女神の勇者を倒すゲスな方法・おまけ

笹木さくま(夏希のたね)

第1話 もう一つの追憶・01

 女神エレゾニアとの決戦から十日後、ドーグ渓谷では崩壊した魔王城の再建が進められていた。


「セレスよ、追加の石を持ってきたのである」

「ありがとうございます。リノ様は切り終えたこちらの運搬をお願い致します」

「はいなのです、『念動力サイコキネシス』」


 魔王が山から切り出してきた岩を、セレスが『風の刃ウィンド・カッター』で綺麗に整えて、それをリノが魔法で運ぶ。

 そして、設計図を握った闇妖精ドヴェルグの指示に従って、牛頭ミノタウロスなど怪力の魔物達が石を積んでいく。

 その建築速度は恐ろしいほど早く、トラックや油圧ショベルといった重機がある、二十一世紀の地球すら上回っていた。


「やはり魔法の力は便利すぎるな」


 そりゃあ科学が発展しないわけだと、改めて納得する真一の元に、畑の方を見ていたアリアンと豚頭オークのロースが歩み寄ってくる。


「ざっと確認してみたけど、やっぱり畑のジャガイモは全滅みたい」

「土の中までこの有様だったブー」


 ロースは悲しそうに顔を歪め、真っ黒に焦げたジャガイモを差し出した。

 畑を壊滅させたエレゾニアの魔法は、ご丁寧な事に地中まで焼き尽くしていたらしい。


「ちっ、これじゃあ豚のエサにもならんな」

「いや、楽しそうに食ってるブー」


 ロースが指さす方を見れば、彼のペットである魔物化した巨大な豚が、焼け焦げた畑を掘り返してイモを食っていた。


「あいつがいいなら構わんが……どちらにせよ、俺達では食えんし種芋にできん。消し炭になった葉っぱ共々、地中に埋めて肥料にするしかないな」

「そっか……」


 苦労して育てたジャガイモが一つも収穫できなかった事に、アリアンは改めて落胆する。

 真一はそんな彼女の肩を叩いて励ました。


「頑張って耕した柔らかい土は残っているんだ、来年に期待しようぜ」

「うん、そうだね!」


 元気に頷くアリアンに、真一も笑顔で頷き返す。

 それから、不意にニヤリと口元を歪めた。


「しかし、エレゾニアの奴も詰めが甘い。俺なら大量の塩をばら撒くか、いっそ毒沼にでも変えて、二度と作物が実らない不毛の大地にしておくがな」

「やっぱり、女神よりもシンイチの方が恐ろしいブー」


 喉を鳴らして笑う真一の鬼畜ぶりに、ロースは思わず冷や汗を浮かべてしまう。


「とにかく、畑は次の春までお預けだ。まずは冬越えに向けて城の修復を急ごう」

「うん、分かった」


 アリアンは頷いて、ロースと共に建築の手伝いに向かう。

 そうして、真一も自分の仕事に取りかかろうとしたその時であった。


「こらー、ゲス人間っ!」


 不意に上空から聞き覚えのある怒鳴り声が響いてくる。

 驚いて顔を上げると、東の空からこちらに向かって、三つの人影が凄い速さで飛んで来ていた。


「こんな所までどうした?」

「どうした、じゃないわよ!」


 首を傾げる真一の前に、三つの人影――ドM夢小説家ことクラリッサと、その友人である白エルフ二人が、ゆっくりと降りてくる。


「あんたがいつまで経っても約束のイケメンを連れて来ないから、こっちから出向いてやったんじゃないの!」

「まだ二週間も経ってないだろうが。どんだけ気が短いんだよ」


 顔を真っ赤にして怒鳴るクラリッサに、真一は呆れて溜息を返す。

 大陸の東端にあるエルフの村から西側にある魔王城まで、ずっと『飛翔フライ』で飛んできたとしても、八日はかかった事だろう。

 つまり、クラリッサ達は三日と待てず村を飛び出してきたのだ。


「約束はちゃんと守るから、大人しく村で待ってろ」


 真一がそう言って追い払おうとすると、クラリッサはまたムキになって叫ぶ。


「嫌よ。あんたらに協力したせいで、村に居づらいのよ!」

「そっちが本音か」


 涙目のクラリッサと困り顔の友人二人を見て、真一はようやく事情を悟った。

 エルフの墓所――古代文明人の残した地下シェルターを、その中に封印されていた無数の悪霊レギオンごと爆破したあの一件は、真一が夢小説を盾に脅したため、『クラリッサが主犯で行った事』とエルフの村ではなっている。

 そのせいで、村人達から罵倒されたのだろう。


「ドMのお前にはご褒美だろう?」

「へ、へへへ変な勘ぐりはやめてくれる!?」


 クラリッサは即座に否定するも目が泳いでおり、誰がどう見ても嘘だった。

 友人二人はその姿に苦笑しながらも補足する。


「悪霊を倒して長年の悲願を達成したんだからいいじゃないかって、庇ってくれる人達も多いのだけど……」

「男達が妙に怒っているから、強く出られないんだ」

「ふ~ん、男達がね」


 何となく問題の根っ子を察して、真一は不適な笑みを浮かべた。


「とりあえず、村に居づらいならここで暮らしてくれても構わないぞ」

「本当っ!?」

「イケメンの紹介が遅れているのは事実だしな。その詫びってわけでもないが」

「ふんっ、せいぜい歓迎されてやろうじゃないの」


 薄い胸を偉そうに張るクラリッサに、真一は無言で生暖かい視線を送る。


(性格はともかく能力は確かだからな。適当におだてて建築の手伝いでもさせるか)


 そう考えながら、一つ重要な情報を思い出す。


「あと、お前達に伝えておく事があるんだが」

「何よ?」

「言葉だけでは納得しないだろうし、そうだな――」


 真一が周囲を見回すと、丁度こちらを窺っていた変態聖女と目が合った。


「サンクティーヌ、ちょっと来てくれ」

「畏まりましたわ」


 真一が呼ぶと、サンクティーヌは大人しく歩み寄ってきて、怪訝な顔をする白エルフ三人をなめ回すように眺めた。


「お話には伺っておりましたが、エルフの女性は本当に美少女ばかりなのですね。素晴らしいですわ(ジュルリ)」

「な、何よこいつっ!?」

「安心しろ、ただの変態ロリコン女郎だ」

「ちっとも安心できないじゃないっ!」


 真一の紹介を聞いたクラリッサ達は、真っ青になって飛び退いてしまう。

 特に三人の中で一番小柄な青髪のエルフ・マレンは、長身でお姉さんっぽいエルフ・ロージアの背中に隠れて震え上がった。


「やっぱり人間は変態ばっかりだ!」

「クラリッサちゃん、こんな変態人間達を頼って本当に大丈夫なの?」

「いやでも、他に頼る当てもないし……」


 不安を募らせる友人二人に、クラリッサも自信なさげに言い返す。

 真一はそんな彼女達の様子も気にせず、サンクティーヌに用件を告げた。


「例の記憶をこいつらに見せてやってくれ。証拠がないと信じないだろうからな」

「なるほど、了解致しましたわ」


 サンクティーヌは頷くと、警戒するクラリッサ達の手を取って魔法を唱えた。


「『共感覚リンク』、続いて『検索サーチ』」


 自分とエルフ達の感覚を繋げると、脳の中から特定の記憶を掘り出してくる。

 それは赤き竜によって見せられた数千年前の光景。

 巨大小惑星の衝突によって文明が滅びる前、魔法と科学が全盛期を迎えていた頃。

 魔法使いと無能者の見分けがつくように、魔法で容姿を改造した事によって、今の『長耳エルフ』が誕生した事実を、クラリッサ達の脳内に映し出した。


「そんな、嘘でしょっ!? 私達エルフが元は人間だったなんて……」

「疑うなら情報源の赤き竜を紹介してやるが?」


 驚愕に打ち震えるクラリッサ達に、真一は意地悪な笑みを返してから、ふと疑問に思う。


(そういえば、こいつらは何で自分達が人間だと知らなかったんだ?)


 エルフの墓所で人工冬眠していたクラリッサ達の祖先――古代文明の生き残り達は、自分達が人間だと十分承知していた。

 なのに、どうしてそれを子孫達に伝えなかったのか。


(優れた魔法使いである自分達『長耳』は、無能な『短耳』共とはもはや別の種族だ、とでも選民思想を拗らせたか?)


 おそらくそんな所だろうと目星をつけつつ、真一はまだ固まっているクラリッサ達に語りかける。


「とにかく、お前達エルフも外見を少し弄っただけで人間なんだ。だから、人間とも問題なく子供を作れる」

「つまり、あんたも私の体を狙っているのねっ!?」

「何でそうなるっ!?」

「秘密のノートを盾に脅して、嫌がる私に無理やり子作りするつもりなんでしょ。官能小説みたいにっ!」

「俺にそんな趣味はねえ!」


 遠くから半竜人と黒エルフの険しい視線が飛んできた気がして、真一は声を大にして否定した。


「人間を受け入れれば、男の不足と近交弱勢で滅びかけている、エルフの村を救えるって話だ」

「そ、そそそんな事は言われなくても分かっているわよ!」


 またバレバレな嘘を吐くクラリッサを余所に、ロージアとマレンは真剣な表情で頷き合っていた。


「今さら自分達も人間だって認めるのは、ちょっと複雑だけど……」

「このまま滅びるよりはマシだな」

「何より、王様気取りの馬鹿に媚びるくらいなら、優しい人間の男性を探した方がマシだよ!」

「スケベオヤジと比べれば、若い人間の方が遙かに良いな!」

「苦労してんな」


 高貴なエルフのプライドよりも、少女としての幸せを願う二人に、真一は軽く同情を覚える。


「まぁ、お前達にはちゃんと魔族のイケメンを紹介するが、村の女エルフ全員の仲人は無理だからな。真実を受け入れて人間と融和して貰うしかあるまい」

「そうね、まずはこの真実をみんなにも知らせましょう」


 クラリッサも正気に戻って、真一の言葉に同意した。


「ゲス人間、村の皆に説明するから、あんたもついてきなさい!」

「分かってる。どのみちもう一度行くつもりだったしな」

「でも、今日は沢山『飛翔』して疲れたから、寝床を貸しなさい!」

「はいはい、仰せの通りに」


 反論しても疲れるだけなので、真一は大人しく頷いた。


「サンクティーヌ、悪いがこいつらに部屋と食事を用意してやってくれ」

「畏まりましたわ。では皆様、こちらへどうぞ」

「へ、変な事をしないでしょうね?」


 サンクティーヌは魔王城の横に建てられた簡素な小屋へと、警戒するクラリッサ達を連れていく。

 真一はそれを見送ると、今の件を報告しに魔王達の元へ向かうのだった。

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