第11章 いざ、シナリオ制作
第101話 マデリンが王子の朝食会に
王子からの突然の、朝食会への召還にも、マデリンが狼狽することはなかった。王子はてっきり、
「この忙しいときに、いったいなんですの!? よほど急を要する用事なんでしょうね!」
と、ぷんすか怒っている彼女がメイド服のまま現れるものと思っていたから、大粒のエメラルドが並ぶティアラと、明るい黄緑色のショールに若草色のドレスをまとった彼女が食堂へ参上したときには、思わず言葉を失ってしまった。
金貨色の長い髪に、翡翠色のリボンを編み込んでハーフアップにまとめたマデリンが、不敵に微笑む。
「どうかなさいまして? 王子」
「びっくりしたよ、いや本当に。きみのドレス姿を見るのは、何年ぶりだろう」
一方の王子は、昨日と似たようなラフな格好。シャツのボタンなど、首元あたりで全開している始末。
マデリンは、過去グラム家のお抱え執事だったジョージに椅子を引かせて、エレガントに腰掛ける。物音一つ立てず、雲のようにドレスをひらめかせて。
「そ、そんなに気合いを入れなくても良かったのに。着替えに時間がかかっただろ」
「あら、淑女のおめかしに掛かる時間と費用を、詮索するのはナシですわよ。いくら幼馴染みと言っても、わたくしは伯爵令嬢。汚れたメイド服で会食するなんて、みっともなくてできませんわ」
朝が弱いはずの彼女が、機嫌よく微笑んでいる。いったい、何時から起きて
リアン王子は、たしかに昨夜、マデリンを朝食会に招待した。朝が弱い彼女を気遣い、今まで一度も、誘ったことがなかったのだが、どうしても彼女の口から、直接聞きたい事があってのことだった。
まず最初に、厨房からジュースが運ばれてきた。
続いて、目玉焼きとハムをメインに、パンとスープが運ばれてきた。昨日、嘘の命令により自宅待機していた料理人が、全て戻ってきたのだ。
リアンの席に運ばれてきたのは、リンゴのソースがたっぷり絡まった花のサラダと、野菜メインの大きなスープ皿だった。
二人は料理を前に、静かに祈りを済ませてから、それぞれに食べ始める。
「それで、わたくしをここへ召喚したご用件は、なんですの?」
「きみたちが何かを始めているのは、なんとなくだけど、知っている。僕がしばらく待っていれば、いずれきみたちから話してくれると思ったんだけど、もう直接聞くことにしたんだ。今は、余計な気煩いを避けたいから」
するとマデリンは、銀色のスプーンでスープをすくう手を止めた。
「お耳に入れたら、貴方はきっと反対されるでしょう。そして好機を掴める大きな賭けを、自ら踏み潰すでしょうから、秘密にしますわ」
「賭け? 根回しや努力を好む性格の、きみらしくないな」
「あら、もちろん、このわたくしが運任せの賭けに乗るわけがありません。ちゃんとこちらで、勝率は上げておきます」
「どうして、僕に何も言えないの。これは僕の闘いなんだよ。きみ達が何かしでかして失敗したら、被害を受けるのは、僕なんだ。きみ達の尻拭いをする時間も、僕には残されていない。賭け事よりも、確実に王位を手に入れられる方法を選ぶほうが、賢明だと思わないか。姉上の誕生日に、僕が彼女と婚約すればいいだけの話じゃないか。なんの賭けがいるのかな」
「エメロ国民の気質をご存知でしょう? 貴方がエメロ王の実子ではないなんて自ら認めてしまっては、たとえ貴方が王位を継げたとしても、次第に人が離れてゆくでしょう」
「そんなことさせないよ。僕のほうで、ちゃんと案は考えてあるから」
「そうは言っても、エメロ人は手強いですわ。もう何百年と同じ気質を貫いていますのよ? 無謀な賭けをしているのは、貴方ではなくて? 王子」
金色の眉をひそめるリアンに、マデリンも不服そうに肩をすくめた。
「ガビィとわたくしが、貴方に味方しているのは、他の貴族の殿方よりも、貴方の性格がマシだからですの。大勢が貴方を信じ、期待し、そして支持しておりますわ。わたくしも、ガビィも、そして貴方の姉であるマリーベル姫も、その一人です。絶対に貴方には勝利してもらわなければ、エメロ国の未来が真っ暗ですわ」
マデリンはジュースを一口飲んで、また姿勢を正した。
「これは貴方一人の問題ではなく、我々エメロ人全員の命運が掛かっておりますの。これは団体戦ですわ。裏方はわたくしたちが引き受けます。貴方の勝利を願う同志は、大勢いましてよ」
マデリンたちは大勢を巻き込んで、何か始めているらしい。その全てが、今の王子にとっては余計なお世話だった。
「姉さんまで、何かしてるの? きみは姉さんが動くたびに、イライラしてなかった?」
