第4話:世界一のラッキーボーイと、囚われの悪魔

 一週間ほど歩き続けて、アヴァンはようやく西の森へと辿り着いた。

 西の森は鬱蒼と茂り、昼間でも日の光を通さないほどに暗い。

 見たこともないような長い蔓を持つ植物が地面にはべこっていて、無数の蛇が絡み合っているように見えてとても気持ち悪い。

 森に棲む生き物はとういうと、気味の悪い異形の虫ばかりで、獣の気配はしない。


『おえぇ~。こんなところに住んでんのかよ……。正気の沙汰か、おいおい』


 森を歩くアヴァンに向かって、エビルが話し掛ける。

 魂を借りて以来、エビルの声はひっきりなしにアヴァンに届いていた。

 最初のうちは煩くてかなわなかったが、一人でいるよりかは心強いと思えるまでに、今のアヴァンの心は安定している。


 家の中に引きこもっていた五十年間を取り戻すかのように、アヴァンは見るもの全て、聞くもの全てを吸収していった。

 自分の置かれている状況を理解していないわけではなかったが、今まで味わったことのない外の世界の新鮮さが、アヴァンの心を躍らせていた。


 森に入って二日後、アヴァンは魔女の家を見つけた。

 予想に反して、魔女の家は小奇麗そうな平屋建てだった。

 大きな木の横に建てられたその家は、森の雰囲気にそぐわない若葉色の屋根をしていて、丸い煙突からは美味しそうな匂いのする煙が立ち昇っていた。


『おいおい……。なんだよ、このミスマッチ……』


 エビルがうんざりしたような声を出す。


「んだ……。けど、魔女がいるみたいで良かったべ。とにかく行くべや」


 臆することなく、アヴァンは家の扉を叩いた。

 しかし、反応はない。

 もう一度、今度は強めに扉を叩く。

 しかし、やはり反応はない。

 ポリポリと頭を掻き、辺りを見渡そうと首を横に向けた時、目の前に顔が現れた。


『うがっ!? なんだっ!?』


 エビルが驚く。

 突然の出来事にアヴァンも驚き、一瞬呼吸が止まりそうになったが、何とか一歩足を下げるだけに留まった。

 目の前にある顔は、逆さまを向いている。

 よく見るとそれは、家から延びる外灯に、蝙蝠のように逆さまにぶら下がっている、血色の悪い女だ。

 額に奇妙な紋章を描き、カメレオンのように大きな眼をしたその女は、長くて縮れた青い髪をダランと垂らし、小刻みにプルプル震えている。


「あ……。おめぇさ、魔女だか?」


 アヴァンの言葉に、女はこれ以上開かないだろうと思われる大きな目をさらに大きく見開いて、しわがれた声を絞り出すように言った。


「もう……。限界……」


 その言葉通り、次の瞬間、女は外灯から手を放し、勢いよく地面に落ちた。


『おいおい……。大丈夫かよ……?』


 死んだトカゲのように仰向けになっている女を、アヴァンとエビルは見下ろす。

 女がおもむろに手を伸ばしてきたので、アヴァンは思わずその手をとる。

 すると、女はカエルのように瞬時に跳び起きて、アヴァンの目の前に直立した。

 決して若くはないが、年寄りでもないその女は、髪と同じ色のボロボロのドレスを身にまとい、穴の開いた革靴を履いていて、どこからどう見ても気味の悪い出で立ちだ。

 顔が引きつるアヴァンのことなどお構いなしに、女は七色の大きな瞳をぐりぐりと動かし、アヴァンの体を隅々まで観察している。

 その眼がアヴァンの左の鍵手を捉えると、女は一瞬驚いたような表情となり、すぐに不気味に笑った。


「……変わった手をしてるねぇ」


 ……嬉しいのだろうか?

