第7話 「入学式です」
そうして遂に時は満ちた。
名を呼ばれ、俺はいくつもの視線に晒されながら毅然として歩く。
カツンカツンと踏み鳴らすたびに周囲から溜め息が漏れるのを聞きながら、視線の端にピースサインをする親友を見て少しだけ頬が緩む。
直後、ウッと呻きながら手で顔を覆う生徒や心臓のあたりをおさえる生徒が幾人か居たが、いつものことなので気にしない。
昔は発作か何かかと心配したものだが、俺が声をかけるたびに鼻血を噴いたり症状が悪化したりなどしたため関わるべきではないのだと幼いながらに悟った。
壇上にあがり、礼をしてマイクを素早く調節する。
季節の挨拶から始めると何故か失神者が続出した。慣れているのだが、俺の周りはいつも貧血の人間ばかりだ。ちゃんとバランスのよい食事をしなさいね。
「新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます」
そう、今日は遂に乙女ゲーム『こいはしがち!』の始まりの日。入学式当日なのだった。
代表挨拶をしながら体育館を見回すと、目をきらきらとさせる真帆さんを見つけた。
こんなに人に溢れた中でもひときわ輝いて見える。嬉しそうな表情が眩しい。
彼女はゲームでこの風景を何度も見たのだろう。
何度も何度も繰り返しプレイした好きなゲームと同様の世界。世界の導入。好きなキャラクターが挨拶をする様。……そういえば、一番好きなキャラクターが誰なのかということを聞いていない。かなり肝心なことだがすっかり忘れていた。祐太郎でなければ困るのだが……。
……しかし、ゲームの祐太郎のことばかり考えさせるのも何だか癇に障る。
俺の事ではなく他の男の事を……俺を見ながら彼の事を考えているのだろうか。気に入らない。
「ーー……以上で在校生代表挨拶とさせていただきます。生徒会会長、神木祐太郎」
挨拶を最後まで終え、礼をする。礼から起き上がる時に真帆さんにむかって少し目配せをする。
彼女も気がついたようで、キョトンとした顔をしている。
俺はそれが何故か面白くて、ニコリと微笑んだ。
体育館がにわかにざわついているが、俺はそのまま移動し席に戻った。
後で聞いた話だが、保健室は人でごった返したらしい。
そういえば、『こいしが』のヒロインはどこに居たんだろうか。全く目に付かなかったのだが……まあ、そんなに気にせずともいいだろう。
***
side???
本当に本当にあの祐太郎様が目の前にいる。夢にまでみた、綺麗で格好いい、私だけの王子様。
優しそうに微笑むけど本当は腹黒いのを知っている。でもそれも複雑な家庭環境の末に歪んでしまったものだと知っている。完璧主義で誰よりも向上心が高いのは認められたいからだと知っている。誰よりも他人を求めているのは彼だと知っている。
綺麗で可哀想な祐太郎様。
肌は抜けるように白くなめらかで、見下ろすようで蠱惑的な眼差しにぐらっとこない人間なんて居はしない。
彼の心地よく身体中に響く声に傅かない人間なんて居はしない。
現実でみるとこの世のものとは思えない美しさだわ。
ああ……ここは本当に『こいしが』の世界なんだ。
そして、彼は私の手が差しのべられるのを待っている。
可哀想な祐太郎様。今、私が参ります。
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