第6話:闇の魔獣、アスピス

 時刻は真夜中、十二時。


 町の北大通りに面したルッソー家の屋敷の屋根の上に、二つの影がある。

 一つは大きく、刺々しく、もう一つは小さく、柔らかい。


 時計塔の鐘が、十二時を告げ始めた。

 鐘の音が、ゴーン、ゴーンと聞こえてくる。


 小さな影が、その小さな体から大きな魔力を放ち、ルッソー家の屋敷全体を包んでいく。

 その魔力によって、警備員の者や召使も含め、ルッソー家の者たちはみな深い眠りに落ちていった。

 時計塔が十二回目の鐘を鳴らした時、小さな影はにっこりと笑った。


「ミッション開始ね!」 






 ロゼッタとアヴァンは、ロゼッタの魔法によって鍵を開けたベランダの窓から、屋敷内に侵入していた。


「みんなぐっすりね」


 広い廊下の赤い絨毯の上で、気持ちよさそうに眠る警備員を見下ろして、ロゼッタは満足そうに微笑む。


「あぁ、おめぇさの魔法はすげぇ。けど、みんな眠らしちまったら、宝物庫がどこにあんのかわかんねぇべ? こったな広い屋敷で……」


 高い天井から吊るされているシャンデリアを見上げながら、アヴァンがそう言った。


『か~、贅沢な家だなおい。いったい何人で暮らしてるってんだ? 廊下は広いし、天井は高いし……。憎ったらしいったらねぇぜ、おうおうおう! けどよ、金持ちにしちゃあ、シンプルじゃねぇか? 金足りてねぇんじゃねぇか?』


