第104話   次男と三男の情報交換

 昨日も今朝も、変装屋の店主はエメロ城に現れなかった。代わりに、別の店員がリアン王子に変装をほどこしてくれた。


「呼んだか」


 ガビィは三男の部下に案内されて、変装屋の裏口がある路地とは違う路地裏に入っていた。ひんの無さげな酒場から外に出された残飯が悪臭を放ち、それ目当てにネズミが、さらに野良猫が集まって、あちこちに痕跡を残していたりと、絶対に転びたくない場所であった。


「兄貴、遅いよ。昨日捕まえた兄貴の偽物、尋問してもなんにも答えないから、どうしようか意見を聞かせてほしいんだ」


「……なんだと。本当になんにも、答えなかったのか?」


 半壊した建物から突き出た屋台骨に、足首を縄でくくられて逆さ吊りにされた、酔っ払いの中年がいた。ガビィの変装を引きむしられた後は、背丈以外にガビィの容姿と共通点が見出せないが、元の顔がわからないほど、痛めつけられているせいもあって、今ではますます外見がかけ離れている。


『兄貴、遅いよ。ほら、兄貴の偽物、捕まえといたよ』


 事の始まりは、ガビィの偽物が虚言を触れ回り、エメロ城の使用人を自宅待機させた日のこと。昨日の夕方頃のことだった。


 ガビィが占いペット化している間に、三男が仕事を済ませていた。


 黒装束の三男とその部下が、建物の残骸に座っていた。三男だけが立ち上がって、地上に着地する。


『昼頃にとっ捕まえたんだ。兄貴の格好してたから、すぐにわかったよ。今すげえ泥酔してるから、なに質問しても支離滅裂だわ』


『……そんなに酔った奴が変装していて、誰も気づかなかったのか』


『へこむなよ、兄貴。こんなに泥酔してちゃ、誰かの指示通りになんて動けないよ。おそらく、夜に飲んだ分の酔いが覚めてきた早朝に仕事を済ませて、その報酬を受け取るなり、また酒場で飲んでたんだ』


『あー……それなら納得がいく』


『こいつを見つけたのも、昼間でもやってる酒場だったし。兄貴の姿のままで、酒瓶を何本もカラにしてたよ』


 人が仕事で忙しいときに、とガビィは男の脇腹をどついた。男はへらへら笑いながら、振り子になっている。


『……エメロ人にしては、高身長だな。だが、まだ俺のが高いか』


『十センチもある厚底の革靴を履いてたよ。手品で、火を吹いてみせてくれた。いつ油に引火してもおかしくない、危ない小道具を服の下に仕込んでたよ』


 ほら、と三男が、瓦礫がれきの積み上がったすみっこで油をこぼしている小瓶と、ゴム製の粗末なくだを、あごで示した。


 一歩間違えれば、街なかで上半身を燃え上がらせながら絶叫する偽物の姿に、城下が大騒ぎとなっていたことだろう。かっこ悪いことこの上ない想像をしてしまい、ガビィは軽くかぶりを振って現実に戻ってきた。


『話は変わるが、今朝がた変装屋を襲撃したそうだな』


『そんな目で見ないでよ。いくら俺らが不仲でも、さっすがに家族をコケにされたら、腹が立っちゃうよ。それに、また同じことされちゃたまんないだろ?』


 弟の足元付近に、真っ赤に染められたカツラが、その毛髪を散らしていた。


 ガビィの脳裏に、変装屋で働く若い従業員の言葉がよぎった。


――珍しい染め粉を仕入れてくださるので、うちのお得意様なんです。今朝方に城壁の外で、購入いたしました――


 春の民は、染め粉を扱っている。


(変装屋か、春の民……この男がどちらに雇われたにせよ、ナディアが一枚噛んでいる可能性が、どうしても出てくる……)


 いきなり店を襲撃した弟は、正しかったのだろうか。ガビィは心のどこかで、認めたくない気持ちが湧いていた。


 尋問を弟に任せて、城での雑務に戻っていった。自分に厳しいガビィにとって、これは、逃げだと認めざるを得なかった。


 以上が昨日の出来事である。




 そして今現在、男は白状しないままだと言う。


(……いっそのこと、ナディアから頼まれた事だと、この男が吐いてくれたら、楽だったんだがな)


 ガビィは吊された愚者と目線を合わせるために、しゃがんだ。一晩中このままでいたのか、顔が土色になっている。


「……おい、しっかりしろ。誰に雇われた」


 酒の臭いが、濃厚に漂う。吊るされたままで吐いたのか、吐瀉物が頭髪まで届いて、影といっしょに地面を湿らせていた。腫れ上がった両目は白目を剥いていたが、ゆっくりと、緑色の瞳が戻ってきた。


「あー……わかんねえ……」


 酒で焼けたのどかすれていたが、その声は、ガビィと似ていた。


「こいつに何聞いても、わからないの一点張りだよ。昨日からずーっと、そう」


 三男の声は、あきれていた。


 また白目を剥き始めた男のほっぺたを、ガビィは軽く叩いた。


「相手は、どんな声をしていた。男か、女か」


「あー……男、だった……うん……」


「その男は、お前が何をしていたときに声をかけてきた?」


「えーとぉ……酒場で、財布をすられて……飲み代が、払えなくて……店主に、胸ぐらを掴まれてた。そのときに……代わりに、払ってくれたヤツがいた。溜めに溜めてた、ツケ分も……。それで〜、嬉しくて、何か、礼がしたいって言ったら……イケメンに変装して、指示通りに動いてくれって、言われた……」


「その男は、どんな顔をしていた? 背丈は? エメロ人か?」


「あー……酒場は、いろーんなヤツが来るから……普段は、忘れちまうんだけど……アイツだけは、覚えてら……なにせ、鏡みたいに、俺に似てたんだぜぇ、ククククク、おもしれーよな〜」


「……」


 無言になるガビィに、男が黄ばんだ歯を見せて、力無く笑った。


「あんた、人望があるんだなぁ……みーんな騙されてたぜ。あんたの言葉なら、みんな、従うんだなぁ」


「お前も飲み代をきっちり払えば、皆から信用されるぞ」


 ガビィは立ち上がり、弟に振り向いた。


「……こいつを雇った男も、変装しているらしい。探すのは、時間の無駄かもしれない」


「それ以前に、こいつそのものが信用できないよ。一晩たっても、白目剥いて寝てるか、へらへらしてるだけだし。もう逃がしてやろうかな。ヒメさんの誕生日前だから、特別に生きて返してやるよ」


 三男がポケットから、どうでもいいような感じで取り出した小さなナイフ。それを男の足首を縛っている縄に向かって投げた。小さくても切れ味鋭い刃物は、男の頭部と堅い地面を激突させた。でも、へらへらしている。


「へっへっへ、やったぜ……俺ぁ竜の巣の民の拷問を耐えきって、生還した男だぜ〜」


 酒場のみんなに自慢するぞ〜、と片手をあげながら、ふらふらと徒歩で逃げてゆく。酒の飲み過ぎで脳の血管が損傷し、痛覚が鈍くなったまま元に戻らないのだと、ガビィは察した。ハァ〜とため息をついたら、赤い火が蛇の舌先のようにこぼれ出た。


「……あんなのに変装されてたとは。それで昨日は聞きそびれたが、お前は変装屋を襲撃して、何か証拠は掴めたのか?」


「証拠〜? だから犯人は変装屋だって言ってんじゃん。変装屋の顧客名簿を一年分だけ、部下に調べさせたけど、本当にきっちり書いてあるのかわからないし、宛てにならないよ。適当に用心棒を痛ぶってやれば、ビビッて吐くかなぁと思ったんだけど、ナディアは眉毛一つ動かさなかった。逆に怪しくねー?」


「……あの店にいる厳つい男は、ナディアの恋人だ」


「知ってるよ。だから恋人を目の前で、叩きのめしてやったのさ。でもナディアのあの様子じゃ、ただの盾にするために飼ってただけだな」


 ナディアが眉毛一つ動かさなかった、という証言が、ガビィの胸に引っ掛かった。


「……気がかりなことができた。ここでグダグダと仮説を立てているよりも、本人に、直接会う」


「素直に答えてくれたらいいね。やってないわ、知らないわ、アタシたちじゃないわー、の堂々巡りだと思うけど」


「最後に、一つ」


「あんだよ、早く行けよ」


 弟の機嫌が悪いのは、昨日のことがあり、変装屋に行けず、黒装束のままでずっと路地裏にいるからだろうと、ガビィは気付いていた。


「……どうして、変装屋の腕まで折った。王子専属の化粧師だぞ」


「だからだよ。もう二度とリアンにさわれないようにしてやったんだってさ。あ、俺の部隊がやったんじゃないよ? 親父の部下さ。エメロ人のジェニーって子に変装してるヤツだよ」


 ん? とガビィは赤い眉毛を跳ね上げる。


「止めなかったのか」


「止めたさ。俺らは店主にまで手を上げる予定じゃなかった。でもジェニーは俺の部下じゃないから、俺の命令には従わなくって……俺も、そのこと忘れてて、止めるのに時間は、かかったかな……」


 ガビィのジト目に、歯切れの悪い返答しか出ない三男。気まずそうに頭の覆いをぼりぼり掻く。


「ジェニーもさ、ケンカが強そうじゃないナディアに、あそこまですることなかったと思う。なあ兄貴、最近、親父の部下が、感じ悪くなってるの知ってるか?」


「……親父の部隊は、元から性格がキツいが」


「そうだけど、最近は気が立ってて、やたらケンカを吹っかけてくるんだ。ここ最近は、俺の部下と路地裏で毎日ケンカになってる。今までに無かった事だよ」


 毎日ケンカとは、ガビィも初耳だったが、彼らと言い争いになるのは珍しい事ではなく、さほど驚かなかった。しかし今は多忙なため、身内まで騒動を起こしかねない事態は見過ごせない。


「……親父から何か命令を受けて、動いているのかもな。ファング、姫の誕生日までに、親父の部下たちを押さえつけていてくれないか。細かな雑用は、俺の部隊にやらせる。手が空いたら、お前の部隊の応援にも向かわせよう」


「言われなくても、くい止めるよ。親父はきっと、俺たちが王子にばかり構ってるから、拗ねてるんだ」


「……それか、姫が竜の巣に戻らないから、キレてるのかもな。親父は足が痛いから、この国には来ないと思うが……。そろそろ兄さんも、親父の怒りを抑えるのが限界になっているのかもしれない」


「兄さん、大丈夫かな……ヒメさんを、一回だけでも竜の巣に返しとく?」


「いや、それはできない。姫は嘘がつけない性格だ。親父にいろいろ訊かれて、しどろもどろになるのが目に見えている」


 日影に隠れている部下たちが、フクロウのように首を傾けて、互いの反応を確認していた。ヒメの性格をよく知る者ばかりだった。


「……ナディアのことは、俺に任せてくれ。お前はこれ以上、あの店に何かするなよ」


「え〜? 兄貴は甘いから心配だわ。頭ジャムだもん」


「俺はパンか。姫の誕生日までに、変装屋の動きを封じるだけだ」


「どうやんの?」


「すぐにわかる」


 ガビィは半壊した建物から外に出ると、物影に控えていた自分の部下を連れて、いったんエメロ城へと戻っていった。


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