第2話 もう一つの追憶・02


 翌日、「エルフの子供達に手を出しそうで怖い」というクラリッサ達の要望により、変態聖女は留守番となり、代わりにアリアン、リノ、セレスといういつもの面子を連れて、真一はエルフの村に向かう事となった。


「じゃあ行くわよ。我らをセメテルム森林の故郷へと運びたまえ、『瞬間移動テレポート』」


 クラリッサ達が協力して魔法を唱えた瞬間、強い浮遊感と目眩が襲ってくる。

 数秒してそれが晴れると、真一達は十数日ぶりとなるエルフの村に立っていた。


「妙に静かだな」


 村の中を見回して、真一は首を捻る。

 最初に訪れた時と同じように、自動人形ゴーレムが農作業をしているくらいで、外を歩き回るエルフ達の姿が見当たらなかったのだ。


「実は残っていた無数の悪霊レギオンに滅ぼされたのでは?」

「不吉な事を言わないでよ!」


 平然と怖い事を告げるセレスに、クラリッサが真っ赤になって叫ぶ。

 それに苦笑しながら、年長のロージアがお姉さんらしく説明した。


「多分、今日も村長さんの家に集まって、皆で会議をしているんじゃないかな」

「会議ですか?」

「ほら、遺跡の悪霊が倒されて、もう村に縛られる必要がなくなったでしょ? それで他のエルフ達を探しに行くかどうかで揉めているの」

「そうだったんですか」


 リノは納得して頷くものの、すぐに首を傾げた。


「けど、何で揉めるのですか? 皆で探しに行けばいいと思うのです」


 うるさい襲撃者であった女神の勇者達も、エレゾニアの消滅によって不死身を失った。

 強力な魔法使いである白エルフ達に敵うものなど、それこそ魔王達くらいしか残されていないのだ。村の半分くらいは留守にしても問題ないだろう。

 そんなリノの疑問に、白エルフ達は揃って顔を曇らせた。


「村の大半は探索に賛成しているんだよ? でも……」

「悪霊の件と同様に、男達がうるさく反対しているんだ」

「やはりそういう事か」


 小柄なマレンが苦々しく吐き捨てる姿を見て、真一は自分の予想が当たっていた事を確信した。


「村の存続よりも、自らの価値を守りに動いたか。くくくっ、高貴なエルフも中身は欲の皮が張った人間にすぎんな」

「どういう事?」


 アリアンは意味が分からず説明を求めるが、真一はニヤリと悪い笑みを浮かべるだけだった。


「口で説明するよりも見た方が早いだろう。村長の家とやらどこだ?」

「こっちよ」


 クラリッサに先導されて、真一達は村の北側に向かう。

 そこには大きなコンクリート建築の屋敷が建っていた。


「セレスさん」

「畏まりました」


 真一が呼びかけると、有能な黒エルフのメイドはそれだけで意図を察し、『透視クレヤボヤンス』と『盗聴ワイヤータップ』の魔法で屋敷の中を覗き、その情報を『共感覚リンク』で皆に伝えた。


