第12章 祈り:知らないほうが幸せか ②
館内は、今朝までとは打って変わってひっそりとしていた。階下の客間に来るまで、キノは誰の姿も見かけていない。そっと引いた扉の向こうにも人影はなく、正面の窓からの弱い明りだけが、静かにキノを出迎える。
無人のテーブルをしばし見つめ、キノは続き部屋のドアへと向かう。
希由香の眠るこの部屋に、浩司がいる。それは
二人のいるこの空間を、
室内は薄暗かった。暮れる陽の最後の明りの中、ベッドを背に床に腰を下ろしていた浩司が、キノを見て立ち上がる。
「少しは休めたか?」
そう言って微笑む浩司に、思いつめた様子はない。その
「うん…」
キノはベッドのそばで足を止め、浩司の
「ここで話すつもりで待ってたの?」
昨日と変わらぬ穏やかな寝顔を見つめたまま、キノが
「いや、上の客室で話した方がいいだろう。その前に…おまえに忘れずにいて欲しいことを、もう一度言っておきたかった」
キノが振り向く前に、浩司が続ける。
「希由香だ。もう昨日会ったか?」
「うん…もうすぐ浩司が来るからって伝えたの。ほかのことも…」
キノの真直ぐな
「時間を止められて、まばたきも息もしない。だが…人形じゃない。おまえが夢で見た記憶の持ち主だ」
「ちゃんとわかってるよ…私は希由香じゃない。だから、こんなに不安なの。自分のことなら、何を選んでもその後悔も自分のものだけど、私のことじゃない。人の運命を変える強さはないのに…浩司の祈りを聞けば、それが彼女の望まないものかどうかわかるから…怖いの」
キノは、浩司の視線が希由香から自分へと移るのを待つ。
「私は希由香じゃないけど…彼女の望まないことは、きっと私も望まない」
「…キノ。今ここで約束してくれ」
浩司がキノを見る。
「俺の祈りが何だったとしても、護りをラシャに持ち帰り、シキに発動させると」
「私が…どうしても嫌だと思っても?」
「そうだ。おまえにはわかってもらえると思ってるがな」
「希由香には納得出来ないことだから…彼女の前で話したくないんでしょ?」
見つめ合う二人を、沈黙が包む。浩司の
「浩司…私に理解出来るって思うのは、どうして?」
「…希由香が悲しむとわかってることを、俺もおまえも選べない。あいつ自身が望むと知っててもな…違うか?」
浩司の静かな
たとえ、浩司をもう一度、
キノがうなずいた。
「わかった…約束する」
二階に上がった浩司とキノが客室の前まで来ると、隣の部屋のドアが開いた。
「涼…」
自分と浩司よりも
「希音。浩司の話…俺も一緒に聞いていいか?」
不自然にさり気なさを
「うん、私はかまわないけど…」
キノは浩司を見る。開けたドアを支え、浩司がうなずいた。涼醒に向けるその
「入れ」
部屋に入ったキノがベッドに腰掛けると、涼醒も少し離れたところに腰を下ろした。灯りを点けてドアを閉めた浩司が、机の前の椅子を二人の方に向けて座る。
「おまえたちには本当に感謝してる。あらためて礼を言う…ありがとう。キノだからこそ、護りを見つけられた。そして、涼醒でなけりゃ、キノを守りきれなかっただろう」
涼醒が力なく首を振る。
「俺は、希音のそばを離れた…あの後、あんたが間に合ってくれたから無事だったんだろ? もし…」
「おまえがそう決断してなけりゃ、二人とも
キノは涼醒を見つめる。
「ひとりで逃げてる時も、涼醒はずっと守ってくれてたよ。だから、私は
涼醒から浩司へと視線を戻すキノの
「浩司の望みを叶えたかったから」
私は…それが何かを知っても叶えたいと思う? 何を聞いても後悔しない? 自分がもっと意気地なしで、涼醒も頼りなくて、
キノの心が自問自答する。
真実を知りたいと思ってる。なのに、知らない方が幸せなこともあって、今聞こうとしてるのはそれだと…
「俺がラシャの使いとしてイエルに降りたのは、前にも言ったように、ラシャの者におまえをまかせたくなかったからだが…それだけじゃない」
浩司が静かに話し始める。
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