第112話 長男さんがエメロ城に来た!?
まだパン屋しか目覚めていないであろう城下町を、堂々と通り抜けて、ガビィの兄一派がエメロ城の玄関前に到着した頃には、リアン王子もガビィも、エメロ国に赴任していた竜の巣の部下たちも、ついでに執事ジョージも、起こされていた。
「姫様、大変でございます!」
花畑が彫刻された扉を叩き、ジョージはヒメに、ネイルの来訪を告げた。
「長男さんが来たの!?」
ネグリジェのまま部屋から飛び出してきたヒメ。その隣の部屋の扉が開いて、洗顔も着替えも終えているガビィが出てきた。
「え!? な、なんでガビィさんが隣の部屋から」
「ん……? 聞いてなかったのか。姫のとなりは空き部屋だった」
「そうじゃなくて!」
「ん……? ああ、そっちか。昨日のうちに、この部屋に移動した。恨むならジョージを恨むんだな」
「ジョージさんの仕業なの!?」
ヒメが執事に振り向くと、無表情でブイサインしていた。
「ガブリエル様ときたら、せっかくお隣になったというのに、半日お出かけなさった挙句に、残りの半日を部屋でおこもりになるのですから。特におもしろくもありませんでした」
「なにを感想述べてるのさ! もう、本当にこういうことするのやめてよね!」
ただでさえガビィ呼びで恥ずかしいのに、隣室とは。
「ガブリエル様、姫様が貴方様を生理的に受け付けないから今すぐ部屋を変えて永遠に遠ざかれとおっしゃっているのですが、またお荷物をまとめて、別室へ移動されますか?」
「私そんなひどいこと言ってないでしょ!? 相談もせずにこういうことするの、やめてって言ってるの!」
「俺は忙しい。部屋の引っ越しは、姫の誕生日が過ぎてからだ」
「ガビィさん! じゃなかったガビィ、私引っ越してほしいなんて言ってないからね!」
「わかったわかった。兄さんが待っているから、着替えを急いでくれ」
ヒメはマデリンに発見されて、自室に引っ張り戻された。今日も動きにくいドレスなんだろうなーと、慣れてしまったヒメは、母マリアの黄色いイブニングドレスが再登場して少し驚いた。
「これが貴女の
「はい。ありがとうマデリン。朝弱いのに」
「あら、別に朝寝坊が好きなわけではありませんのよ? 朝も起きていますから、用事があるなら、声ぐらいかけてくださって結構ですわ」
相変わらず声音は無愛想だが、なんとも頼もしい言葉。ヒメも彼女くらい皆の役に立ってしまえる女性に、なりたいと思った。
大慌てでお針子たちが部屋に入ってきた頃には、ヒメの着付けはおおかた終わっていた。
お針子三姉妹は、それはそれで、はしゃぎだした。話題はもちろん、正体不明の早朝の来訪者。どんなお人なのかと質問責めにされて、ヒメは小首を傾げてごまかすしかできなかった。
(うーん、どんなお人かと訊かれても、今回のことで、長男さんのことがよくわからなくなってきたよ……)
なぜ突然エメロ国に来訪したのだろうか。その答えを得に、ヒメはドレスをまとって客間へと赴いたのだった。
「あれ? ガビィさ、じゃなかったガビィ、客間に入らないの?」
何度もガビィ呼びの訂正を繰り返してしまう自分に、恥ずかしくなるヒメだったが、廊下でボーッと絵画を眺めるガビィには、聞こえていないようだった。
「ガビィさん?」
どんな絵を観ているのかと、ヒメも見上げてみると、満開の薔薇園を世話する老夫婦が、睦まじく談笑する一場面だった。おじいさんが小話でも聞かせたのか、おばあさんが顔をしわくちゃにして笑っている。
(夫婦の絵……? へえ、こういうの興味なさそうだと思ってたから、意外だな)
ガビィが今頃ヒメに気付いて、「おお」と低めに声をあげた。
「……今、リアン王子が兄さんと話している。俺たちが入るのは、それが済んでからだ」
「はい」
客間の大扉の前には、ジョージが立ってそわそわしていた。
ヒメの付き添いでマデリンもこの場にいるのだが、なにやら客間のほうを凝視していて、顔が強張っている。
ヒメは小声で、ガビィに話しかけた。
「ガビィは今回の絵画の件に、長男さんを選んだの?」
「いや……。専門家を寄越してほしい、とは手紙に書いたが、まさか兄さん自ら赴くとは」
「忙しいのに、よく来てくれたよね」
「……」
なんだかガビィの反応が鈍い。こんなに露骨に元気がない彼を見るのは、初めてだった。
竜の巣で会うネイル王子も、いつも憂いのある表情で何か考えている。どうしても悩みが増えてゆく立場だから、仕方がないのかもしれないが、ヒメはこういうのを無視できる性格ではなかった。
「私、やっぱりガビィさんのこと、呼び捨てできないや。あなたは私の隊長で、先輩だもの」
「……部下にした覚えはないぞ」
「え? そうだっけ? でももう、半分くらいあなたの指示に従ってここまで来たから、気分的には、部下のつもりだよ」
エヘヘ、と場を和ませようとするヒメの格好と立ち振る舞いが、竜の巣の姫ではなく、エメロ国のマリーベル姫になっていて、ガビィはまたも「……」だった。
「あのー……さっき、ジョージさんが言ってたことが、気になるんだけど。お部屋で、半日こもってたんだって? なにか作業してたの?」
「……べつに」
「あ! まさか、またケガしてるのを隠してるとか!?」
「姫様、お声が大きいです〜」
客間の扉の前で待機しているジョージが、シーッと人差し指を口に当てて訴えている。
「あ、ごめんなさい……」
注意されるわ、ガビィは反応が悪いわで、ヒメはへこみだす。
「ガビィさんが、ケガしてないなら、いいけど……」
「なあ」
「はい」
ガビィは何か言おうとして、口だけ開いたが、また閉じてしまった。
「……昨日はどうかしていた。あんなに無駄な半日を過ごすなんて、情けない」
いったい何があったのかと尋ねるヒメと被せるように、ガビィが続けた。
「昨日調査した件で、得た情報がある。とある春の民についてだ。時間ができ次第、お前とマデリンにも報告する」
「真面目だなぁ……」
これにはヒメも苦笑い。彼に励ましは、無用らしいと判断した。
(へへへ。よくわかんないけど、あなたでも悩んで部屋にこもっちゃうことがあるんだ。なんだか、自然な愛称呼びができる日が近くなったような気がするな)
一方、客間では、リアン王子がネイル一家と対峙していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます