第3話

女子高生の朝は早い。洗顔、基礎化粧、メイクをするだけでも30分は要する。中学生の頃から化粧を覚え始め、幾分か手慣れてきた朝の支度を洗面所でしていると妹が顔を出す。しっかりと寝癖のついたぼさぼさの髪の毛を手櫛で梳かしながら私の横に立つ。




「おはよ」


「……おはよ」




姉妹二人で洗面所で睨めっこをしている様は傍から見れば面白いものかもしれないのだが、私と妹は真剣であった。化粧とは顔面をキャンバスに絵を描くことに近い。絵を描くセンスよりも続けてきた回数が物を言う作業なのだ。━━まあ、その美的センスは個人の価値観に大きく寄るものがあるとは言え、私は私が可愛らしいと思える絵を顔面に書き終える頃には妹も化粧とは名ばかりの薄化粧を終えていた。




「ケバい」




確かに、妹のファンデーションを薄く肌に馴染ませて眉を描く程度の化粧からすれば私のマスカラやアイプチ等の化粧はケバく見えるかもしれないのだが、これだけで目の大きさが3割ほども違って見えるのだからやる価値はある。鏡からジト目で私を見やる妹に私はため息を吐いた。




「これくらい普通よ。あんたももう少ししたらどうせやるようになるんだから」


「私はお母さんに言われた通りにやってるの。化粧のし過ぎはお肌に悪いって言ってたし」


「その分ちゃんとケアしてれば問題ないの。こんど雑誌貸してあげるからあんたも見てみればいいじゃない」


「いらないっ」




そう言って妹は洗面所を後にした。━━はぁ。反抗期というのは何を言っても噛みついてくるものなのだろうか?などと、自分の中学時代を思い返してみてみればどことなく心当たりがある為強く言うこともできない私なのである。




 化粧も終え、朝食を済ませ、"行ってきます"と見送る人が居る訳でもないのだが玄関を出る時には挨拶をかける。てくてくと通学路を歩いていると先に家を出たであろう妹を発見した。ふむ、どうせなら中学と高校の分かれ道までは一緒に登校するのもありかもしれないなと私は少し歩く足を速めて妹に近づく。




「そこまで一緒にいこっか」




声をかけると振り向く妹はあからさまに嫌そうな顔をする。しかしその顔もまた愛おしく感じてしまうお姉ちゃんなのである。




 同意の言葉も得られぬまま私は妹の隣を歩く。妹から声を掛けてくる雰囲気でも無さそうなので、私は胸ポケットに仕舞っていた眼鏡を取り出して声をかけた。




「ねえ、ちょっとこの眼鏡かけてみない?」


「嫌」


「まあまあ、そう言わずに」




無理矢理に妹に眼鏡を掛けさせる私。嫌々しく私の強行にされるがままの妹もまた可愛らしく、無事に妹に眼鏡を装着させるとこれまた一風変わった印象を覚える。仏頂面ではあるのだがどことなく"できそう"な雰囲気を醸し出す妹の眼鏡から覗く視線には『?』のマークが映った。




「お姉ちゃん、頭の上になんか出てる━━」


「あー!待って待って!その数字を言わないで!当てるから!」


「は?」




『?』に『?』を重ね、首を傾げる妹を制して私は続ける。




「ふふっ、あんたの目に映っている数字はズバリ……『100』ね!」


「━━そうだけど、これ何なの?」




未だに傾げた首は固まったままの妹は眉間に皺を寄せて不機嫌そうに問う。




「まあつまり、私はアンタを愛してるってことよ」


「意味わかんない」




眼鏡を乱暴に外し押し返す妹は随分とむくれているようだ。まあ、分かる訳ないよね━━と心の中で謝り苦笑いでその場を誤魔化す。




「━━あ、そうだ。お父さんとお爺ちゃん怒ってたよ」




不意に妹はニヤリと口を斜めに歪ませて言ってくる。




「え、なんで?」


「昨日の夕飯のこと。聞かれるのを待ってたみたいだけど聞かれなかったから今度どれだけお姉ちゃんを愛してるか身体に教えてやるって言ってた」




ぞわっと背筋に寒気が走る。未だに愛情表現を髭を擦り付けてくるなどの子供かと思う程の勘違いをしたお爺ちゃんと『愛は鞭である』と雄弁に語る父親に恐怖を覚える。


そんな私を尻目に妹は「じゃあ私先に行くから」と悪戯な笑みを浮かべて颯爽と駆けて行った━━。






*






「ボンジョールノ!」




 教室の扉を開くと何故かイタリア語で挨拶がかかった。声をかけてきたのはクラスメイトである友人の"友田ともだ 知恵ちえ"。特筆すべき容姿ではないのだが、私の友人ということもあってギャルギャルしく知能は低い。恐らく昨晩のTV番組でイタリア特集でも見たのであろう彼女にツッコむ気力も持ち合わせていない私はそれをスルーした。




「おはよ」


「どしたの?なんか元気なくない?」


「ちょっと家庭の事情でね」


「そっかぁ。大変だね」




 言及は無く、労いの言葉をかけてもらえる。勿論、私の家庭事情など察している訳ないのだがその言葉は有難いものだ。


その話はそこで終わり、知恵と何の生産性もない会話をしていると教室も随わいだしてくる。続々といつものメンバーが顔を揃え始める。


人が集まれば気の合う友達、合わない友達というやつも出てくる。そうして30人という1クラスの中でも派閥は生まれてしまうものである。


特に女子は顕著で私のクラスでは女子だけでも3つの派閥に分かれている。




"松島まつしま 姫樺ひめか"率いるギャル中心の派閥。




"竹林たけばやし 奏かなで"率いる淑女中心の派閥。




"梅原うめはら 肇子はじこ"率いるオタク中心の派閥。




言わずもがな、私は松島一派である。部活ではギャルではないと公言している私ではあるが、これにも理由がある。勿論それは私の特異な性癖が原因だ。


私は可愛い女の子が好きだ。見ているだけで癒されるし、胸がドキドキする。そんな子に近づくためには私自身が可愛くなる必要があったのだ。"類は友を呼ぶ"という言葉もあるように、可愛い子の周りには可愛い子が集まる。理由なんて分からないがそうゆうものなのだと納得している。


だから私は可愛くなる努力をした。化粧を覚え、食事を控え、流行にも敏感になった。そうしているうちに何故か私は周りからは"ギャル"と呼ばれるようになっていた……。


しかし、そのお蔭で可愛い女の子に囲まれた学校生活を送れているのだからその程度の勘違いは水に流せるというものだ。




 そんなことを友人たちの会話を聞き流しながら考えているとふと気付く。


私は友人を相性ではなく、容姿で選んでいるが彼女たちはどうなのだろうか?私のことを好いているのだろうか?━━気になった私は眼鏡を掛けてしまった。




「うわっ、私の好感度、高すぎ…?」




 よく見るバナー広告の台詞が頭を過る。 


 しかし、驚くのも無理はない。リーダー格である松島を囲むように談笑する私のグループの殆どの女子たちの頭上には"100"に近い数字が浮かんでいたのである。


 確かに、私は女社会をある程度は上手く立ち回れているという自信はあったのだが、ここまで自分が友人達に好かれている事実に衝撃を覚えた。


 特に、松島の頭上に浮かぶ"100"の数字。恐らく社会において"長い物に巻かれろ"精神は万国共通であると勝手に思い込んでいる私はそれを確固たるものにした。


 彼女に対しては基本的に"YESマン"で通したことは功を奏したようだ。私(女性)の場合だと"YESウーマン"なのかはこの際どうでもいいだろう。


自分が属するグループの数字を見て安堵というか安心感を手に入れた私はちらと他のグループにも興味が沸く。




 色は変えてはいないが、綺麗に纏められた髪。清潔感漂うほんの少しだけ異性を意識しているような化粧。竹林率いるグループは"50"に近い数字を浮かばせている。




 それに比べ、しているのかしていないのかすら分からない薄化粧で私には分からない単語を口々にする梅原グループは殆どが"0"の数字を浮かべていた。




 竹林グループとは確かに交流は僅かばかりあるし、敵対している訳でもない。俗にいう、友達っぽいクラスメイトという奴だ。


 梅原グループとはこれと言って接点が思い当たらない。


 こう考えると、私が思いを寄せている彼女の数字が"5"だということと、妹の数字が"30"だということは少々気が重くなってしまう。


━━少し大きめのため息をついて、私は眼鏡を外した

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