 エビルはいつものように悪態をついているが、言葉は間違っていない。

 ルッソー家の屋敷は広くて天井も高いが、他の富豪の家に比べて装飾品が少ない。

 泥棒にとってめぼしいものは、ほとんどない。


「大丈夫よ、アヴァン。今この警備員に教えてもらうから」


 ロゼッタは、倒れている警備員の額に優しく触れて、目を閉じた。

 すると、ロゼッタが触れている警備員の額から優しい光が放たれて、すぐに消えた。


「わかったわ。屋敷の西側にある、書斎の棚の一部が隠し扉になっているのよ。そこに地下につながる階段がある。行きましょ!」


 駆け出したロゼッタの後ろを、アヴァンは無言でついて行く。

 広い廊下を走り抜け、屋敷の西側にある書斎についた二人。

 書斎には、大きな本棚が幾つもあって、数えきれないほどの書物が収められている。

 ロゼッタは、迷うことなく一つの棚に向かっていった。

 そして、その棚の隅にある、少し小さな本を手前に引いた。

 それが鍵になっていたかのように、ズズズズーっと鈍い音を立てて、本棚は奥へと下がり、その先には真っ暗な通路が現れた。


「すげぇ……」


 感心するアヴァンに、ロゼッタは指示する。


「さぁ、アヴァン、火を出して。暗いと見え辛いから」


 アヴァンは左の鍵手をライターのように使って、青い焔を出した。

 エビルの悪魔の力は、こんな風にも使えるらしい。


「先に行って」


 ロゼッタに言われるままに、アヴァンは暗い通路の中に足を踏み入れる。

 通路の先は階段になっていた。

 中には明かりが一つもなく、エビルの焔がなければ何も見えないほどに暗い。

 しかし、湿気や黴臭さはなく、よく人が通っているのだと考えられる。

 階段を降りた先に、扉が現れた。

 何の変哲もない木製の扉だが、鍵が何重にもかけられている。

 アヴァンは力任せに扉を叩き破ってやろうと考えたが、その考えを見透かしたかのように、ロゼッタがアヴァンの右手を握った。


「私に任せて」


 そう言って、ロゼッタが優しく扉に触れると、扉についた無数の鍵はカチャカチャと音を立てて独りでに外れていった。


「なんてこった……」


 もう何でもありだなと、アヴァンは溜め息をついた。

 ロゼッタがゆっくりと扉を開くと、部屋が現れた。


「アヴァン、ここに火を移して」


 言われるままに、アヴァンは左の鍵手の焔を、扉近くの楼台に灯す。

 すると、その楼台に繋がる、部屋中に張り巡らされた細い溝にも同じように火が灯っていき、部屋がいっきに明るくなった。

 そして見えてきたのは、無造作に置かれた宝の数々。

 宝石や絵画、骨董品から動物の剥製まで、ありとあらゆる価値のある物が揃っている。 


「やっぱりね……。本当に価値のある物を持っている富豪は、それらを隠すものよ。今回は当たりのようね。お宝お宝~♪」


 満足そうに笑って、ロゼッタは宝を物色し始める。

 アヴァンはぽりぽりと頭を掻き、どこから探せばいいのやらと考える。

 実際に、これほど大量の宝を一度に前にしたのは、アヴァンにとっては初めての経験だった。

 これまで侵入してきた家の富豪たちは、持っている宝をひけらかそうと屋敷中に飾っていた。

 けれどそのおかげで、アヴァンは一つ一つの宝をゆっくりと見つめることができた。

 魔族の魂であるハーツが埋め込まれた物は、魔族のみが感じ取ることのできるオーラを放っている。

 それは声だったり、ただの音だったりするのだが、それらを頼りにこれまでアヴァンはハーツを探し出してきたのだ。

 ところが、これほど多くの宝を一度に前にしてしまうと、それらの声は、アヴァンの耳にはガヤガヤとしたざわめきにしか聞こえてこないのだ。


『アヴァン、どれか選んで手にとってみろよ?』


 エビルが囁く。


「んだども、どれを? 多すぎて全くわかんねぇべ……」


 戸惑うアヴァン。


『いつもみたいに、音を頼れよ』


「んだ……。なんか、ザワザワしていて、ガヤガヤ聞こえて、どっから音がしてんだかわっかんねぇべ」


『んじゃあ、適当にその辺のもん撃ってみりゃいいじゃねぇか?』


 面倒臭くなったエビルの提案に、アヴァンは乗った。

 腰のホルダーにしまった黒い銃を取り出し、一番近くにあった絵画に向けて弾を放つ。

 すると、弾は絵画を貫通して、中からハーツが現れた。


「んなにぃっ!?」


 アヴァンは余りの出来事に驚いた。

 こんなにすぐ近くにハーツがあったことに、アヴァンは気付いていなかったのだ。

 いくらざわめきが煩いとはいえ、隣にあるハーツに気付かないなんて……。

 アヴァンはショックを受けていた。


「驚くことないわ、アヴァン。恐らくだけど、ここにあるほぼ全ての物に、ハーツが埋め込まれているから……」


 ロゼッタの言葉に、アヴァンは更にショックを受ける。

 ここにあるほぼ全ての物、ということは、見た感じでは、おおよそ百以上のハーツがここにあるということになる。

 すると、そのことを認識したアヴァンの耳に、魂の声が無数に聞こえてきた。

 それらは長年閉じ込められたままの、魔族の魂、ハーツの叫びだ。

 助けてくれ、出してくれ、家に帰りたい、家族に会いたい……。

 悲痛な思いの数々が、はっきりとした声になって、アヴァンの心に入ってきた。


「こんな場所に……。ずっと、閉じ込められてたべか……?」


 アヴァンは独り言のように呟いてから、銃を構えた。

 次々と黒い弾を放ち、次々とハーツを解放していくアヴァン。

 その横顔はまるで、怒り狂った魔獣のようだと、ロゼッタは思った。





 

 全ての宝物に黒い弾を放ち、そこから出たハーツの数は百近くに上った。

 アヴァンが七十年の月日をかけて探し出したハーツの数を、優に超えてしまったのだ。

 その事実に、アヴァンは怒りすら覚えていた。


「このルッソー家は、裏オークションで販売されているいわくつきの代物を集めていたの。即ち、魔族の魂であるハーツが埋め込まれている、魅惑的な物をね……。怪しいと思って調べてみれば……。表向き、この家の者たちは代々、その生業を思想家としてきたけれど、本当は違う。家系図を辿っていってわかったことは、ルッソー家は魔族狩りの一族だったということ。つまり、遠い昔の先祖が狩った魔族の魂が入っている物を、長年ここに仕舞い込んでいたのよ。だけど、現ルッソー家当主はそれだけでは飽き足らず、他の魔族狩りが手に入れたハーツが埋め込まれた品にまで手を出し始めた……」