 奇妙に肩を上下に震わせながら、くっくっくっと笑う女。


「あ~……。おめぇさ、その……。この森の魔女で間違いねぇべか?」


 アヴァンの言葉には何の返答もせず、女はくるりと背を向けて、家の扉を開き、中へと入っていく。

 扉を閉めないところをみると、アヴァンも中に入れということだろう。


『おい、アヴァン。気を抜くなよ。あの女、相当腕の立つ魔法使いだぜ。魔力がビンビン伝わってくらぁ。あんななりして、おっかねぇ……』


 エビルの忠告に、アヴァンは気を引き締める。


 家の中は更に薄暗く、所々に蝋燭の火があるものの、それがかえって薄気味悪さを増している。

 壁にはどこぞの民族のタペストリーが飾られていたり、頭部を半分失った動物の剥製がつられていたり、身の毛もよだつような悪魔の絵がかけられている。

 部屋のあちこちに置かれている棚には、様々な昆虫の死骸や、瓶詰の蛇、腐って干からびた得体の知れないものがゴロゴロと置かれていて、埃を被っている沢山の本の題名には必ず「呪い」という文字が刻まれている。

 外観からはとてもじゃないが想像のつかない内装に、アヴァンは唖然とする。


「お座りよ」


 部屋の真ん中にある、低くて埃まみれのテーブルを挟んで置かれているソファーに腰かけて、女は手招きしている。

 アヴァンは誘われるままに、女の向かいにあるソファーに腰かけた。


「お前さん、名は何てんだい?」


「あ……。アヴァン・ハーモニア……」


「年はいくつだい?」


「えっと……。六十三、今年で四になるが」


「魔族だね?」


「あぁ。赤獅子の魔獣の血を引く魔族だ」


「どこから来たんだい?」


「オーレイの村から来たべ。おいらの故郷だ」


 その言葉に、女の目がまた大きく見開いた。


「え? あなた、オーレイ村の出身なの!?」


 驚いた女の声は、先ほどまでのしわがれ声からは予想もできないような、少女のような澄んだ声だった。


「あ、あぁ……。おめぇさ西の魔女だべ? オーレイの村出身がと聞いて、会いに来たべ」


 アヴァンの説明に、女は満面の笑みになり、元気よくパッと立ち上がった。

 そして、右手で額にあった紋章を拭って消したかと思うと、小刻みに震え出し、見る見るうちに、先ほどまでとは全くの別人に変身した。

 光沢のある青い髪は美しくウェーブし、カメレオンの目のようだった瞳は大きさはそのままに愛らしく変化し、先ほどよりも何倍も若く見えるような肌つやと表情。

 身に着けていたボロ服は新品そのものに代わり、靴もピカピカに磨かれている。

 次に、女が左手でパチンと指を鳴らすと、一瞬のうちに部屋が様変わりした。

 暗く、薄気味悪かった部屋の中は全て、キラキラと輝くもので溢れ返り、どこぞの国のお姫様の寝室のように、可愛らしく清潔な明るい部屋へと変わったのだ。


「なんじゃこりゃ……」


『ほれ、見てみろ。魔力があるって言ったろ? あれが本当の姿さ、おっかねぇ……』


 驚愕するアヴァンと、全てがわかっていたかのような口ぶりのエビル。

 少女のようになった女は、改まった様子でソファーに座り直し、アヴァンににっこりと笑って見せた。


「初めまして。私はイザベラ・コンタッチェニート。あなたと同じ、オーレイ村出身の魔女よ!」


 先ほどまでとは全く様子の違う女は、イザベラと名乗った。


「あ、あぁ……。すげぇ魔法さ使うんだべな」


「お褒めの言葉ありがとう! で、アヴァンって言った? どうして私を訪ねてきたの?」


「あ……。その、どこから話せばいいべか……。村が襲われたんだべ」


「えぇ、知ってる」


「えっ!? そ、そうだべか……。みんな、魂を抜かれて石になっちまったんだべ」


「えぇ、それも知ってる」


「なっ!? じゃあ! おいらがここに来ることも知ってたべかっ!?」


「いいえ、それは知らなかったわ。だって……。あなた、魂が悪魔のものなんだもの。私が驚いたのなんのって……。てっきり、村を襲った張本人かと……。じゃないと、あんな醜い姿に変身しないわ」


