第2話

文化部というものは意外と遅い時間まで部活動に勤しんでいるものである。


例に漏れず、我が総合文化部も完全下校時刻の午後六時まできっちりと活動は行われた。といっても、私はスマホのアプリで遊んでいただけなのはここだけの話。


チャイムが鳴ると同時に彼女は本をパタリと閉じて音もなく立ち上がると、そのまま顔を合わせる事も無く帰ってしまった。


私はそれを陰ながら見送り、腰を上げる。既に2学期も終わりを迎える程の時期なのであるが、別れの挨拶を交わす仲にすらもなれておらず、距離を縮めたい私としては誠に遺憾である。


まあ、陰でこそこそと見るのも悪くはないと思いつつも、彼女に初恋をしてしまった私は恋の迷路に迷い込んでしまって行動に移せないでいるだけなのだが……。


というか、初恋が女の子というのはどうなのだろうか?男性に対して恋愛感情に近い感覚を覚えた気がしないし、乙女ゲーよりもギャルゲーのほうが面白いと思う私は"変"なのかもしれない。


しかし、今のご時世は同性愛に対して世界は優しくなっている。私は生まれる時代を誤ってはいなかった!などと鼓舞してみたものの、一抹の不安は消えそうにない。


自分の気持に素直になれないのは背徳感からくるものなのだろうか?悪いことをしているのだろうか?恋をしているだけなのに……。




「ぷっ……まるでこれじゃストーカーみたいじゃない」




好きだから何をしても許されるほど世界は優しくできてはいない。そんな当たり前の答えに辿り着き、私は彼女の後を追うように部室を出た。




 冬が近づいてきているためか夜の帳も早々に降り、開けっ放しの昇降口からは冷たい風が吹き付けてくる。制服の上からチェスターコートを着ているとはいえやはり寒い。特に太ももが……。


何故女子の制服はスカートなのだろうかという長年の疑問を浮かべながら、膝上10cmまで丈を短くした自分を呪う。足が長く見える魔法は24時を回っても解けないのが唯一の救いではある。


身体を縮こまらせながらも下駄箱から靴を取り出そうとすると、中に何やら手紙のようなものを発見する。ようなものではなく手紙そのものだったが、そこには綺麗な字で"答えは君自身が持っている"と書かれていた。


差出人に見当はある。まず間違いなく部長である。何故私の下駄箱を知っている……。


冬の寒さからか、気色悪さからか、恐らく両者であるのだが身震いを覚えた私は急いで家に帰ることにした。




*




 家の玄関を開けると暖かな光が出迎えてくれる。


私は靴も揃えずにいそいそと暖かさを求めて居間へと足を進めた。どうやら今年の冬の訪れは随分と早かったようで、我が家には"こたつ様"が降臨されていた。なんとタイミングの良いことか。私は拝むように手をこすり合わせながら"こたつ様"へと身体を滑り込ませた━━のだが、予想を裏切り"こたつ様"の電源は入っていなかった……。


宛らおにぎりを砂糖で握ったかの如く。コーラと思って飲んだのが珈琲だった時の如く。筆舌に尽くし難い侘しさが身体と心を冷やす。


虚脱感に苛まれながらも私は電源を入れるため再び腰を上げようとすると、暖かい声がかかった。




「おかえり、香菜女かなめちゃん」




声を掛けてきたのは御祖母ちゃん。私の家は今時珍しい拡大家族である為、3世帯で生活している。孫としては親の叱咤から庇ってくれる唯一の存在であり、甘すぎる祖父母に甘えるのは少々むず痒くもある。




