第49話   古株執事と反省会

 食堂に到着する短い間に、ジョージはヒメに怪我の有無と、マデリンからの謝罪の有無を訊いてきた。


「私もマデリンさんも無傷だよ。仲直りもしたしさ。心配かけてごめんね」


 ヒメは苦笑していたが、執事ジョージのきもがどれだけ冷えたかまでははかれなかった。


「姫様もマデリン様も、お優しい性格ですが、万が一お互いに重傷を負わせることがあれば、そのときは、もう、エメロ城内部は崩壊していたでしょうな」


「え……」


 事が穏便に済んで、心底ホッとしているジョージの横顔に、ヒメは青ざめていた。


「そんなに大事おおごとになるかもしれなかったの?」


「もちろんですとも。わたくしは姫様と暮らしていた竜の巣の民が、どのような仕事を生業なりわいとしているか存じておりますからな、まさかー、姫様がマデリン様にそのような無体を働くことは、ないとは思っておりましたが……今回の事態を収拾できるのは、ガブリエル様しかいないと思いました」


 だからガビィが駆けつけたのかと、ヒメは納得した。


「あ、そうだ、グラム伯爵は、朝ごはんに来るの? 待たせてるかな」


「いいえ、彼の召喚は叶いませんでした」


 ジョージの話によると、ヒメに朝食会で伯爵を招くと明言されたメイドは、涙目になるほど迷った末に、マデリンに相談したという。マデリンはメイド長であり、グラム伯爵の娘でもあるから、相談を受けるのはべつだん不自然なことではなかった。


 しかし、まさか稽古用の剣をたずさえてマデリンが戻ってくるとは。食堂の扉の前で待機していたジョージは、闘牛のごとしの彼女に大変おののき、そして室内のヒメが止めるでもなく勝負を受けてしまったのが聞こえて、急いでガビィを呼びに走ったのだと言う。


「本当はもっと早くにガブリエル様をお連れしたかったのですが、お忙しかったのか、お部屋からなかなか出てこられず」


「そう言えば、ガビィさんは左腕のガントレットだけ無かったよ。急に呼び出されたから、支度したくに手間取っちゃったのかも……」


 ガビィが不愛想なのは元からだが、もしかしたら平常よりも輪をかけて不機嫌だったのかもしれない……そう思うと、ヒメはしょんぼりと肩を落とした。


「ずいぶん、いろんな人に迷惑かけちゃったんだね……でもさぁ、剣持って興奮してる闘牛と、戦う以外に、方法あるの?」


 ねつつも本気で尋ねるヒメに、ジョージが含み笑いをこぼす。


「上の立場の者が、進めたい未来へ向けて采配さいはいを振るのですよ。姫様はエメロ城の堕落しきった有様を、ご覧になったでしょう。もはや知らぬ存ぜぬでいられるご身分では、なくなりましたぞ」


 ジョージの意味深な発言に、ヒメはギョッとした。


「あのさ、ジョージさん、もう知ってると思うけど、私は本物のマリーベル姫じゃないの。だから、あんまり勝手なことできないよ。それに、偽物だから、目立ちたくないし……上の立場になったことも、一度も無いし……いろんな経験が無いから、きっとうまくできないよ」


 いろいろな不安を吐露するヒメの、空色の綺麗な瞳が揺らぐのを、エメロ城の古株執事は目を細めて眺めていた。否、魅入っているようであった。


「陛下と姫様は、エメロ国の貴族の中で、空色の目を持つ唯一のお二人です」


「え、なんなの、急に……あ、でも、ほんとだ、王様の目の色は青かったよ。もしかしてエメロ人じゃないの?」


「いいえ、国籍はお二人ともエメロ国民ですよ。少しだけ我々と違うのは、王族が国際結婚に積極的だったことです。代々エメロ王は、他国との繋がりを強めるために、他国の女性を本妻や側室に迎えてきました」


「へえ、意外だね~」


「ふふふ、そうですね。他国の女性たちは、エメロ人とは異なる身体の特徴や、文化の違いを持っていました。そしてどの女性も、排他的なエメロ国の風習に、大変苦しまれてきました」


「あ……王族の奥さんたちにも、容赦なかったんだ」


「はい。書物や古い使用人たちからの口伝では、そのように伺っております。しかしですよ、姫様、ここからが大事なのです。どの女性も、泣き寝入りなどなさいませんでした。王を支え、反発する勢力と頻繁に会合を開き、皆の話を聴き、堂々と発案し、王のご子息を生み育て、立派に成人の儀を迎えさせました。本妻、側室、立場は違えど、どの国の女性も責務を果たし、このエメロ国の安泰と繁栄にご尽力されました。辛いからと故郷に逃げ帰った女性は、一人もいらっしゃらなかったのです」


 それが現国王エメロ十三世と、マリーベル姫のご先祖様であるらしい。受け継いだ青い目は、過去にそのことで苦悩し、それでも頑張ってきた女性が実在したことの証のようだ。


「姫様はこの国で、特別な地位に就く、特別な女性です。そしてマリーベル姫の体には、歴代のエメロ王を支えた強い女性たちの血が流れております。どうかご自身のお立場と権力を、そして強さを、エメロ国のためにお使いください」


「そ、そんな……それは本物のマリーベル姫に言ってあげて。偽物の私が、そんなふうに振る舞うなんて、なんか、違う気がする」


「今ここに、他のマリーベル姫はいませんよ。ここでは、貴女あなたが姫なのです。こうしている間にも、マデリン様とガブリエル様は頑張っておられます。あなたは、いつまで部外者でいるおつもりなのですか?」


「ええ? 私、そんなつもりじゃ……」


「マデリン様との決闘は、立場の上である姫様ならばお止めすることができたはずですよ。剣を受け取って挑発に乗ってしまったのは、姫様のほうではないのですか?」


「だって、私は偽物だし……本物っぽく命令したって、誰も言う事聞かないよ」


「そんなことはございませんよ。姫様はこの世に一人だけなのですから。王も王子も弱り果てている今、采配を振るえるのは、マデリン様でもガブリエル様でもなく、貴女なのです」


 仲間に入れてと言ったら、マデリンに断られた。ガビィに教えてと頼んだら、先に朝飯を食えと言われた。


 誰かの許可を得ることばかり、教えてもらうことばかり考えていた。


(仲間に入れてもらうのを待つんじゃない。私が今すぐにできることを考えて、ガビィさんやマデリンさんを助けなくちゃ!)


 ヒメはまばたきし、しっかりと前を見据えた。


(エメロ王とリアン王子が動けない今、マリーベル姫がこの国で一番力のある存在なんだ。大変なことになってるお城を目の前にして、どうするべきか、一番考えなきゃいけないのは、たとえ偽物でも、私だったんだね)


 対立する人達と話し合い、自分で考えて大勢を動かさなければならない者――それが、今ここにいるマリーベル姫。

 偽物でも本物でも、やらなければならないことが山積みであることに、ヒメは気がついたのだった。


「ケンカもしてください。たくさん悩んでください。体当たりでエメロ国を、学んでください。わたくしはどんな時でも、姫様にお味方しますよ」


「うん……ありがとうジョージさん! マデリンさんもガビィさんも頑張ってるんだから、私も、お城のいろんな人の話を聞いてみる。その上で、どうかお仕事サボらないでねって命令してみるよ、従ってくれるかはわかんないけど」


「そうですなぁ……命令に説得力を付けたほうが良いでしょう。理由も告げずにヤレっと言っては、よけいに反発しそうですしな」


「説得力かぁ……。私、考えてみる。いい案が浮かんだら、聴いてくれる?」


「もちろんですとも」


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