 鼻で笑いながらそう言ったイザベラは、会話の最中ずっと右手を動かして、魔法の力で戸棚からお洒落なティーカップを二つ取り出し、ポットに入れたお茶を一瞬で沸かして、ガラステーブルの上に並べてみせた。


「見せて?」


「……何をだべ?」


「ハーツよ。あなたの心臓と心を結んでいる魂、ハーツ。それも、穢れた悪魔のね。胸にはめているでしょ?」


 イザベラはアヴァンの左胸を指さしている。


『けっ……。穢れた悪魔の、だとよ。失礼するぜっ!』


 エビルが悪態をつく。

 アヴァンは仕方なく、上半身の服を脱いで見せた。

 先日と変わらず、心臓のある場所には窪みがあり、その窪みに薄紅色のハート形のエビルの魂がぴったりとはまっている。

 ただ、心なしか、その周辺の皮膚のひび割れが、前より広がっているように感じられる。


「やっぱりね、穢れてる……。薄紅色のハーツに黒い荊の模様が入っているものは、それ即ち悪魔の魂……。アヴァン、あなた早く自分の魂を取り返さないと、死んじゃうわよ?」


「えっ!?」


 イザベラの言葉に、アヴァンは驚きを隠せない。

 しかしエビルは、当たり前の事を聞いたかのような気持ちになっている。


「……どういう、ことだべか?」


「あなた、本当に何も知らないのね」


 溜め息交じりにそう言ったイザベラは、仕方がないといった風に微笑した。


 イザベラの言うことには、魂の譲渡は、許されざる闇の魔術の一つだということだ。

 心臓と心と魂の三つの要素は、生きとし生けるものにとって必要不可欠なもの。

 その三つは、個々に与えられた唯一無二のものであり、本来は譲渡などできるものではないのだが……、不老不死に憧れた欲深な古代の先人たちは、それらの譲渡を可能とする魔術を生み出した。

 生きながらえるための心臓の譲渡、老いた体を捨てて若い体へと移り住む心の譲渡。

 そして、魂を失った者を生きながらえさせるための魂の譲渡。

 エビルがアヴァンに持ち掛けたのはまさしく、その闇の魔術そのものだったのだ。

 闇の魔術には命の危険が伴う。

 あるべき場所を離れ、正しい居場所ではない所へと移し替えるには、その三つはあまりにも重く、拒否反応が出れば最後、死に至るという。

 闇の魔術とは、安易に行使すれば命を落としかねない恐ろしいものなのだ。


 しかし、アヴァンとエビルは違った。


「アヴァン、あなたは、あなたの中にいる悪魔の声が聞こえるのかしら?」


「んだ。魂を抜きとられた後から聞こえるようになったべや。それがどうかしたべか?」


 イザベラの表情が一瞬だけ曇ったように、アヴァンには見えた。


「アヴァン……。残念だけど……。悪魔の魂を受け入れることができたあなたは、このままだと……。あなた自身、いずれ本物の悪魔になってしまう」


 イザベラの言葉に、アヴァンは驚く。

 エビルは、余計なことを喋るなと言わんばかりに、アヴァンの中で悪態をついている。


 一括りに魔族といっても、その種類は様々だ。

 そして、その種類、種族とは別に、悪魔というものは存在する。

 悪魔とは、魔族の中でも悪い行いをした者を指す言葉である。

 人間の中に悪人と善人がいるように、魔族の中にも悪い行いをする悪魔と、正しい行いをする俗に聖魔せいまと呼ばれる者たちが存在するのだ。

 アヴァンはこれまで、自分が聖魔だとは思っていなかったが、まさか悪魔になってしまうなどとは微塵も思っていなかった。


「ど、どういうことだべ? エビルの……。この、左の鍵手のせいでか?」


 アヴァンの言葉にイザベラは頷く。


「エビル、というのね、あなたに憑りついている悪魔は……。五十年前、エビルに憑りつかれたあなたの体は、知らず知らずの内に、エビルが住みやすいように少しずつ変わっていった。つまり、あなたの体、心臓は、既に悪魔のものへと変化してしまっているの。その証拠に、本来なら死に至るような、不可能なはずの闇の魔術を行使した結果、悪魔であるエビルの魂の譲渡ができてしまっている。それはつまり、あなたの心臓が、悪魔の魂を受け入れることが可能な、悪魔のそれと近しいものであるということなの」


