たようなものか」
クラリッサの両親のように、仲睦まじい夫婦もゼロではないのだろう。
しかし、殆どの男エルフは横暴なハーレム生活を満喫しており、女エルフ達は何人もいて替えがきく嫁の一人としか扱われていないのだ。
男の機嫌を取るために表向きは従順に振る舞いながらも、心の底ではドス黒い感情が渦巻いているに違いない。
「ただ、高貴なエルフの血を絶やしてはならないという脅迫観念と、希少な男は大切にしなければならないという刷り込みによって、煮えたぎる感情に蓋をしているのだろう」
「つくづく面倒な連中ですね。自分の思うままに生きればいいでしょうに」
「そこは文化の違いだから仕方がないさ」
情けないと溜息を吐くセレスに、真一はまた苦笑する。
力こそ正義で自由奔放な魔族から見れば、白エルフどころか人間社会も窮屈な檻に見えてしまうだろう。
「とはいえ、元から不満が溜まっていた所に、俺達がはけ口を指し示したからな。遅かれ早かれ決壊するんじゃないか?」
男エルフは自分達のハーレム生活を守るために、ご先祖様が墓所に残した貴重な資料を燃やしてしまった。
それがレプリカだと知らない女エルフ達は、怒りと不信感をさらに募らせた事だろう。
「だから、もう帰ってもいいと思うんだが――」
「ちょっと、最後まで責任取りなさいよ!」
腰を上げようとした真一を、クラリッサが慌てて掴み止める。
「なんだ。自分達だけ抜け駆けして魔族のイケメンをゲットするのが、そんなに後ろめたいか?」
「そ、そそそそんな事はないわよっ!?」
真一の指摘に、クラリッサは思い切り目を泳がせた。
「お前、変な所で善人だよな」
自分を無視してきた村など、いっそ見捨ててしまえばいいのに、わざわざ骨を折って助けようとするあたり、何だかんだでお人好しなのだ。
「何よ、今さら褒めたって惚れたりしないわよ」
「お前みたいな卑しいマゾ犬に惚れられても、こっちが迷惑だ」
「ほ、ほほほ惚れないって言ってるでしょ!」
そんな彼女を見ていると、そっちの趣味がない真一でもつい虐めたくなってしまうのだが、これ以上やると半竜人と黒エルフの拳が飛んできそうだったので、大人しく自粛した。
「冗談はさておき、不発弾が変な爆発の仕方をされても困るし、さっさと解決しておくべきだろうな」
「女エルフさん達が苦しんでいるのなら、早く助けてあげたいのです」
優しいリノもそう言うので、真一は上げかけた腰を下ろした。
「とはいえ、良い案も浮かばないんだよな」
繰り返すが救いの道は提示した。あとは女エルフ達が勇気を出して村の因習を断ち切り、外に飛び出すだけで解決するのだ。
「俺達が見せた記憶や資料を、信じ切れていないのが問題か」
十中八九、真実だと思っていても、真一達には前科があるために、どうしても二の足を踏んでしまうのだろう。
「いっそお父さんを呼んで説明して貰う?」
「いや、あの親バカ竜は動かんだろ」
アリアンの提案に、真一は首を横に振る。
いくら愛娘が頼んだとしても、赤き竜が縁もゆかりもないエルフのために動くとは思えなかった。
エレゾニアの時に助けてくれたのは、あの性悪女神が星の敵であり、アリアンに危害を加えていた事が大きいだろう。
「何か他に、心の底から納得できる材料でもあれば……」
真一がそう頭を悩ませていると、クラリッサの父親が遠慮がちに手を挙げた。
「あの、ちょっといいですか」
「何だ?」
「エルフが元は人間だと皆が納得できる、何かが必要なんですよね?」
「そうだな」
真一が頷くと、クラリッサの父親は酷く躊躇いながらも口にした。
「もしかしたらですが、村長の屋敷に何か証拠があるかもしれません」
「何っ?」
「ちょっとパパ、それどういう事っ!?」
そんなの初耳だとクラリッサに詰め寄られ、父親は額に汗を浮かべながらも答える。
「女達には知らされていない、男達だけの秘密なんですが、村長宅の地下室には始祖様達の残した遺産があると……」
