第9話 「ヒロインとの邂逅です」
「朝、通学中に祐太郎さんにぶつかってしまった方がいたのは覚えていますか?」
「ああ……少年のようなショートカットの、やけに急いでいた方がいましたね」
「そう、その方」
真帆さんは一息つき、手にしたお茶をテーブルにことりと置いた。
茶碗から離れる手がしなやかでつい魅入ってしまった。
***
それは真帆さんと寮から学校への道すがら、桜の並木道を散策していた時の事だった。
うしろから、肩の辺りにどんという衝撃があり、少女のくぐもった驚いた声が聞こえた。
「わっ」
「おや」
俺にぶつかった少女が反動で反対側に頭から転んでしまいそうになったので、反射的に手が出た。
彼女の手を掴み、反対側の手は腰に回して支えた。
ここでなぜか真帆さんが「はうっ」と声を上げた。どうしたの?
「怪我はありませんか?」
「……あ!はいっ大丈夫です!」
彼女はぱっと立ち上がり、申し訳なさそうに眉尻を下げた。うちの高校の真新しい制服を着ており、どうやら新入生らしい。
ピンクがかったショートヘアの、さらさらとしていて少し丸みのある頭が特徴的だった。
「ごめんなさい! ぼ、わ、私よそ見して走ってしまってて、前を確認していませんでした……! そちらはお怪我ないですか!?」
大げさなくらいガバッと頭をさげるので、頭を上げてと声をかける。
「俺は平気だよ。貴方に怪我がなくてよかった」
「お優しい……! 支えてもらって有り難う御座います!」
「でも走るときは危ないから気をつけてね」
俺だからまあ良いのだが、例えば真帆さんに当たっていたらと思うと恐ろしい。
彼女は「気を付けます!」といい笑顔で笑ったかと思うと、何かに気がついたように「ハッ」と声を上げた。画風が違う。
その様はさながら忍者のようで、何事かこちらに叫びながら学校に向かって走っていってしまった。
「すみません、いま実は追われていまして!大変ご迷惑おかけしました~!」
追われて……?
そしてその直後、息を切らした暗い紫色の髪をした糸目の少年が現れた。これがまたうちの制服を着ている。
この子に追われていたというのだろうか?
「チッ……逃げ足の速い……」
立ち止まりハアハアと肩で息をしたかと思うとまた少女が走り去った方向に走っていった。
俺と真帆さんの間には沈黙が走り、真帆さんは首をこちらにぎぎぎと動かしながら口を開いた。何やらやきもきとしているように見える。
「ゆ、祐太郎さん、……大丈夫でしたか?(あの方が気になって仕方ないという気持ちではないですか!?)」
「(怪我のことか)大丈夫ですよ」
「そうですか!よかった……(これってイベントなのかな……)」
何だかんだと学校に向かうには良い時間となり、俺たちはそのまま二人の後を追うように校舎へと向かったのだった。
***
「あの方が……夏目さんなんです」
「!!」
ここで俺が驚いたのには理由がある。
夏目楓、彼女の容貌がゲームと大幅に違っているからだ。
「ゲームの『楓ちゃん』は肩につくくらいのストレートヘアで鮮やかなピンクの髪が特徴的なんですが、夏目さんは明るめのピンクアッシュみたいな色でしたし何よりショートヘアでしたよね」
「随分違いますね」
「ですよね」
現実において自然ではなかなかあり得ない色は、らしくなるように改変があるのだろうか?
思えば、前世よりは多種多様な髪色がみられるこの世界だが、奇抜な蛍光色の地毛というのはなかなか見ない。
「それで、話しかけて来たというのは?」
「教室に着いたとき彼女が私に気がついてですね、先ほどは礼を欠いてしまって申し訳なかった……と謝罪を」
「まあ注意したそばから走り去って行きましたしね」
「あはは……」
それにしても彼女がヒロインだとすれば、あれはゲームのイベントをなぞった形になるのだろうか。
ゲームでは確か、祐太郎は一人で歩いていてぶつかった彼女に笑顔のまま冷ややかな言葉を浴びせたのだった。
外面の良い祐太郎にしては初対面の人間にそのような態度をとることは滅多にないことで、それが関わる切欠となった筈だ。
「ねぇ祐太郎さん」
「うん……?」
「彼女ももしかしたら前世の記憶、あるのではないでしょうか……」
昼のまろやかな日射しが生徒会室を包み込む。外ではそんな穏やかな天候なのに、室内では光で逆光になっていることや、真帆さんのそんな口調から俺たちはなんだか不穏な雰囲気に呑まれてしまったのだった。
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