第8話 「入学式のその後です」


 入学式は、何事もなく無事に終えた。

 現在俺と真帆さんは生徒会室でお茶を楽しんでいる。お茶菓子は隆臣が持ってきた和菓子だ。春の和菓子らしく、可愛らしい桜の上生菓子だ。真帆さんが可愛い!とにこにこしていたので、隆臣は良い仕事をしてくれたなと思う。


 隆臣の家は近年業績を伸ばし続けているホテルを経営しており「そのツテでの貰い物が家で余ってる。食え」と持ってきたのである。

 当の隆臣はというとやることがあるからと早々に帰宅していった。奴は寮にも部屋をとってあるのだが、今日は自宅に戻るらしい。


 「それにしても、ずいぶんなざわめきようでしたね。祐太郎さんの挨拶の時」

 「ああ、もう慣れてます」


 少々鬱陶しいがあれは仕方のないことですと呆れたように呟くと、真帆さんがさすがですと小さく拍手をした。かわいい。でも拍手するほどのことではないのでやめてくださいね。


 彼女は少し何か考えたあと、姿勢をただしてこちらを見上げる。伺うような視線が小動物的だ。


 「祐太郎さん、勘違いだったらお恥ずかしいのですが……壇上でお辞儀をする時、私のいる方見ましたか?」


 はて? 何を当たり前のことを聞くんだろうと一拍おいてしまった。


 「見てましたよ」

 「即答……!」

 「逆に俺が貴方以外誰にあんな笑い方するとおもってるんです?」

 「えっ……えっ!」


 そうです。外面笑顔じゃなく、あれは真帆さんを見て自然に出てしまった笑みだったという訳だ。


 「もう俺の笑顔は貴方仕様だというのに……」

 「私仕様?」


 俺は真帆さんの細い手を取り、自分の頬に添わせる。その手を大事に包みながら言うことにした。


 「こういうことですよ」


 目線から、指先から、声音から、貴方は大事な存在ですと伝わるように、丁寧に真帆さんへ笑いかける。

 瞬間、真帆さんはボッと赤くなった。漫画なら湯気が出ているだろう。握った手からは脈も測れるかもしれない。


 「当然貴方に向かって笑いかけました。それがどうかしましたか?」

 「い、いえ……もしそうなら嬉しいなって」

 「はい」

 「そうでないなら何に対しての笑顔だったのか気になってしまって……夏目さんのこともありますし……」


 真帆さんは最後の方をもにょもにょと言ったので後半は聞き取れなかった。だがそれだけわかれば十分。この話はもう誤解はないな。


 「新入生の列の中いる真帆さんを壇上から見るというのもなかなか……初々しい感じがありましたね」


 すこしだけ慇懃にからかうように言うと、彼女はひぇ~と言いながらぱたぱたと手で顔の火照りを冷ましていた。


 「子供扱いだったんですか!? やめてくださいよ~!」

 「今でこそ一つしか年齢違いませんが、前世は三十路だったんですよねぇ。若者にしてみればおじさんですよ、俺」

 「祐太郎さんはおじさんじゃないです!」

 「ゲームの祐太郎?」

 「現実の……!というか祐太郎さんすごくスマートだし……場馴れしてて若々しいですから……」

 「ふふ、有り難う御座います」


 若者らしいって何だろうなとは考えつつ、真帆さんがそう言うならいいかと思った。



 ***


 「さて? 今日話しておきたいことというのはなんでしょうか?」


 入学式の後、一緒に寮へと帰るため生徒会室で待ち合わせをしたのだ。

 そのまま帰るかと思いきや、真帆さんが何か話しておきたいことがあるらしくここでお茶をしていたという訳だ。


 「はい……実は『ヒロイン』の『夏目』さんのことなんです」

 「俺の方は今日見かけなかったかと思いますが、真帆さんはお会いになったんですか?」


 真帆さんは神妙にこくりと頷いた。

 夏目楓、彼女は『こいしが』世界の主人公だ。

 ただしゲームにおいては、なのでこの現実世界にどれ程の影響があるかは未だわからない。


 「夏目さんは私と同じクラスだったので」

 「会話も?」

 「しました……というか向こうから話しかけて来まして……」

 「ほう……?」

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