 イザベラの説明はややこしくて、アヴァンは首を傾げている。


「心臓が悪魔化し、さらには魂が本物の悪魔のものである以上、いずれあなたの心は悪に染まってしまう。今、あなたの持つ三つの要素の中で、唯一悪魔のものでないのは心だけ。それさえも悪魔化してしまえば、あなたはあなたじゃいられなくなる……。優しい心を無くし、邪な考えばかりが思い浮かぶようになる。そうなってしまえば最後……。あなたの中にある良心は死に、胸にあるそのひび割れが体全体に広がって、あなたの体を破壊するでしょうよ。そして、完全なる、おぞましい悪魔の姿へと変貌してしまう……。だから一刻も早く、自分の魂を取り返して、悪魔の魂を手放すことね」


 イザベラの厳しい表情に、事が深刻だということはアヴァンにも理解できた。

 エビルの魂が入っている自分の胸にできたひび割れを優しく撫でながら、アヴァンは眉間に皺を寄せて考え込む。

 あまりにも沢山の事を一度に聞いたせいか、アヴァンの頭の中はぐるぐると渦を巻いていて、考えがまとまらないようだ。

 そんなアヴァンの様子を察してか、イザベラはふ~っと大きく息を吐いて、アヴァンの膝をポンポンと優しく叩いた。


「大丈夫よ。まだ時間はあるわ。私の予想では、あと百年ほどはそのままでも平気ね。その間、胸のひび割れは進行していくでしょうけど、エビルに意識を奪われたりはしないだろうし、何かの拍子に体が動かなくなるなんてことも恐らくないわ。ただ、あまり激しく動くと、どこかが剥がれ落ちてしまうかも知れないけれどね」


 にっこりと笑うイザベラに対し、アヴァンは一種の恐怖を感じた。

 一通り話し終え、緊張を解いたかのように姿勢を崩し、お茶の入ったティーカップを口へと運んだイザベラの視線は、アヴァンの左の鍵手へと向かう。


「あなた、その左手が何か、わかっているのかしら?」


 イザベラの問い掛けに、アヴァンは自分の左手を見つめる。

 金色に輝くそれは、歪な鍵の形をしており、その真ん中には小さな青い焔が灯っている。

 以前はなかったその焔は、体の石化を解くためにエビルの魂を受け入れたあの時から、消えることなくそこにある。

 まるでそれがエビルの命の炎であるかのように、アヴァンは感じていた。

 だが、未だにこの左の鍵手が何なのかを、アヴァンは知らない。


「知らないようね。まぁ、無理もないわ。長年生きてきた私だって、本物を見たのは初めてなのだから……。それはね、アヴァン、亜空間の扉の鍵よ」


 イザベラの言葉に、アヴァンはまた首を傾げるが、エビルは明らかに動揺している。


「亜空間っていうのは、この世界には存在しないはずの空間のこと。別世界や異世界とまではいかないけれど、常人なら知りえない、あるはずのない空間のことを言うの。そして、あなたの左手にあるその鍵は、その亜空間の扉を開くための鍵。それも、鍵にしては大きめのね。その扉の中にあるものが何なのか、アヴァン、あなたにはわかるかしら?」


 アヴァンは何の話をしているのかすら理解できず、首を横に振る。


『お、おい、アヴァン……。それは……。し、知らなくてもいいこと、だぜ?』


 アヴァンの中で、エビルは妙に焦り始める。


「今、エビルは怯えているかしら? それとも、焦っているかしら?」


 何かを試しているかのような表情のイザベラに、アヴァンは頷く。


「やっぱりね……。幼いあなたに、闇の聖霊は呪いをかけ、望んでもいない悪魔と亜空間の扉の鍵を与えた。けれど、今の状況だと、それはとてもラッキーな事だったわね。エビルがいてくれたお蔭でこうして石化を解き、自由に動けるのだから。それに、魂を取り戻すことが出来れば、もう呪いが解けたも同然よ。あなたは悪魔からも、その左の鍵手からも解放されて、晴れて自由の身になれるわ」


 にっこりと笑うイザベラに、アヴァンは驚きの表情を向ける。

 オーレイの村の誰もが解くことのできなかった呪いを、五十年間引きこもり続ける原因となったこの左の鍵手を、イザベラはラッキーだと言った。

 そして、魂を取り戻せれば、呪いを解くことができると……。


「エビルは恐らく、もとは青い焔の魔族で、何かが原因で悪魔化してしまった者ね。どれくらいの力を持つ悪魔なのかはわからない。けれど、闇の聖霊が持て余すほどの力を持った、強大な悪魔であることは確かね。その証拠に、あなたの左手にそうやって、亜空間の扉の鍵は存在している」


 イザベラの言葉に、アヴァンの中でエビルが暴れ出す。


『やめろ。やめろ。それ以上話すなっ! やめろっ!』


 エビルの声が煩くて、アヴァンは話に集中できない。


「ある時、闇の聖霊は強大な悪魔を捕えることに成功した。けれど、悪魔を制御することができず、その肉体から心と魂を切り離した。少し前のあなたと同じように、魂を無くしたエビルの肉体は石化してしまっているはず。そうすれば、悪さができないどころか、体を動かすことすらできないからね。今、あなたの中にいるエビルは、肉体から切り離されて、心臓を失った心と魂の二つの要素を持つ意識体なの。そして恐らく、その左手の鍵で開くことのできる亜空間の扉の先には、あなたに憑りついている悪魔、エビルの本体とも言うべき肉体が隠されている……」


 にやにやと笑いながら、話を続けイザベラ。


『やめろぉっ! やめてくれぇっ!』


 悲壮な声を上げ続けるエビル。


「ここからが重要よ。闇の聖霊すらも手に負えなかった悪魔の魂を許容できたあなたは、悪魔よりも強い心を持っている。だから、体を支配されることなく、魂の譲渡に成功したの。今のあなたの状態は、闇の聖霊に呪われて悪魔を植え付けられた、ではなくて、その身に悪魔を飼っている、捕えている、という風に捉えることができる。それに加えて、左手に亜空間の扉の鍵を持つあなたは、亜空間の中にあるエビルの肉体を人質として握っていることにもなる。もうわかるかしら? 今のあなたは、悪魔エビルの全てを支配することが可能な立場なのよ。この先、エビルが何か悪いことをしようものなら、亜空間の扉を開いて、石化してしまった体を壊すと脅せばいいの。エビルの魂と心は、自力ではあなたの体からは離れられないし、戻るべき肉体を失えば、あなたが自分の魂を取り戻せした瞬間に、エビルはもうこの世にはいられなくなるからね。更に言えば、この百年の間に自分の魂を取り戻して、エビルの魂が不要になった時、亜空間の扉を開いて中にあるエビルの石化した肉体を壊してしまえば、あなたの呪いは解けるわ。さっき言った、心臓、心、魂の三要素は、生きていく上で、その中のどれかが消滅してしまえば、それは即ち死を意味する。肉体を失ったエビルは、この世に存在する術を失って、その魂は輪廻の輪へと戻ることになる。もしかしたら、心はどこかへ置き去りになるかも知れないけれど……。それはあなたには関係のない話ね。そうして最後には、不要になった亜空間の鍵は消滅し、左手はもとのあなたの手に戻り、闇の聖霊がかけた呪いは完全に解けるってわけ。あなたは世界一のラッキーボーイよ、アヴァン」


 ニヤリと笑うイザベラ。

 複雑な表情のままのアヴァン。

 そしてエビルは……。


『ぐわぁぁっ!? 余計なことを言うなぁぁぁっ!!』


 アヴァンの中で、ただただ絶叫していた。

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