 ロゼッタの言葉を、アヴァンは聞くともなく聞いていた。

 無数に浮かび上がったハーツたちの中に、アヴァンとエイシャのハーツはない。

 ただ、懐かしい雰囲気のするハーツが幾つかあって、村の者たちのハーツだとわかった。

 ハーツたちは薄紅色の光を放ちながら、自らが存在するべき場所へと帰って行った。


「……どうして、おいらをここに?」


 アヴァンの言葉に、ロゼッタは微笑む。


「私の欲しい物を探すには、ハーツがあると困るのよ」


 するとロゼッタは、アヴァンを壁ギリギリまで下がらせて、自分は部屋の中央に立った。

 そして、左手の手袋を外し、何かの呪文を唱え始めた。


「我が身に宿りし獣よ、今再びその姿を示せ。封じ込められしその力よ、ここへ甦れ」


 ロゼッタの体から、禍々しい青黒い闇が放たれ始める。

 手袋を外した左の手の平にある奇妙な紋章から、ぼこぼこと白い物体が流れ出る。

 地面に流れ落ちたそれらは、徐々にその形を顕わにし、無数の白い蛇となった。

 白い蛇は部屋中をうねうねと動き回り、そこにある品々を撫で回している。


『やべぇっ! こりゃやべぇぜっ!』


 エビルが、アヴァンの中で暴れ回る。


「何だってんだっ!?」


 目の前で起きている出来事が尋常でないことはアヴァンにもわかっている。

 しかし、いったい何が起きているのかは、アヴァンには理解できていない。

 ただ、エビルの暴れ具合が、その危険度を表していた。


『あいつ、変だ変だと思ってはいたが、自分の体の中に、闇の魔獣を飼ってやがった! それも、異常なほど強いっ! 下手すりゃ喰われるっ! 逃げろ! アヴァン! 今すぐここを離れろっ!』


 エビルの叫び声が、アヴァンの心の中をぐちゃぐちゃに掻き乱す。

 しかし、アヴァンは逃げる気にはなれなかった。

 白い蛇のような魔獣に囲まれて、自らは青黒い闇を体中から放ち続けるロゼッタを前にしても、なぜだかそれが美しいとアヴァンは感じている。

 そうこうしている内に、無数にいる白い蛇のうち一匹が、小さな箱を見つけてロゼッタに手渡した。

 箱を開いて中身を確認したロゼッタは、にっこりと微笑み……。


「ありがとう」


 そう言って、なんと、白い蛇にキスをした。

 その光景を目の当たりにし、アヴァンとエビルは声にならない叫び声を上げる。

 役目を終えたのであろう白い蛇たちは、ロゼッタの元に集まり、ロゼッタの体を這い上がって、左の手の平へと入っていった。

 全ての蛇を左手へと導いたロゼッタは、何事もなかったかのような顔で振り向いた。


「見つかったわ!」


 今までで一番の笑顔のロゼッタがアヴァンに見せた物は、七色に輝く、とても小さな黒い玉だった。






 時刻は夜中の一時を回っていた。


 ロゼッタとアヴァンの二人は、アヴァンが隠れ家に使っている時計塔にいた。

 ルッソー家の宝物庫にてアヴァンが見つけたハーツは全部で百十三個。

 今までの苦労は何だったのかと、アヴァンは自問自答を続けていた。


 それ以上にアヴァンは、目の前で夜食だと称して特大の牛肉ステーキを頬張るロゼッタに、何から質問していいのやらと考え込んでいた。

 エビルはと言うと、ロゼッタが呼び出した闇の魔獣を見てからというもの怯えきってしまって、一言も話さないどころか、ステーキを焼くために焔を出す際も、まるで自分は存在しないかのように意識をすっかり消してしまっていた。

