第17話 「潮見とお話です」
昨日の今日で知っているとは、潮見は案外ネットにも強いのかもしれない。
そして話題のモデルの祐太郎と俺が同一人物だと躊躇いもなく考えているようだ。まあ、俺の顔を知っている人間には誰でも解ることか?
「ああ、知っていたのか?」
「……当たり前だ。やっぱりあれはお前なんだな」
「まあね。でも意外だなぁ、潮見がモデルなんて知ってるなんて」
「今『祐太郎』を知らない奴なんていないだろうよ……(けど不思議と、神木が祐太郎だって騒ぎ立ててる奴も居ないんだよな……)」
潮見はどことなく居心地悪そうに体をよじり、椅子の前の方に座り直す。
それからスッとブレザーの胸ポケットに指を突っ込み、それを取り出した。
写真? ……いや雑誌の切り抜きか。俺がこの間載った雑誌の切り抜きだ。
それを小さなファイルに入れてポケットに入れていたらしい。
写真は数枚雑誌に載って、その中の一つにはこんな手のひらサイズの写真があったはず。しかし、なぜ潮見がこれを……?
不思議そうな目を向けたのが解ったのか、潮見が若干しどろもどろになりながら説明を始めた。
「オ、俺…………じゃなくて、だな……姉貴…そう姉貴が、お前のファンなんだってよ」
「へぇ、玄露さんが? 嬉しいな」
潮見玄徳の姉は潮見玄露(くろろ)さんといって、玄徳とは六つ歳が離れている。ちなみに俺ともこれまで何度か面識がある。
潮見家は茶道のお家元で、毎年の花見の会で玄露さんともお会いしているのだが……あまり俺のファンという雰囲気の人ではなかったと思うのだが。
そもそもあの人もあの人で他人に興味があるのか怪しいところがあった。少なくとも俺はそう思っていたのだが、弟の玄徳が言うなら……そうなのだろうか。
「悪いんだがサイン書いてやってくれ」
「もちろんいいよ。出し惜しみするようなものじゃないしな」
「玄露さんの名前も書くか?」と聞くと「いや!?それはいいから」と言われた。
いまの声がでかくてちょっと耳にぐわんと響いた。
潮見が差し出したペンを受け取り『有り難う御座います。祐太郎』とさらさらと記入した。
「はい。こんなんでいいか?」
「ああ……っ! 助かるよ。有り難う神木」
珍しい潮見の笑顔におやと思う。いつも俺を避け気味だった潮見のらしくない歩みよりに、なんだか彼が可愛らしく見えてきた。
なんだ。姉のために苦手な相手に頼みごとができるなんて、やっぱりこいつは良い奴なんだろうな。それが……たとえ本当のことじゃなかったとしても。
俺は頬杖をついて、外面笑顔じゃなくてにやけの延長みたいな表情で潮見に笑いかけた。
「祐太郎でいいよ。玄徳」
「あ……!?」
「応援してくれて有り難う」
「…………!!」
潮見、いや玄徳は口をパクパクさせている上に目を白黒させて慌てている。
「あ、そう玄露さんに伝えて」
「…………お前、気がついてるだろ」
「ん? なんのこと?」
「くっ……」
ぐぬぬと玄徳が唸っているが、俺はどこ吹く風だ。中断していた食事を食べ進めた。
「おまたせ~」
隆臣たちがトレイ一杯にケーキを買い込んで戻ってきた。
「新作たくさんあって迷っちまったさ。祐太郎、ひとくち食べるだろ?」
「ああ、じゃあそのシフォンケーキはひとくち貰う。旨そうだな。玄徳も貰うか?」
言うと隆臣ら三人が面白いものを見たように「玄徳……?」「早速名前よびですってよ手が早い……」「手がはやいって何?」とざわざわこそこそ話している。
順に隆臣、大鷹、聡だ。
当の玄徳は顔を真っ赤にしてぶるぶると震えている。
「祐太郎……お前ぇ……!!」
そんな彼が面白いので、隆臣に差し出されたシフォンケーキをフォークであーんしてやった。
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