閑話 天宮真帆の憂鬱

 よく晴れた空の下、ひらひらと舞い落ちる桜が、今日という日の色どりを鮮やかにしてしまう。

 特別な日らしく、世界はいつもより輝いているように見える。私にとってはとても眩しくて、目が眩んでしまいそう。


 今日は『こいはしがち!』の原作期間の始まりの日なのだ。



 私はこの時を待っていた……祐太郎さんが前世の記憶を思い出すまでは。

 ……つまるところ、今の私にとっては待ち望んだ時間なんかじゃあない。


 だって、祐太郎さんの攻略の期間なんて……億劫で胸が苦しくなるであろう期間だから。気乗りがしなくて出来ることなら寮の部屋からも出たくなかった。

 ……というか祐太郎さんが隣のお部屋だなんて、執事としても一緒に居てくれるなんて、は、恥ずかしいよ~。私は打たれ弱いタイプのオタクなの。嬉しいけど、幻滅されたりしたらどうしよう。もう引きこもりたいよぉ……めそめそ。



 祐太郎さんが前世の記憶を思い出すより以前は、『真帆』は悪役令嬢だけど最悪でも死んだり家の取り潰し何てこともないし……と私は割りと好きに振る舞っていた。

 いざというときには独り立ち出来るように手に職を得たりもした。これがまた思った以上に話題になってしまって、有り難いことだけどいつまた芸能界の洗礼を受けることになるのかビクビクしてしまう。

 また、というのは後々語るとして……。


 前世で何度も何度も繰り返しやった大好きなゲームの世界は、画面から見たほどはキラキラしてないけど。

 何もかもが新鮮で、私には眩しすぎる世界だった。

 


 特に際立って輝いていたのはやっぱり祐太郎さんだ。

 実は、前世の私の最推しキャラクターは『神木祐太郎』さんなのだった。

 皆に愛想がいいのにたまに物憂げでミステリアスで、全てを持っている筈なのに全てを投げ捨てるのに躊躇いがないような、そんなキャラクター。

 大人気イラストレーターによるキャラクターデザインはあまりに美しく、スチルは時に神々しかった。

 声優も美青年役から闇のある役、コメディタッチな役どころまでこなす大人気声優。最高のキャスティングだった。

 『こいしが』でもトップの人気だった『神木祐太郎』さん。

 私もゲーム機を前になんど拝み倒したか覚えていませんよ。五体投地。


 いままでの、前世の記憶を持たない祐太郎さんはそれはそれはゲームの祐太郎さんをそのまま出しましたという感じだった。

 にこにこして人当たりが良いけど、腹の内で何を考えているのかわからない男の人。

 ゲームだと彼の内心がわかっているから、素直に推せたんだけど……


 あのね、私にはあれが外面笑顔だってわかってるから、その分凄く怖かった。それを向けられるのが。

 だって壁を作られて、冷ややかに観察されている気がしたから。

 憧れてきたけど、実際に面と向かってみると生々しくそこに存在する人物だってよく解るから、尚更怖かったの。


 彼はキャラクター設定に沿っているけど、ゲームなんて関係なく一人の人間としてそこにいて意思を持っている。そうして私のことを警戒しているみたいに微笑む。

 私の方も外面だけで接していたからかもしれないけど、それが辛かった。何にも知らないままで、前世のことなんか思い出さなきゃこんなこと思わなくてすんだのに。


 嫌われているのが怖くて仕方なかった。あの頃、それは私が臆病なだけなのか、かつて推したキャラクターだったからなのかは解らなかったのだけれど。




 彼がゲームとは違う発言をしたのは、あれが最初だと思う。少なくとも私が知る限りでは……


 あれからまだ一月足らずしか経っていないのが不思議で仕方ない。それだけ濃密な期間だったということなのだけど、最初の日を未だ昨日のことのように思い出される。



 「祐太郎さんのお部屋はこちらになります。私の部屋と繋がっておりますが少しだけ我慢してくださいね。……ああ、祐太郎さんさえよろしければ私はご一緒の部屋でもよかったのですけれど」


 かつて画面で見た通りのセリフを、彼とのいつもの会話のように軽いジョークを挟みながら言ったときだった。


 「ふふ……それはそれは。天宮の当主に怒られてしまいますよ。お戯れはほどほどに」


 私は予定調和とは違う言葉にどきどきして、緊張から心臓が口から出そうだった。

 ここは「年若いご令嬢がそんなことは申されませんよう」と厳しく諭されてしまう場面の筈だった。

 諭されはしたけど、言葉は柔らかで気遣いに溢れたものだった。



 祐太郎さんに『悪役令嬢』という言葉を知っているか聞いて、あなたもかと言われたときには気を抜いたらすぐにでも涙が出そうだった。


 その直後に私の想いと辛さを肯定されて、同じ立場から「これからは俺もいる」と言われた時には感極まってしまった。ぼろぼろ泣いた私を介抱してくれる彼は、暖かな一人の人間だった。


 たぶんキャラクターとか、ゲームとか、そんなのは関係なくって。

 ずっとずっとコンプレックスを感じていた彼に、そこに存在している彼にそう言って貰えるのが嬉しくて仕方なかった。同じ境遇に同情してくれただけだとは思うけど、嬉しくて堪らなかったの。


 彼が怖い、なんて言って「一人だけ前世を持つ変な存在」でしかない自分を守ろうとしていたけど。挨拶や世間話程度じゃなくて、もっと早くに彼とちゃんと関わっていたらまた違ったのだろうか?


 ああでも、本当に……初めて私の存在と想いを認めてもらったのが祐太郎さんで本当によかったなぁ。


 私は彼が大好きだから、呪いを解けるのも彼だけだったんだ。




 ***



 さてさて、そして時は冒頭にもどりますよ!

 ついに来てしまった入学式、私は祐太郎さんと一緒に寮から校舎への道を談笑しながら歩いているときに見つけてしまいました……


 『ヒロイン』の『夏目楓』ちゃんを……!

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