 ロゼッタだけが、満足そうにニコニコと笑って、美味しそうに肉を食べている。


 町は静かで、とても平和な夜だ。

 ルッソー家の者は誰も、今夜、屋敷に泥棒が忍び込んだことを知らない。

 明日になっても、明後日になっても、この先ずっと、そのことには気付かないだろう。

 アヴァンがハーツを取り出した宝物は全て元の場所に戻し、ロゼッタが盗んだ物は魔法で偽物を作り上げていたために、侵入した形跡など一切残っていない。

 それにロゼッタいわく、現在のルッソー家の者は、昔のような魔族狩りをできる力は持っておらず、いわばビプシーだということだった。

 つまり、宝が偽物だろうと、宝の中から魔族のハーツが無くなっていようと、それに気付くことはないのだ。

 ロゼッタはまさに、完全犯罪ををやってのけたのだった。


 しかし、アヴァンの中にはいくつか疑問が残った。

 まず、あの禍々しい魔獣の正体が気になった。

 エビルが恐れおののいていたあの白い蛇の魔獣は、ロゼッタの体内から現れ、そして体内に帰っていた。

 即ちそれは、ロゼッタの体の中に今もいるということになる。

 けれど、ロゼッタはいつも通り、平然としている。


 あの魔獣はいったい何なのか?


 そして、あの魔獣が見つけてきた七色に輝く黒い玉。

 ロゼッタの目的は、いろいろと盗み出していた宝物ではなく、魔獣によって見つけ出したあの黒い玉だろうとアヴァンは考えた。

 他の宝物は、胸の谷間から取り出した巾着の中へと無造作に放り込んでいたのだが、あの黒い玉だけは、その巾着の中から取り出した小さな黒い箱の中に、大事そうにしまっていた。

 まぁ、アヴァンにとっては、あんなに小さな巾着に物がポンポンと入っていくこと自体不思議で仕方がなかったのだが、またよくわからない魔法を使っているのだろうと解釈していた。

 ともかく、黒い玉は大事に扱われていた。

 だとすると、やはりロゼッタの目的はあの黒い玉なのだろう。


 しかし、あんなものをどうして、集めているのだろう?


 それに、アヴァンにはなぜだか、それがとても忌まわしいものに思えてならなかった。

 黒い箱の中には、同じような黒い玉がいくつか入っていたようだが、どうしてだか、凄く嫌な感じに襲われたのは事実だった。


 あれはいったい、何なのだろう?


