第4章 闇の瞳を持つ男:闇の正体③

「ラシャはもうひとつの世界、イエルに希由香と同じ魂を持つ者の存在を突き止め、その者から護りの場所を聞き出すつもりでいるとせきから聞いた。あいつからが、無理だった場合に備えてな」


「それが…私なのね」


「そうだ」


 キノの視線が、浩司のそれに絡む。


「俺が一族と一切のかかわりを持たずにいた理由を知ったせきは、一刻も早くラシャに行き、継承者として覚醒するように言った。一族にとって必要なことだと。俺にはリシールの思想も信念も、ましてや継承者の使命なんかない。だが、俺はラシャに行く必要があった。せきと同様の力を得る必要もな。俺自身の意思でだ」


「どうして?」


「リシールとラシャから、守るためだ。希由香と…おまえをな」


 キノは開きかけた口を閉じる。


「ラシャに行き、継承者として覚醒する。そして、俺を、希由香と同じ魂を持つ者に接触するその使いにさせる。そうすれば、これ以上希由香を危険にさらすこともなく、おまえをあいつの二の舞にしなくてすむ」


 キノが再び口を開く。


「どうして? 希由香が護りを発動したのは彼女の意思でだよ。たとえ、知らずにだとしても。希由香は自分の運命の責任を、浩司に取らせる気なんかない。負担になりたくなんかない…私もよ」

 

 キノは鋭い目で、浩司のひとみを射る。


「護りを見つけるのは、私の使命だって、そう言ったじゃない」


「その通りだ。だが、俺にもあるんだ。使命も、背負うべき十字架も、望みも。俺自身のためのな」


 浩司のの闇は、その暗さに共存する光を内包している。黒い、闇自身の放つ光。このはこの先、これ以上、何を見なければならない運命なのだろう。

 キノの心が、引き絞られるように痛んだ。


せきさんは…納得したの?」


 浩司が鼻で笑った。


「するしかないだろう。継承者の力を一番必要としてるのは、奴らだからな。せきには、希由香に何の手出しもするなと言ってある。もしあいつに何かあったら、俺の力がおまえたちのためになることはない。その逆だと」


「ラシャは?」


「…話し合いは長くかかったが、最後には了承した。お互い、相手の出す条件全てを飲んでな」


「条件?」


「合意するためには不可欠だろう。いろいろあるが…俺も向こうも、最優先するものは譲らずにすんだ」


「…浩司は何を手に入れて、何を…犠牲ぎせいとして払うの?」


「ほとんどは、護りが無事ラシャに戻ってからの話だ。おまえは知らなくていい」


「嫌よ!」


 キノがいきなり立ち上がった。倒れた椅子の床にぶつかる音が、深い夜に響く。


「キノ…」


「私は、自分が護りを見つけたらどうなるか知らずに探すのは…嫌よ」


 浩司は、キノの強いひとみを見つめる。


「世界を救うには、護りの力がどうしても必要だと言っただろう」


「だから何? 私は…私はこれ以上浩司に辛い思いをさせてまで、世界を救う気なんかない」


 浩司は溜息ためいきをつきながら腰を上げ、キノに近づいて行く。


「私を眠らせる?」


 その言葉に、浩司が足を止める。キノの涙はあふれる寸前だった。


「希由香には…世界よりも大切なものがあるの。希由香が守りたかったのは…浩司なんだよ。あなたを…闇から救いたかったのに…!」


 力の限り、キノは浩司を抱き締める。かつて浩司が希由香にそうしたように。言葉に出せない切ない思いを、強く、優しく包み込むように。


「おまえに、希由香の記憶があるのはわかってる。これから更に思い出さなけりゃならないのもな。だが、おまえは希由香じゃない。それを忘れるな。俺に…忘れさせるな」


 浩司はそっとキノの腕をほどく。


「これだけは信じろ。俺は、希由香を愛することは出来ないが、もう二度と、悲しませることもしない」


「…本当に?」


「ああ。護りが見つかれば、俺は何も失わない。得るものがあるだけだ」


「それなら、今は聞かない。でも、お願い。私に護りの場所がわかったら、手にする前に教えて。浩司が自分のために守りを見つけたいその理由…約束して」


 浩司は一瞬躊躇ちゅうちょし、うなずいた。


「わかった」


「嘘もなしよ」


「約束しなけりゃ、おまえは引き下がらないだろうからな」


 そう言った途端とたん、浩司の身体が揺れた。キノがそれを支える。


「どうしたの? どこか…?」


「ただ、少し…疲れてるだけだ。休めば治る」


「今日はもう寝た方がいいよ。ちゃんとベッドでゆっくり眠って。そうだ! コウの時はラシャの者だから大丈夫だって思ってたけど、浩司は生身の人間じゃない。今まで、随分ずいぶん無理してたんでしょ?」


「心配性なのは、あいつと一緒だな」


 浩司が微笑む。


「とにかく横になって」


 キノは、浩司を寝室へと連れて行く。心身ともに消耗しきっている浩司は、言われるままに身体からだを横たえた。


「朝までぐっすり眠って」


「おまえは…?」


「一緒に寝るよ。浩司が眠ったらね」


 上体を起こそうとする浩司を制し、キノは浩司を見おろした。


「安心して。私も、襲ったりなんてしないから」


「自分の身の安全は? 俺はどんなに弱っても、その気になれば女を抱ける」


 浩司の言葉に、キノは意味ありげな笑みを浮かべる。


「私もって言ったでしょう? 浩司が私に手を出すことはないもん。何故かは、自分でよくわかってるはずよ」


 浩司が苦笑する。


「頭の切れ過ぎる女は、男には厄介やっかいだな」


「納得したら、眠って」


 浩司が目を閉じるのを待って、キノは部屋の灯りを落とす。


「キノ…すまないな」


「おやすみなさい…いい夢を」


 浩司のつかの安息を願いながら、キノは静かにドアを閉めた。

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