「始祖というと、墓所から生還した最初のエルフ達か?」
「はい、そうです」
真一の問いに、クラリッサの父親は勢いよく頷いた。
「おいおい、そんな重大情報を隠していたのかよ」
村を築いた最初のエルフ達、即ち古代文明の生き残りである。
彼らが残した遺産となれば、墓所で発見した資料と同等か、それ以上の価値があるに違いない。
「で、どんな遺産が残っているんだ?」
「すみません。ボクも話だけで見た事はなくて」
期待して身を乗り出す真一に、クラリッサの父親は申し訳なさそうに頭を下げる。
「実物を見た事があるのは村長とその跡継ぎくらいかと……」
「女達には存在さえ秘密の遺産とくれば、それくらい厳重に管理しているか」
だが、それだけ重要な情報が隠されているという証拠でもある。
「村の問題解決に役立つかどうかは別としても、一見の価値ありだな」
「強奪しますか?」
直球で力尽くを提案するセレスに、真一は首を横に振る。
「それは最後の手段だな。自棄になって遺産を破壊されても困る」
「じゃあどうするの?」
問いかけてくるアリアンに、真一はニヤリといつもの笑みを返した。
「もちろん、正々堂々と裏口から盗むに決まってるさ」
「正々堂々の意味を知ってる?」
アリアンは苦笑してツッコむものの、真一の行動を止めようとはしない。
今までの卑劣な作戦に比べれば、泥棒なんて平常運転である。
「というわけで、皆が寝静まるまでここで休憩だ」
「はいなのです」
「お腹が空いたのでカレーを食べさせてください」
「あんたらどこまで図々しいのよ!」
堂々と居座って食事まで要求する真一達に、クラリッサがまた青筋を浮かべて叫ぶ。
それを適当にいなして、一行は夜まで体を休めるのだった。
◇
月が真上に昇った深夜、真一達は村長宅から一番近い森の中に集まっていた。
「それで、どうやって遺産を盗むつもりなのよ?」
「『
「地下室への階段がどこにあるかも分からないだろ?」
クラリッサ達は不安で顔を曇らせるが、真一は気楽に言い返す。
「地下にあると分かっているのだから、そんな面倒な真似をする必要はないさ。これだけ強力な魔法使いが揃っているんだし、パワーでごり押しすればいい」
「あっ、何となく分かったかも」
付き合いの長いアリアンは、すぐに真一の作戦を察した。
「墓所に侵入した時と同じ手だね」
「そういう事だ。リノちゃん、まずは真下に向かって穴を空けてくれ」
「はいなのです。ちょっと通らせてくださいな、『穴掘り《トンネル》』」
リノが魔法を唱えると、地面に直径三mほどの深い穴が空いた。
それを二回ほど繰り返し、地下三十mほどまで掘り抜いた所で、『飛翔』の魔法で穴の底に下りる。
「じゃあ、次は村長宅に向かって横穴を掘ろう」
「地下から地下室に侵入するのっ!?」
「単純だろ? ほら、お前達も手伝ってくれ」
ようやく作戦を理解して驚くクラリッサ達に、真一は魔力を貸すよう促す。
そうして、手作業なら何ヶ月とかかる長いトンネルを、十分とかからず掘り進めて、あっさりと村長宅の真下に到達した。
「百十九歩、百二十歩……よし、この辺だな。じゃあ真上に向かって掘ろうか」
「はい、『穴掘り』! あっ、床が見えたのです」
「よし。じゃあセレスさん、念のため中を探ってくれ」
「畏まりました」
セレスは『飛翔』で浮かび上がり、頭上の石床に張り付くと、『透視』の魔法を唱える。
そうして、石の向こうを端々まで観察してから、満足そうな顔で下りてきた。
「頑丈そうな箱がいくつも置かれた倉庫です。人の姿はありません」
「よし、当たりだな」
喜んで指を鳴らす真一に、セレスは思い出したように問いかける。
「ところで、私のスカートの中を覗きましたか?」
「いや、黒いガーターベルトなんて見てないぞ」
「見ているではありませんか(ガシッ)」
「シンイチ……(ギュッ)」
「痛てててっ!」
