第5章 悲しみ、涙、そして、願い:愛と悲しみのファクター②
キノの脳が、何かにとどめの一撃で噛み付かれるような、重い
椅子から落ちそうになるキノを、浩司の腕が支える。
「大丈夫か?」
開いたキノの目が、浩司を見上げる。
「本当にあのメールを打ったの? 浩司が、希由香に?」
「そうだ。それ以来、あいつからの電話には一切出なかった。メールも全て、読まずに消した」
キノは初めて、憎しみを込めた視線を浩司にぶつけた。
「希由香を…徹底的に傷つけようと思った。二度と、俺に会いたいとは思わないくらいにな」
キノは黙ったままだった。
「泣かせるのは、これで最後にしたかった。あいつの人生に、俺は不要なんだ」
「…泣いてなかったよ、まだ」
ぼんやりとした視線を宙に投げ、キノがつぶやく。
「私、膝を
浩司の目元が険しくなる。
「希由香が別れを実感するのに、どれだけの時間がかかると思う? しかも、じかに聞いたわけじゃない。
「…何度も言おうとしたが、結局…言えなかった」
「目の前で泣かれるのは、もううんざりだったから?」
浩司は何も言わない。
「希由香に逆上されたら困るから?」
「そうじゃない…」
キノの
「会って言うべきだった。去って行くなら、せめて、その
浩司はキノから目を逸らし、頭を振った。
「本当は手放したくなかった? そばにいて欲しかった? 希由香にひどい言葉を投げつけるたび、あなたも傷ついてたんでしょう?」
「違うとしか言えないのを…知ってて俺に聞くのか」
浩司の声が、
「ごめんなさい…」
キノは自分の放った言葉を後悔した。
「でも、こんなの納得いかない。希由香も、浩司も、何のために悲しむの? 何で苦しまなきゃならないの?」
深い、海峡に落ちて行くような沈黙が流れる。静かで暗い場所。成す術のないことを、知る者の
「二人の幸せを願っちゃ、いけないの?」
誰に向けられたものでもないつぶやきが、キノの口から漏れる。
「私に出来ることは…ないの?」
「護りを、見つけてくれ」
浩司は抱えていた頭を上げる。その声はもう震えておらず、目に涙の
「俺と別れた後の希由香が何を思い、どうして俺の住んでいた街に行ったのか、そして、何を祈ったのか。俺自身も、知らなけりゃならないことだ」
「辛いでしょう?」
「…あいつほどじゃない」
その言葉に、キノの胸が詰まる。
「浩司も、泣きたい時は…泣いていいんだよ」
「俺に泣く資格はないからな」
キノを見て微笑みを作る浩司は、流すはずの全ての涙で、自らの心を覆う
キノはかつてないほどの無力感に
「それに、感傷に浸ってる暇はない。ここから先は、更に集中力が要る。俺のいない、希由香だけの記憶だからな」
「あと半年…」
その間に、希由香は何を
「ねえ…どうして、出会った頃のことから思い出させたの? 発動の時の記憶だけならすぐなのに」
浩司は許しを
「汐のしたことは、希由香の心を
「希由香の心を壊す危険は
「それが、おまえに、あいつの苦しみを
二人の視線は、絡んだまま動かない。キノが微笑んだ。
「知ってよかったよ」
希由香の思いも、浩司の悲しみも…。
浩司が目を閉じる。キノは時計を見た。0時14分。
「まだ、続けられる? あと3日…護りは、私が必ず見つけるから」
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