「ただいま。こたつ出したんだね、今電源入れるからお婆ちゃんも入りなよー」


「あら、ありがとうねえ。ところで香菜女ちゃん、目でも悪くしたのかい?」




言われて気づく。私は部活から眼鏡を掛けたまま帰ってきてしまっていた。




「━━ん、これは伊達眼鏡だから心配ないよ」


「伊達眼鏡?」




咄嗟に出た私の嘘にお婆ちゃんは首を15度程傾けて聞き返す。




「ん~、度は入ってない形だけの眼鏡ってこと。ただのお洒落だから気にしないで」


「そうかいそうかい、お洒落かい。うんうん、似合ってるよ」




優しい皺だらけの笑顔で褒めてくれるお婆ちゃんに嘘を吐いてしまった罪悪感で胸が痛い。


しかし、先程から見える数字が気になって仕方がなかった……。


お婆ちゃんの頭上には"100"の数字。私が"0"で彼女が"5"、そしてお婆ちゃんが"100"。部長のヒントからしてお婆ちゃんは最高数値を叩き出しているということになる。しかし私は既に答えを持っているという言葉も気になる。持っている私が"0"でお婆ちゃんが"100"━━。


"うーん……"と必死に考える私の頭は温まり始めたこたつの熱のお蔭もあり早々にボフンと音を上げる。


ヒントをもらい、期限を延ばしてもらっても分からないものは分からないのだ。そもそも私の頭は同級生と比べても良い方ではない。ならば最終手段を使う他ない!━━そう、"他人を頼る"だ。この場合、他人ではなく頼るのは家族になるのだが……。




「お婆ちゃんはさ、100%って言ったら何を思い浮かべる?」




唐突に私はお婆ちゃんに質問を投げかけると、お婆ちゃんは何食わぬ顔で"ジュースかい?"と答えた。




「あー、そうゆうことじゃなくて……。自分自身の100%って何だと思う?」


「私の100%かい?うーん、そう言われてもねえ」




まあ、突然自分自身の100%は何ですか?と聞かれてもそうそう答えられる人間は居ないだろう。例えそれが何%であろうと答えは変わりそうもない。無茶苦茶な質問をしてしまっていることに気づき、お婆ちゃんに謝って私は頭までこたつに深々と潜り込んだ。




 随分と身体も温まり、とろんとした一匹の睡魔が優しく誘いかけてきたころ、我が家の夕食の声がかかった。


なんとかこたつから頭だけを出し、漂う香りに鼻を利かせば美味しそうな匂いがすきっ腹を刺激する。


先程まで動くのも面倒だった私なのであるが、どうやら睡眠欲よりも食欲が勝ったようだ。


早々にこたつから抜け出しリビングへと移動すると、既に私以外を除く家族全員が揃って食卓を囲んでいた。私も自分の椅子に腰をかけ、父の掛け声を待つ。


"いただきます"


両手を合わせ、家族全員が復唱して我が家の夕食は始まる。


"食事とは幸せな時間"だといったのは私の父である。


厳格な父が嫌いとまではいかなくとも苦手なのだが、この時間を大事にする父の気持も分かる気がする。


母が作る美味しい食事に舌鼓を打ち、家族団欒で他愛もない会話をしていると、母が私に問いかけてきた。




「あんた、その眼鏡どうしたの?」




眼鏡一つで本日二度目の質問がきた。そんなに気になるものなのだろうか━━もしかして似合ってない?




「これはね、伊達眼鏡って言うらしいよ。香菜女ちゃんの目が悪くなってる訳じゃないって」




自分の眼鏡姿を今一度確認しようと手鏡を取り出そうとしていると、お婆ちゃんが答えてくれた。




「そうなの?ならいいけど」




心配そうな顔で私を見つめる母。その頭上には"100"の数字が表示されている。


まあ、食事を始める前から気づいてはいたのだが……。それよりも私が気になっていたのは我が妹である。


そう、"100"でもなく"0"でもなく"5"でもない"30"の表示。


思春期と反抗期真っ只中の中学2年生である妹。最近やたらと化粧を教えてと母に頼み込む姿は微笑ましい。もしや男でもできたか?などと心配している私なのだが、"姉の心妹知らず"とはよく言ったもので、小学生の頃はお姉ちゃんっ子であった妹は絶賛私に反抗中なのだ。


やれ"香水臭い"だの"お風呂が長い"だの"ビッチ"だのと文句を言ってくる。しかし、可愛いから許している。


そんな可愛い妹は"30"の数字。新たなヒントになるかと思考を巡らせていると、着替えもせずに制服のポケットに入ったままのスマホのバイブが鳴った。確認してみるとそれは私がよく遊んでいるアプリからの通知である。




"本日から1週間。女の子と仲良くなれる大チャンス!!お目当ての女の子と仲良くなるなら今!!"