 そして、疑問はもう一つある。

 ロゼッタが自分と手を組んだ理由だ。

 今夜、共にルッソー家に忍び込んでみたわけだが、アヴァンが役に立った場面といえば、暗い通路と地下室に明かりを灯すことだけだ。

 そんな簡単な役割、アヴァンじゃなくともできるはずだ。

 ロゼッタはアヴァンが一生かけても使えないような高等魔術を使える。

 実際、あれだけ大きな屋敷全体に、熟睡魔法をかけてしまえる実力を持っているのだから、一人でも目的の物を盗めたに違いない。

 あの場にアヴァンが必要だった理由が、全くもってないのだ。

 ただ、ロゼッタは気になる事を言っていた。

 ハーツがあると、困ると言っていた……。


「なぁ、おめぇさの探しもんって……。あの黒い玉、いったい何だべや?」


 肉を頬張るロゼッタに尋ねるアヴァン。

 ロゼッタは、アヴァンをじっと見つめてから、口に入っている肉をごくんと飲み込み、水を飲んで、フォークとナイフを置いた。


「知りたいの?」


 机に肘をつき、向かいに座っているアヴァンの瞳を覗き込むロゼッタ。

 アヴァンはこくんと頷く。


「そうね……。あれはね……。妖精の涙なのよ」


 ロゼッタの言葉に、アヴァンは複雑な表情になる。

 アヴァンは魔族ではあるが、妖精という者に出会ったことは未だかつてない。

 まず、妖精が実在するのかどうかさえもアヴァンにはわからないのだから、その妖精の涙となると、もはやお伽話としか感じられない。

 すると、そんなアヴァンの様子を見て、ロゼッタはブッと吹き出し、笑い始める。


「あははっ! 嘘よ嘘っ! そんな顔しないでよぉっ!」


 大笑いするロゼッタを、細い目で睨むアヴァン。


「嘘なら……。本当は何だべや?」


 ロゼッタに不審な目を向けるアヴァン。


「えっとねぇ……。うふっ。あれはね、ドラゴンの目玉よ! うふ……。うふふふ」


 ロゼッタの含み笑いに、これも嘘だなとわかったアヴァン。

 どうやら真剣に答える気がなさそうだと理解し、アヴァンは不機嫌そうに椅子を立ち、ベッドに寝転がった。


「あら? ふふふ。怒ったの?」


 懲りない様子で笑いながら、ロゼッタはアヴァンを見つめる。


「怒ってはねぇべ。けんど、教えてくれたっていいべや? おめぇさ、おいらの事は根掘り葉掘り聞いたくせに、自分の事は何も話さねぇべ?」


 アヴァンの言葉に、ロゼッタはとりあえず笑うのをやめたが、答える気はさらさらないようだ。


「話してどうするのよ。あなたが私の求める物を探し出してくれるわけでも、私の抱える問題を解決してくれるわけでもない。聞いたって、あなたの重荷になるだけよ? 知らない方が身のためってやつよ。それに、その方がきっと、私たちうまくいくわ」


 拗ねた子どもを宥めるような言い方に、アヴァンは更に不機嫌になったが、ロゼッタはそんなアヴァンを気にも留めずに、さっさと帰る支度を始める。


「んだども……。じゃあ、あの蛇はなんだべや? それぐらい教えてくれてもいいべ?」


 アヴァンの言葉に、困った顔で笑うロゼッタ。


「あの子たちは私のペットよ。あなたも見たでしょ? いつもは私の中にいて、必要な時は助けてくれるの。まぁでも、私が卵から孵して育てたのだから、ペットというよりかは私の子どもね。彼らは、そうね……。書物の中ではアスピスと呼ばれているわ。エビルならわかるかしら?」


 ロゼッタの言葉に、気配を消していたエビルが、一瞬小刻みに震えたかのようにアヴァンは感じた。


「じゃあね、アヴァン。次のミッションはまた来週にでも。適当に会いに来るから、ちゃんとここにいてよね」


 投げキッスを残して、ロゼッタの白い翼は夜の闇に消えていった。

 アヴァンはふ~んと鼻を鳴らす。

 確かに、今のアヴァンには、ロゼッタのためにできることなどない。

 ロゼッタの言う通り、話を聞いたところで恐らく何もできないだろう。

 そう考えると、余計な詮索はやめて、ハーツを探すことだけに集中すべきだとアヴァンは思った。


『おいアヴァン。どう考えてもいいように使われてるせ?』


 エビルが久しぶりに声を出した。


「いいように? どういうこった? おいら、何も役に立ってねぇべ? それどころか、今夜だけでこの七十年間が馬鹿かと思えるほどのハーツを手に入れられた……。この調子でいけば、おいらのハーツも、エイシャのハーツも、すぐに見つかっかも知れねぇ」


 声に出してそう言ってみたアヴァンは、話をしてもらえないからと拗ねていた自分がお門違いで、むしろハーツの在処を探し出してくれたロゼッタに感謝すべきだと思えてきた。


『おうおう、本当にお気楽な奴だよお前は。あの女、ハーツの力が邪魔なだけさ。あの黒い玉、もしかしたら、とんでもねぇ代物だぜ?』


「とんでもねぇ代物?」


『あぁ……。ありゃ恐らく、何らかの呪いがかかった代物だ……。お前も感じたろ? 寒気がするような、すっげぇ嫌な感じ。あぁいう類の物は、近くに清らかなハーツがあったんじゃ見つかんねぇのさ。だから、ハーツを解き放てるお前が同行させられた……。それに、あの女。アスピスだと? 卵から孵して育てただと? アスピスは普通、あんなに強い気を発する生物じゃねぇはずだ。なのになんだありゃ? 恨みや辛みで膨らんで、恐ろしいほどに育ってやがる……。冗談じゃねぇぜ、全く。あんなもん体内に住まわせるなんざ、正気の沙汰じゃねぇ。あの女……。アスピスといい、あの黒い玉といい……。絶対に、恐ろしいこと考えているに違いねぇ……』


 ブルブルと震えているようなエビルの様子に、アヴァンは再度ふ~んと鼻を鳴らした。

 エビルの言っていることは、恐らく真実なのだろう。

 これまでの経験上、エビルの言葉が嘘や偽りだったことは一度もない。

 だが、アヴァンはどうしても、ロゼッタを悪い目で見る気にはなれないでいる。


「ま、考えてもしかたねぇべ」


 アヴァンのお気楽な返事に、エビルはその夜一晩中悪態をついていた。

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