第5章 悲しみ、涙、そして、願い:愛と悲しみのファクター③
キノはカフェテリアのカウンターに
昨夜見た記憶が、キノの頭から離れない。浩司と別れてからの希由香。
愛する者が去った後の思いの
しばらく普通にしていられたのは、その頃はもう月に一、二度くらいしか浩司に会えなくなってたし、電話が繋がらないのもタイミングが悪いだけだと、思えば思い込めたから。でも…そんな逃避は長く続かないってわかってる。少しずつ確実に、現実を直視させられる。本当は、あのメールを読んだ瞬間から理解してた。ただ…認めたくなかっただけ…。事実は変わらないのも、ちゃんと知ってる。唯一の心の支えを失った希由香は…。
キノは店内を見まわした。退社直後のOLや学生達が多い。
心の支えって、みんなあるのかな…。私にとって、それは何だろう? 叶えたい願い、実現したい夢、大切なものを守りたいと思う気持ち、自分の存在の意味…。ほんの小さなことでもいい、自分が誰かに、何かにとって必要だと感じられること、それが生きる
キノは目を閉じる。
たかが失恋で、自分が、その後の人生が、大きく変わってしまう人もいる。当の本人にとっては『たかが』じゃない。それはわかってる。でも、心を
「どうしたの?
美紅の声で、キノは我に返る。
「ちょっと思い出してたの」
「男のこと?」
「…彼氏なんかいないもん」
キノの隣に座り、美紅が笑う。
「涼醒君は? おとといのデートはどうだったの?」
「涼醒とはそんなんじゃないよ。それに、もっと遠い過去のこと。3年近く前の」
「デパートに入った年か。いろいろあったけど、楽しかったな。そういえば、あの冬、キノが突然倒れて大変だったよね」
美紅が記憶を思い起こしながら言う。
「閉店後、お互い残業中で、私も夜間病院に一緒に行ったっけ。何ともなくてほっとしたけど、顔面蒼白で歩くのもやっとのキノを見た時は
一瞬、まるで雷に打たれたかのように、キノの
「美紅…あれ…1月だった?」
「そう。確か14日。うちの店、15日が正月セール後の
キノは何とか平常心を
1月14日に、私は原因不明で倒れた。希由香が護りを発動したのは、ヴァイでの15日。これは…偶然なんかじゃない。
終業時刻になると、キノは
息を切らして帰って来たキノを、浩司が出迎える。
「どうした? 何かあったのか?」
「手帳…探さなきゃ」
キノは寝室のクローゼットを開け、いくつかのケースを引っぱり出す。目的の物はすぐに見つかった。
「希由香の発動は、15日の朝?」
「6時14分だ」
キノの様子を察しよけいな質問をせず、浩司が答える。
手帳を
「浩司、私…希由香が護りを発動したのと同じ時、職場で倒れたの」
浩司の
「14日の夜9時過ぎ、急に立っていられなくなって、何か、頭の芯がなくなったみたいなすごい衝撃で…。病院で調べてもらったけど、どこにも異常なしだった。希由香の発動と、関係ある?」
浩司はすぐには答えず、キノの腕を取って立たせ、椅子に落ち着かせる。その正面に座り、口を開く。
「今まで確信はなかったが、護りを発動させたのは…おまえの力だ」
「え?」
「発動は
「そんなことが…」
「おまえに護りの
「…私の力って…何? ただの、普通の人間なのに、どうして私が、意識もせずにそんなこと出来るっていうの?」
キノの視線がうろたえるように泳ぎ、手に持ったままの手帳に
キノは無言のまま、開いた手帳を浩司の前に押しやった。
「読んでいいのか?」
幾秒も経たぬうちに浩司の目は
「やっぱり、浩司に
「おまえがどうやって…これは、希由香が発動の前日に、俺の部屋のドアに残して行った手紙の内容と…全く同じだ」
「きっと私も、希由香と同じ時間に書いたんだよ。その記憶はないけど…。13日の夜だったから、ヴァイでは14日の朝でしょ? 発動の時倒れたのと同じ、ちょうど9時間ずれてる」
浩司の
「きっと、希由香の強い思いが私に届いた。だから、次の日、私の…もし本当にあるとしたらその力が、希由香に送られたのかもしれない。だって…何にか、誰のためにかはわからなかったけど、私も祈ったよ…希由香と同じこと」
キノは2002年1月13日のページを開き、指さした。
「手紙の最後も同じ内容だったでしょ? 希由香の、あなたを思う願い。だから…そう祈ったの」
「…護りに…か?」
浩司が
「この『あなた』は…浩司だよ」
浩司は手の平で目を覆い、静かに肩を震わせる。キノの目からこぼれる涙のしずくが、2年8ヶ月前に乾いたインクに染み込んでいく。
祈りの言葉が、まるで息を吹き込まれたかのように、鮮やかに光った。
『幸運が、いつもあなたのそばにありますように
あなたを闇から救える人が、いつか必ず現れますように』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます