第10章 夜明け前の攻防:チェイス①
「こんなに朝早くからお
9階から下降する四角い箱の中、キノはホテルのサービスマンに頭を下げた。二人を乗せたエレベーターが、チャイムの音とともに一階に到着する。
「いいえ。お客様にお
サービスマンは吸い込まれた扉を背にしてキノを先に
彼が10分前にキノの客室に
リシールに部屋のドアを開けられてしまう前に、キノはフロントにコールした。
「緊急な用事で今すぐチェックアウトしたいので、ホテルの入口にタクシーを呼んで置いてほしいんです。それから…」
「電話しながら身支度をしていたら、コードを引っかけて…電話機とライトを落としてしまっただけなんです。ちょっと気が動転していたので…」
何事かと取り急ぎやって来たサービスマンは、申し訳なさそうに事情を話すキノに
奏湖に
ホテルの外にも追っ手はいるだろう。けれども、このままタクシーまで
「いろいろとありがとうございます。助かりました」
キノは再び頭を軽く下げ、笑顔でエレベーターを降りた。
ロビーの前にもエントランスホールにも、制服姿の従業員しかいない。
ホテル内にいるリシールたちが何気なく現れるのを警戒しながら、キノはフロントにキーを返す。
「タクシーはご用意出来ております」
「ありがとうございます。今日はせわしなく出ることになってしまったけど、今度来る時は、ゆっくり朝食をいただきます」
「ありがとうございます。またのご利用をお待ち致しております」
3時間前と同じクラークが、同じ笑みでお
ドアマンの見守る中、キノの乗り込んだタクシーのドアが閉まる。
「どこに行きます?」
運転手の明るい声が車内に響く。
「お客さん?」
即答しないキノを振り返る顔には、
「えっと、とりあえず…駅前の大通りに出てくれる?」
まだ暗い早朝の街の風景がゆっくりと動き出すのを見て、キノはようやく深い息をついた。
この後どうするか、今最優先させるべきは何なのか。
キノは涼醒の言葉を思い出す。
『どうなるかは、まだ決まっちゃいない。最後まで、
後ろを振り向いたキノの目が、ホテルの駐車場と、一本奥の路地から出て来る2台の車を
「運転手さんなら、この街の道に詳しいはずだし、運転にも自信があるよね?」
「そりゃ仕事だからね。悪者に追われてでもいるのかい?」
バッグミラーの中でキノと目を合わせ、運転手が笑った。
駅の裏手にあるビジネスホテルに向かって、タクシーが加速する。後ろを走る車との距離が開いていく。ついて来る車は、1台だけになっていた。
「さっきと同じように、入口の手前で停まって、後ろの車がギリギリまで追いついたら、ゆっくり走り出して」
昨夜入ったビジネスホテルの前でタクシーを止めさせてからここまでずっと、キノは後部座席に身を
キノは運転席のシートに腕を突っ張り、急ブレーキからの反動に
「お客さん、もう頭を上げて平気だよ。追って来る車はいなくなっちまった。結構引っかかるもんだね」
運転手がそう言うと、キノは上体を起こして後ろを向いた。バッグウィンドウの向こうに、通りを照らす街灯以外の明りはない。
「5秒停まれば、人が降りるのには充分だもん。追いつくまでにもう5秒もあれば、ホテルに入ったのか
キノは、首を回して
「降りたかもしれないって疑問を残したままじゃ追えない。そういう人たちで助かった。2組だけだったのも」
「後ろにいる車を
「ありがとう。見えないように停めてくれたんでしょ? 暗いうちで助かったし」
タクシーは駅前の大通りへと戻った。
始発電車の発車を告げるベルの音が、時をつくる
「ありがとう。理由も聞かないで、言う通りに走ってくれて…」
「人の事情はいろいろだ。逃げる方にも追う方にも言い分はあるだろうけど、悪いことをするんじゃないかぎりは、乗せたお客さんの側に立つのが
タクシーは、駅のロータリーに停車していた。すぐ前には客待ちのタクシーが数台いる。
「じゃあ、気をつけて行くといい」
「運転手さんも」
気さくな運転手の笑顔に別れを告げ、キノはタクシーを降りた。そして、素早く前のタクシーの窓をノックする。
開いたドアの中に滑り込んだキノは、行き先を
「N橋のところまで」
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