どうやら冬のイベントが始まったらしい。これは早々に食事を切り上げて図書委員である"本田ほんだ 伊耒いすき"ちゃんを攻略しなくてはならない!と、恋愛シミュレーションアプリである"どぎまぎメモリアル"(通称:どぎメモ)のイベント内容を確認していると、父から叱りつけられた。




「こら、行儀が悪いから食事中に携帯を弄るんじゃない」


「別に確認位良いじゃん、緊急な連絡かもしれないし。それに、携帯じゃなくてスマホね」


「意味が伝わればどっちでもいいだろ。それに確認ならそんなに時間はかからないだろ」


「女の子のメールは長文なの!それくらいわかってよね」




口から出まかせを並べ立て、無意味に親に反抗する私も未だに反抗期なのかもしれない。




「まあまあ、あんたもそんなに怒鳴ることじゃないでしょ。香菜女ちゃんも確認が終わったら食事中はそのスマホ?閉まっときなさい」




お婆ちゃんが庇ってくれる。今のは私が悪いのに、怒られて当然なのに……。


これが"飴と鞭"というやつなのだろうか?鞭も痛いが飴も心に痛い。そんな二重の痛さに耐えかねて私は謝った。




「ごめんなさい」




どうしてこの一言が先に出なかったのか。未だに子供である自分が悔しくてたまらない。




「そうそう、香菜女ちゃん。お婆ちゃんね100%の答えを見つけたよ」


「えっ━━?」




お婆ちゃんは微笑みながら続ける。




「お婆ちゃんは家族を愛してること。お爺ちゃんも、息子も、お嫁さんも、孫も皆を愛してる。数字にしたらきっと100%になると思うわ」




多分、この言葉を他の誰かから聞いたのなら私は苦笑すると思う。そんな臭い台詞を吐ける奴の顔が見てみたいと宣うだろう。しかし、お婆ちゃんから聞いた瞬間、鳥肌が立った。壮大なスケールの音楽祭や全米が泣くほどの映画を見た訳でもなく、その一言だけで私は感動してしまった。


そして、私はこの数字の答えに当たりを付けた。




「お婆ちゃんは、私のこと好き?」


「ええ、大好きよ」


「お母さんは?」


「大好きよ」


「妹アンタは?」


「……嫌い、じゃない」




この流れでも未だに反抗期である妹は言葉を濁しつつ答える。まあ、30%だしね……。


でも、この眼鏡を家族のだれが掛けても私の頭の上には100の数字が映るはずだ。だから私は恥ずかしげもなく言葉を続けられる。




「私も皆が大好き」




こうして、いつもの夕食にちょっとした感動を添えて私はお腹と共に心を満たした。




 夕食を終え、風呂に入り、明日の学校の準備も整えた。


よーし寝るぞ、と布団に入り込み目を閉じる。ふふ、問題が解けた瞬間というものは気持ちのいいものだ。問題とはつまりストレス。そのストレスを押し付けてきたあの部長をどうしてくれようか……と残虐の限りを尽くすことを考え出すとわくわくして眠れそうもないので改めて考えを纏めてみよう。


 つまるところ、この数字は私に対する好感度である。私が持っているスマホのアプリでもある"どぎメモ"でも女の子を口説くときの目安として存在するし、女性にしか表示されない。女の子達の趣味や電話番号、スリーサイズまでを網羅している親友の"五月女さおとめ 輝雄てるお"には表示されない。私自身が0%という点は女性が主人公という点が間違っている為だろう。ただ、彼女が5%しかないのは少々気が重くなる。そうだ、プレゼントとかあげてみようかな━━なんて思っていると、本日二匹目の睡魔さんがお誘いに来た。抵抗はしない、導かれるまま私は意識を睡魔に預けた。

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