第15話 「自由席です」

 『こいしが』2日目の朝。

 朝食もとても美味しかったですねと真帆さんと言葉を交わしていると、あっという間に校舎についてしまった。なんだか最近はやけに時間が経つのが早いように思う。


 生徒玄関につくと、隆臣が上履きに履き替えて俺を待っていたようで「よう」と手を振られた。隆臣は今日は自宅から直接来ると言っていたため、ここで合流の約束をしていたのだ。

 こいつはこれで案外長身で、犬のような愛嬌があるからそれなりに見映えがよく、周囲には女子生徒が数人集まっていた。それを「ツレが来たから悪いな」と彼女らを散らしている。なかなかに扱いがうまい。

 隆臣のくしゃっとした笑顔で悪いななんて言われたら誰でも引き下がるしかないだろう。


 「おはよう、お二人さん」

 「ああ。おはよう」

 「おはようございます」


 隆臣と和やかに挨拶を交わし、上履きに履き替える。一年生と二年生では教室の場所が違うため、真帆さんとはここでお別れだ。


 「真帆さん、本当にお一人で平気ですか?」

 「やですよ祐太郎さん。平気ですっ!」

 「(朝からいちゃついてんな……)それじゃあ真帆ちゃん、俺らこっちだからまたね」

 「はい、また」

 「いってらっしゃいませ」

 「いって参ります! 祐太郎さんも」

 「はい」



 教室は既に人も多くざわめいていたが、俺と隆臣が入ってくると「祐太郎様だ」「今日も東和様とご一緒だわ」などと聞こえ、視線が集まるのを感じる。

 次々と異口同音にクラス中が挨拶をしてくるので俺は笑顔で「皆、おはよう」と返した。若干鬱陶しいくらいの反応の中で、「おはよ~」と間延びした隆臣の声だけは耳に優しい。お前は癒しだ。


 出席番号で言うと俺と隆臣は「カミキ」と「ハルカズ」なのででそれなりに離れているのだが、我が校では席は出席番号順ではなく自由席だ。どこに座ってもいい。


 「祐太郎、今年も窓のそばにしようぜ。おっけー?」

 「構わないが……また俺が窓側か?」

 「そうです」

 「いい加減日に焼けてしまうな」

 「こんがり焼けた祐太郎とか想像できねぇけどな」

 「しなくていい」


 隆臣とは昔からずっとこの調子だ。何故か俺を窓際の一番後ろの席に座らせて、その隣を隆臣が陣取る。まあ恐らく、鬱陶しい連中との緩衝材になってくれてるつもりなんだろう。

 いつも外面を張り付けている時の俺を毎回にやにやしてからかいの目線で見つめてくる奴だが、こうした気遣いは本当に抜かりない。

 ……あと、よく気がつく優しくて良い奴だが、若干俺の事を好きすぎるきらいがある。

 信頼しあった無二の友人だと思っているので別に悪い気はしないのだが。


 そうこうしていると俺の前にスッと影ができて、見上げると銀に近い白髪と狼のように鋭利な瞳が特徴的な男子生徒がこちらを向いていた。


 「なあ、この席いいか?」


 そう言って彼は俺の前の席を指した。

 表情があまり変わらない質なのか、若干無表情気味な彼の顔を見ると思い出すものがあった。


 彼はゲームにおける攻略対象。名前は確か宮崎聡といったはずだ。寡黙な男といった印象がある。

 これまでは親の都合で海外に出ていたため、今年度からの編入生となる。しかし何故俺の前の席が良いのだろうか。


 「ああ、どうぞ。でもどうして?」

 「大鷹成美って知ってるだろ?」


 大鷹成美。彼は中学生の頃からの友人だ。一般家庭の出で、中学受験ではいってきた優秀な男なのだ。所作が少々軽薄で軟派な所があるが、俺と隆臣ともかなり仲が良い。


 「アイツが、座る席に困ったらクラスで一番光ってる奴の近くに座れって」

 「なるほど。大鷹とは付き合い長いのか?」

 「ん、幼馴染みなんだ」

 「おーたか、幼馴染みなんて居たんだ」


 隆臣の言葉に彼はこくりと頷いた。

 大鷹の紹介なら間違いないのだろう。鬱陶しい奴に座られても困るし、早々に彼に着席してもらうことにする。


 「俺の前で良かったら座ってくれ」

 「有り難う。俺は宮崎聡……よろしく」

 「よろしく。俺は神木祐太郎だ」

 「東和隆臣だよ~」


 自己紹介を終えて宮崎の海外での話を聞いたり、大鷹とのなれ初め話を聞いたりした。

 堅そうにみえて宮崎は慣れるとふわりと柔らかい笑みを浮かべる男で、話も面白かった。

 宮崎は結構……かなりマイペースだと思う。


 「てか祐太郎が光ってるってナニ~? 発光祐太郎とか笑っちゃうんだけど…………それでみつけられる宮崎くんも面白いね」

 「東和…………俺のことは聡でいいから」

 「おっ、やったー! じゃあ俺のことも隆臣って呼ぶんだぜ聡! ついでに祐太郎のこともな」

 「ああ。隆臣、祐太郎」

 「随分と話が勝手に纏まっていくな。別に良いんだが」

 

 二人の会話のペースに乗せられつつ、ふと廊下側を見ると大鷹が「サトシーー!」と大声を上げて、誰かを引っ張ってこちらに寄ってきていた。


 「おおもう二人と友達になったのか、流石だな聡」

 「成美……ブイ」


 聡は無表情のまま大鷹に向かってダブルピースをしていた。大鷹は「偉いぞ~」と言いながら聡を片手で撫で回している。なんというか、嫌がらずに目を細めている聡はゲームのイメージと相当違うな。


 「大鷹おはようさん」

 「大鷹……後ろの生徒会書記殿はどうしたのかな?」


 大鷹に腕を拘束されて嫌そうにしている、緑がかった髪をした眼鏡男は潮見玄徳。今年度から書記となるが、何故かいつもこいつは俺たちを避けようとする。


 「近くに座らせてあげようと思って眼鏡くんをつれてきました」

 「余っっ計なお世話だ!」

 「まあまあ、どうどう」

 「カッカしなさんな」

 「なだめんなや」


 大鷹と隆臣がやたらと構いたがる潮見は怒気が強く苛烈な男だが、会話を聞いているのは結構面白かったりするのだ。

 補足だが、今のドスの効いた「なだめんなや」には全て濁点がついていた。

 俺を嫌がるような言動をする潮見がなぜ一緒に活動することになる生徒会に立候補したのかは未だ謎のままだ。ちなみに奴も攻略対象である。

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