セレスにアイアンクローを食らいながら、アリアンにお尻を抓られて、真一は悲鳴を上げた。
「馬鹿やってないでさっさと乗り込むわよ!」
呆れたクラリッサの声もあり、真一は早々に開放されて、一行は揃って『飛翔』をかける。
そして、アリアンの竜剣で石床を切り裂き、村長宅の地下室に足を踏み入れた。
「わー、きれいな宝箱が沢山ありますね」
「リノちゃん、念のため『
「うん、分かった」
真一は素早く役割を分担すると、手分けして箱を開け始める。
「これはシャツとスカート? 何でこんな物を取ってあるのよ」
「クラリッサちゃん、それはきっと始祖の一人、ナンシー様のお召し物だよ」
「あぁ、肖像画の衣装と同じだ」
「これは黄金の腕輪でしょうか?」
「いや、それはネジ巻き式の腕時計だ。古代文明期の物か、目覚めた後に復元した物かは分からないが、どっちにしろ貴重品だな」
ガラクタ同然の物から歴史的なお宝まで、様々な遺産が箱の中から現れる。
そうして、順調に宝探しを進めていたところで、リノが不意に大声を上げた。
「えっ!?」
「どうした?」
驚いて真一が駆け寄ると、リノは半透明の結晶体が入った箱を唖然と見つめていた。
「シンイチお兄さん、これ……」
「魔導体が入っていたのか? 天然物より色が濃いから、古代文明期の改良型だな」
エルフの墓所にあった人工冬眠装置に組み込まれていた魔導体も、同じ色合いだった事を思い出して、真一は手を打つ。
「確かに珍しい物だが、そこまで驚くほどじゃ――」
「違うんです。そっちじゃなくて」
真一の言葉を遮り、リノは魔導体の横に添えられていた、小さな紙切れを差し出した。
「エルフ語で何か書いてあるな。えーと、『親愛なる子供達へ、私の弱さをここに記す。フェイ・フレッチャ』……フェイッ!?」
泥棒の最中だという事も忘れて、真一も思わず叫んでしまう。
フェイ――探検家を夢見ていた少女。たった二日間だけの救えなかった友達。
「いや、あいつじゃなくて、オリジナルの方なんだろうが……」
「うるさいわね、村長達に気づかれたらどうするのよ!」
それこそうるさい声を上げて寄ってきたクラリッサに、真一は何とか狼狽を抑えて問いかける。
「おい、エルフの村を築いた始祖の中に、フェイって女がいたのか?」
「いたけど、それがどうしたのよ?」
「早く言えよ!」
「聞かなかったでしょ!」
理不尽だと分かっていても声を荒げてしまう真一に、クラリッサも怒鳴り返す。
「お二人とも、お気持ちは分かりますがお静かに」
「それ、本当にフェイさんが残した物なの?」
セレスだけでなくアリアンも寄ってきて、好奇心と戸惑いが交じった目を魔導体に向けた。
「オリジナルのフェイは魔導科学局の局員で、人工冬眠装置の開発にも関与していた。だから、墓所で眠っていた可能性は十分あったが……」
まさか
「人工冬眠装置やエレゾニアの勇者蘇生装置のように、人の記憶を魔導体に書き込む技術が存在した。だから、この魔導体にはおそらく……」
「フェイお姉さん――いえ、フェイさんの
リノは複雑な表情で言い直す。彼女の友人でありエレゾニアに作り出されたフェイと、古代文明の生き残りであるフェイは、他人ではないが同一人物でもないのだ。
「見てみるか?」
「……はいです」
真一の問いに、リノは僅かに躊躇しながらも頷いた。
「何をそんなに驚いているのか知らないけど、それは始祖様の記憶なのよね?」
「なら、私達も見たいな」
「問題解決の糸口があるかもしれないしな」
クラリッサ達も興味津々で身を乗り出してきて、皆で揃って魔導体を調べる事に決まった。
「ではいきます、『共感覚』、『検索』」
セレスが代表して皆と感覚を繋いでから、魔導体に向けて魔法を唱える。
すると微かな頭痛と共に、一人の女性が残した記憶の断片が、真一達の脳内へと流れ込んできた。
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