「ええ、彼女がなんにも知らないままで、城をうろつくのは困りましたわ。ですが、今は違いますの。貴方の事情を知った上で、貴方の盾になろうとしています」
「僕の盾だって? 姉さんは不慣れな異国に適応するだけで、頭がいっぱいだろ。とても他人のことまで気は回らないんじゃないか」
「昨日は、目上の者っぽく振る舞うために、ガビィを呼び捨てするんだと、必死になっていましたわ。竜の巣の文化では、殿方を愛称で呼び捨てするのは、夫婦でも人前ではやらないそうですの。緊張のあまり、未だ呼び方が定着していません」
「へえ? ……ハハハ、なんだそれ。姉さん、そんなこと練習してるの」
彼女たちに大したことはできそうにないと感じた王子は、苦笑が漏れた。呼び捨てなんて地道な活動も、残り七日で始まっては、なんの効果もないと感じた。
マデリンは王子の笑う顔を、久しぶりに見た気がした。その手がスプーンを満足に動かして、皿を空にしてくれたら、特に言うこともなかったのだが。
「……今日も、食が進んでおりませんのね」
「え? なんだよ、急に。食べてるよ、ほら」
「ごまかされませんわよ。お口に運ぶ間隔が、まるでおやつを食べ過ぎた子供のようです。食欲が沸く状況でないのは理解しておりますが、肝心なときに倒れられては、意味がありませんわ。花びらでも良いですから、お腹を満たしてくださいまし」
「ガビィにも同じこと言われたよ。でもさ、なに食べても気持ち悪くて、吐いちゃうんだよ。ジョージが言うには、果物の酸や硬い食物繊維で、胃が弱ってるのでは、だってさ。困ったな、僕は果物や花が主食なのに、なに食べたらいいんだか」
卵や肉、パンなどは、じつはリアンの体内にほとんど吸収されないのであった。おやつの時間や休憩中につまむ果物とハーブティーが、なんと彼の主食なのである。ちなみに、花壇に生えている花も、摘み取ってそのまま食べたりする。せめて器に盛れとマデリンに注意されるのも、いつものことだった。
それまで当たり前のように口にしてきたものが、体調不良により吐き戻ってきてしまうとは。マデリンは他種族の病に明るくなく、返答に少々悩んだ。
「……エメロ人と、春の民の混血児は、世界でも事例がありません。お医者様に診せても、胃薬くらいしか処方されないかもしれませんわね」
「それで充分さ。僕も一時的なストレス障害だと思ってるから、そんなに重く捉えていないよ。ストレスの原因も、わかってるし」
リアンの顔から笑みが消えて、無表情になった。
「僕の本当の姿、この城でも受け入れてもらえなかったのに、国民の前で公表するなんて、本音を言えば、すごく不安だよ……だからって、やめるつもりはないけど」
「わたくしたちで進めている計画が上手くいけば、貴方が苦悩する日々が、終わるかもしれません」
リアンの、フォークを口に運ぶ手が、完全に止まっていた。緑色の硝子越しの瞳が、ナイフとフォークで静かにハムを切り分ける伯爵令嬢を、不審そうに眺める。
小さな口にハムが入り、美味しそうに咀嚼するだけで、こんなに愛くるしく見える女性を、リアンは他に知らなかった。
マデリンが銀食器を手元に置き、ふふふ、と口元に手を添えて上品に笑いだした。
「王子、どうかマリーベル姫のお誕生日まで、早まった決断はなさらないで。貴方が永遠に部外者扱いを受けないためにも。貴方は最期のその時まで、エメロ王の子でいなくては」
「マデリン……」
「貴方はご自分の役割だけ、考えていてくださいな。わたくしが最も恐れているのは、貴方が肝心なときに倒れてしまうこと、そしてその手腕を発揮することなく、逃げ出してしまうことですわ」
「そんなことするわけないだろ」
「もしもの話です。もしも、そうなったら、わたくしはエメロ王の命令でも、絶対に貴方と朝食は食べません。このドレスも、暖炉に投げ入れてしまいますわ」
「ハハハ、わかったよ。そのドレス、似合ってる。また着て来てほしいな」
「それは貴方次第ですわね」
マデリンは絶対に教えてくれないようだ。王子はいったん
(王子が警戒するのも、無理ありませんわね……)
マデリンも、王子から完全に信用されたわけではないと、気付いていた。もしも不信感に満ちた王子が、ガビィや自分とも縁を切って、独断で縁談を進めてしまっては、この作戦を実行する意味がなくなる。そんな事態になるのだけは、避けたかった。
(時間をかけては、王子の不信感も砂時計のように降り積もる一方です。早めに、事を進めなければ。今日中に、シナリオを制作しますわ!)
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