第51話 ヒメ、姫君になる②
「こうして話すのは初めてだね。私はマリーベルっていうの。昨日ここに戻ったばかりで、いろいろわからないんだけど、エメロ国とフローリアン王子の力になりたいんだ。協力してくれるかな」
柔らかな微笑と、おろおろする自分たちが冷静になるまで待っている
ようやく自分たちの不満や助言に、耳を傾けてくれる人が現れた。彼女ならばエメロ国を良くしてくれるかもしれない。この不穏な状況を、一転させてくれるかもしれない……。
姫を救世主のように認識したとたん、一度芽生えた親近感は、どんどん膨れ上がり、やがてメイドたちは、すがるように姫に話しだした。
ヒメの予想に
王子を労ってほしいという切実な願い。王子の政治のやり方について、今ちょっと揉めてるが、少しずつ成果が出ているから、今のやり方で続行してほしいのだという。
「どんな政治してるの? 良さと欠点を、わかる範囲で教えて」
エメロ国民は表向きは生真面目なのだが、陰でこっそり多額の金品をため込んで、従業員の給料をケチる店が多いという。王子はまず、経費の使い方が不明瞭な部門を厳しく問い詰め、会計士を換えて過去の金銭の流れを洗ったり、自国の観光施設や特産品の品質向上に着手したり、隣国の竜対策のばらつきを防ぐために周囲の小国との繋がり強化、のために頻繁に会合の場を設けて、数多の小国入り混じった調査隊を編成する……などなど、地道に活躍中である。
現在のエメロは、周囲の小国をまとめる頭となりつつある、中腹あたりの立ち位置だそうだ。それまでは
「尻尾?」
エメロ十三世は国民を想うあまりに、税をとても軽くし、軍事には力を入れず、皆の不便を解消するために無償の施設をたくさん建てていた。おかげで税が徴収できずに財政が崩れ、商売人はその不安から物価を跳ね上げ、エメロは不況に陥った。さらにエメロ国の乏しい軍事力は、周辺国の小規模な軍事力にもおびえる羽目になり、また周辺国からすっかり舐められ、バカにされ、たびたび無理難題を出されては、エメロ国が一方的に要求をのまされ、その結果ただでさえ不況に苦しむエメロ国民に負担をかけてしまうという、悪循環に陥っていた。
「このままじゃダメだって思ったから、王子は今までのエメロ国を変えて、のし上がる道を選んだんだね」
ところが、王子のほうにも、お金の流れが不明瞭な部門があるらしい。他にも、尻尾だったエメロ国が小国をまとめるためには、費用を出さなければならない事態も多々あり、エメロ国の税金を一時的に跳ね上げたり、他国の重役でエメロ国を断固拒絶する者たちが次々と失踪したりするなど、エメロ国内外の一部ではリアン王子のことを氷の王子と蔑む者もいるという。
(あ、その失踪事件って、
一時的とはいえ急に上げた税のせいで、貧困して家を失った者もおり、王子の政治を非難し、頭の地位を目指すことを今すぐ辞めるよう求める動きもあるという。
だが、ようやく中腹まで登ったからには、王子とエメロ国の活躍はまだまだこれからだと確信している者もおり、このまま突き進めば、いつか必ず黒字になると強く信じ、リアン王子が引き続き政権を握るためにも、ぜひエメロ王の座を継いでほしいと願っている者もいると言う。
その多くは、若者だそうだ。
「けっして陛下の政治を批判するわけではございませんが、ずっと底辺だったエメロ国が、今まさに浮上できる絶好の機会なのです。姫様のことを煩わしく思ったことは一度もございませんが、今、政治にお詳しくない姫様が女王になられては、姫様自身も大変な苦労を強いられるかと思います」
つまり今エメロ国が成長段階にあるから、野生児はすっこんでいろと。ヒメは大変わかりやすい説明に、にこにこしていた。
その顔に、メイドたちがさっと青ざめる。
「も、申し訳ございません! でしゃばったことを」
「ふふ、すっごくわかりやすかったよ。ありがとう」
笑顔でお礼を言いながら、裏では思いきりため息をつきたいヒメだった。
(どうりで私が歓迎されないわけだよ。王子の政治の手腕は、エメロの若い人たちにとっては希望の星なんだね。新しい時代の、幕開けなんだ)
王子の存在そのものが、エメロの若い人たちにとって刺激的なのだった。
(でも、エメロ国のお年寄りは、リアン王子の見た目が気に入らないからって、マリーベル姫に王様になってほしいんだもんなぁ。もしも本物のマリーベル姫が戻ったって、リアン王子との経験の差を埋めるには年月がかかるだろうし、代わりに私が政治するなんて、できっこないし、そもそも用事が済んだら竜の巣に帰るんだし……うん、私個人もリアン王子を推薦します!)
未だに他人事感が抜けないヒメなのだった。
「あなたたちの言いたいことは、よくわかったよ。私も王子のために何ができるか、今から考えてみるね」
「姫様~!」
「その代わりに、あなたたちにもやってほしい事があるの。お城の若い従業員が、嫌なことがたまって逃げ出そうとしてたら、こう言ってあげて――『どうか、頑張ってる王子を置いて行かないで。あなたが逃げてしまうと、王子の統率力が、弱まってしまうから』って」
ヒメがいつものヒメらしさに戻り、いたずらっぽく笑った。
「これは命令ね! 私からの、初めての命令だよ。さてと、他の人にも声をかけなくっちゃ。それじゃ、長い間呼び止めてごめんね。お仕事がんばってね」
マリーベル姫が静かに、そして昨日よりも活き活きと歩いて去ってゆく後ろ姿を、彼女たちは呆然と見送っていた。
「なんか……これ以上の騒ぎを起こす感じには、見えなかったね」
「私たちの話、聞いてくれたね」
「王子のことも、嫌ってなかったみたいです。蹴落とそうとか、女王になろうとか、そんな気は微塵もないって感じでした」
「よかった~。もう、これ以上のことが起きたら、私も、辞めようかなって、思ってたから……」
皆それぞれの理由で、ほっと胸をなでおろす。
エメロ城の不穏な空気は、彼女たちが産まれる前から、すでに始まっていた。
年若い彼女たちが王子に味方するたびに、年配のメイドたちと衝突し、無視や仕事配分の偏りなどの嫌がらせを受ける日々。価値観の大きく違う人間が、狭い活動範囲で動き回っていては、争いも生まれる。そして最悪な人間関係に終わりが見えないのならば、誰だって逃げたくもなる。
――今、マリーベル姫が来た。そして王子に味方してくれるらしい。
それだけで、明日も踏ん張れる気がした。
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