「エルフさんが沢山いますね」


 リノが呟いた通り、屋敷の広い玄関ホールには若者から老人まで、六十名あまりの白エルフ達が集まっている。

 そして、彼らは七人の男達と、それ以外の女性陣に分かれて言い争っていた。


「もうこの村は限界だって、みんな分かっているでしょう?」

「女ばかりで男が生まれず、血が濃くなりすぎて安全なペアは減るばかり……」

「親子や兄妹で子供を作るなんて、鬼畜のような状況に追い込まれる前に、他のエルフ達を探しに行くしかないのよ!」


 女性陣は現実を見据えた上で改革を提案する。

 しかし、男性陣は頑なにそれをはね除けた。


「だから、森の外に他のエルフがいる証拠がどこにある?」

「野蛮な人間共に襲われて、貴重なエルフの血をさらに減らすだけだ」

「たとえ悪霊ごと墓所が滅びようとも、我らには始祖の残した神聖な村を守る義務がある!」


 語気を荒げる男性陣に、数で勝る女性陣の方が押されて勢いをなくしてしまう。


「危険があるのも、この村が大切なのも分かるわ。でもこのままでは……」

「グダグダとやかましい!」


 必死に言いつのる女エルフを、一番若い男エルフが怒鳴りつける。


「女は黙って男の言う事に従ってればいいだよ。でないと、一生抱いてやらねえぞ?」

「――っ!?」


 いやらしい笑みを浮かべた男エルフの脅しに、女エルフ達は縮み上がって黙り込んでしまう。


「あれがお前の言ってた『王様気取りの馬鹿』か」

「……うん」


 真一の問いに、ロージアが感情の消え失せた顔で頷く。


「ちなみにスケベオヤジってのは?」

「馬鹿の横で腹肉を揺らしている奴だ」


 マレンが暗い顔で指さしたのは、美形揃いのエルフとは思えないほど、デップリと太った中年親父だった。

 その男はたるんだ頬肉を揺らして、王様気取りの馬鹿に同意する。


「うんうん、女は大人しく男を受け入れればいいんだよ。ぶひひっ」

「ひっ……!」


 舐め回すようなイヤらしい視線を受けて、若いエルフの少女達が震え上がる。

 その酷いセクハラ光景に、真一は呆れ果てるしかなかった。


「しかし、エルフなら魔法でダイエットも簡単だろうに、何で太ってるんだ?」


 周りが細身の美形ばかりだから、逆に太った肉体に希少価値と美を感じているのだろうか。


「脂肪が豊かさの証だった時代もあるし、美の基準は千差万別だが……」

「いや、そうじゃない」


 真一の考えを、マレンは即座に否定した。


「あのオヤジは醜い姿で迫って、嫌がる女の顔を見るのが好きなんだ」

「……イイ趣味してるわ」


 苦虫を一万匹は噛み潰したような顔をするマレンに、真一は深く同情する。

 その横で、アリアンが怒りに肩を震わせていた。


「何あれ、許せない!」

「落ち着けって」


 真一が肩を叩いて宥めるが、彼女の怒りは収まらない。


「あんな酷い暴言、同じ女性として許せないよ!」

「私としてはあれだけ言われて黙っている、白エルフの女達に腹が立ちますね」


 セレスまで額に青筋を浮かべて、アリンの怒りに同調する。

 真一はそんな二人を宥めつつ、溜息混じりに説明した。


「気持ちは分かるが、この村ではあれが普通だったんだよ。男はみんな好き放題に振る舞う暴君で、女はそれに逆らえない奴隷扱い。だろ?」

「そうよ」


 問われたクラリッサは、苦々しい顔で頷いた。


「エルフの男は十人に一人くらいしか生まれないのよ。だから宝物のように甘やかされて、反対に女は余っているから大事にされない」

「そして、数少ない男に嫌われてしまったら、女は子を成せない。絶滅の危機に瀕しているエルフの村において、それは何よりも恐ろしい事なわけだ」


 真一の補足に、クラリッサはまた重々しく頷く。

 実際、血の遠い相手がいないために、安全に子供が産めないと諦められていた彼女は、男エルフ達からは無視され、女エルフ達からも腫れ物扱いをされて辛い思いをしてきた。


「その結果、男エルフは男というだけで、ご覧の通り暴君になったわけだ」

「むぅ~、よく分からないですけど、善くない事だと思うのです」


 不満そうに頬を膨らませるリノの頭を、真一は優しく撫でる。


「そう、これは善くない事だ。だが、悪い事ほど当人は楽しいものでな」

「だから権力を手放したくないと、そういう事ですか」


 話を理解して溜息を吐くセレスに、真一は重々しく頷いた。


「男エルフの横暴が許されるのは希少だからだ。つまり、男が増えて希少価値がなくなると、今の権力もハーレムも失ってしまう。故に他のエルフを探しに行く事を絶対に許さない」

「結局、自分達の都合しか考えてないじゃないか!」


 高貴なエルフが聞いて呆れると、アリアンが怒って声を荒げる。


「だからこそ、真実の刃でボロクソにしてやろうじゃないか」


 真一はいつもの悪い笑みで告げると、この中で最大の魔力を持つ魔王の娘に目を向けた。


「リノちゃん、前に声を届けたみたいに、赤き竜に見せて貰った記憶を、屋敷内のエルフ達に見せてくれるか?」

「はいなのです。では『広域共感覚ワイド・リンク』、そして『検索』なのです!」


 リノが魔法を唱えると、まるで電波のように魔力の波が放たれる。

 それを受けた屋敷内のエルフ達に、数千年前の記憶が流れ込んでいった。


「何これっ!? 誰が魔法を使ったのっ!?」

「この光景は、まるで始祖様達が書き残した古代エルフ文明のような……」

「人間の魔法使いが体を弄ってエルフ耳に? そんな馬鹿なっ!?」


 突然の事に動揺しながらも、流れ込んでくる衝撃的な記憶に見入り、そして真実を知って驚愕の叫びを上げる。

 そんな混乱するエルフ達の前に、真一は屋敷の玄関扉を開けて姿を現した。


「こんにちは、白エルフの皆さん。真実のお味はいかがかな?」

「人間っ!? まさかあの時のっ!」

「クラリッサ達の姿が見えないと思ったら、今度は何を企んでいるのっ!?」


 墓所を破壊した時のようにまた悪事を働くつもりかと、エルフ達は一瞬前の混乱も忘れて身構える。

 だが、真一は両手を上げて無抵抗を示しながら笑いかけた。


「そう殺気立つなよ。俺はエルフを絶滅から救うために、真実を伝えにきただけだ」

「真実って、さっきの……」

「そう、エルフも元は人間にすぎない。だから人間と子供が作れるって話さ」


 自信満々に断言されて、エルフ達の間にどよめきが起こる。

 自分達が下等と見下していた人間だったなんて、とても素直には認められない。

 けれども、受け入れて人間と子供を作らなければ、間違いなくエルフの血は絶えてしまう。

 プライドと未来を秤にかけて、女エルフ達が激しく葛藤するなか、男エルフ達は迷いもせずに怒声を上げた。


「ふざけるな、あんな幻で誰が騙されるものか!」

「そうだ、前のダイオキシンってやつと同じようにデタラメなんだろ!」


 真一のしでかしてきた事を考えれば、疑う方が当然である。

 しかし、それは建前にすぎない。彼らの淀んだ目には『自分達のハーレムを奪われたくない』という醜い欲望が溢れていた。


「貴方達……」


 妻や婚約者である女エルフ達が、思わず失望と軽蔑を浮かべるなか、真一は堂々と男エルフ達に言い返す。


「今の記憶は大陸の北端にいる星の代行者・赤き竜に見せて貰ったものだ。疑うなら自分達で会いに行くといい。あと、ここに物的証拠がある」


 真一はそう言って、鞄に入れて持ってきた二冊の本を取り出した。


「これはエルフの墓所から発掘した、古代文明の残した本だ」

「何ですってっ!?」


 そんな大事な物を隠していたのかと、目を吊り上げるクラリッサの事は気にせず、真一は女性陣に向かって説明する。


「『宗教』『世界史』といった、当時の文化を後世に伝える貴重な資料なんだが、この中のどこを探しても、エルフと人間が別の種族だなんて記述はない」


 この異世界オーブムにおいても、本来エルフは空想の存在でしかなかったのだろう。

 魔法使いが自分達と無能者と区別するために、美形で長耳のエルフ・スタイルに整形を始めたのは、遺伝子が発見された近代――小惑星が衝突する十数年前の事であり、後世に書き残すほど深い歴史はなかったのだ。


「というわけで、確かめてくれ」


 真一はそう言って、女エルフ達に二冊の本を手渡す。

 彼女達は半信半疑ながらも本を開き、魔法を使って素早く目を通すと、そこに書かれた内容から真一の言葉が真実だと理解した。


「これほど精密な古代の出来事を、嘘ででっち上げるなんて不可能よ」

「つまり、この本は本物? そして私達も本当に人間――」

「騙されるな!」


 女性陣が納得しかけたのを見て、男性陣がまた怒鳴り声を上げる。


「高貴なるエルフが人間だなんて、そんなものはデタラメだ!」

「さっきの記憶もこの本も、人間が作った偽物に決まっている!」


 口々にそう叫ぶと、村長らしき年配の男が前に出てきて、女性陣の手から二冊の本を奪い取ってしまう。

 そして、忌々しげに魔法を唱えた。


「こんな物があるから惑わされるのだ、『火炎ファイア』!」

「あっ!?」


 アリアン達が止める暇もなく、村長が生み出した炎によって、二冊の本は瞬く間に灰と化してしまう。


「何て事を……っ!」


 自分達が苦労して手に入れた、貴重な古代の資料を燃やされて、アリアンが怒って睨みつける。

 うっすらと黄金色に染まった半竜人の目に、村長達はビクリと背を震わせるも、すぐ強気を装って言い返した。


「ふ、ふんっ。お前達もいつまで人間の戯れ言に構っているんだ。さっさと家に帰って家事でもしてろ!」


 そう怒鳴りつけると、男エルフ達は揃って玄関ホールから奥の部屋に向かい、扉を固く閉ざしてしまう


「…………」


 残された女エルフ達は言葉もなく黙り込み、縋るように真一達の方を見つめる。

 だが、結局は何も言わず、疲れ切った顔で散り散りと去っていった。


「シンイチ……」

「これは思った以上に根深いな」


 心配して見上げてくるアリアンに、真一は肩を竦めて見せながらも、すぐにいつもの悪い笑みを浮かべて安心させるのだった。

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