第48話   双方の言い分

 ひとまずヒメたちが移動したのは、今朝ヒメが支度したくを整えるために臨時で入った、大客間だった。


 金縁きんぶち葡萄ぶどう酒色で統一された、絢爛けんらんさと落ち着きをあわせ持つ広い空間。マデリンを背負って入ったヒメは、ちょうど部屋の真ん中あたりの四人がけのソファに、ぐったりしている彼女を下ろした。


(うぅ、私だって疲れたのに……剣なんてそのへんに置いて、ガビィさんがマデリンさんを背負ってよぉ……)


 客間の豪華さは、自分よりもマデリンのほうが似合っている気がした。おまけにガビィが彼女を守る騎士みたいな出で立ちに見えて、ヒメはむぅっと口を尖らせる。


(やっぱりガビィさんがマデリンさんを背負うのはナシで! 誰かとガビィさんが密着するの、なんかイヤ~! 私が運ぶ!)


 マデリンが横たわり、金貨色の長い髪を椅子に散らかした。ヒメはなんとなく彼女のとなりに座るのが嫌で、立っていることにした。


 ガビィは二人が争った証拠品である、稽古用の刃のない剣を二本、右腕のみで抱え持っている。左手のガントレットだけ外しているのが、妙に気になるヒメである。


「……それで、何があった、マデリン」


 扉をしめて、そのまま扉にもたれながら、ガビィが尋ねた。彼のどこか眠たげな眼差しと、その奥から赤く輝く力強い双眸が、マデリンを見下ろしている。


(ふーん、マデリンさんから先に訊くんだ、ふーん、いちばん具合が悪そうだもんねー、優しいなーガビィさんはー)


 ヒメが無言でねている。


「今回の件は、わたくしが勝手に起こした事件ですわ。マリーベルを捕まえて、倉庫に閉じこめておくつもりでしたの」


「ええ!? なんで!? なんでそんないじわるするのさ!」


「貴女は何もわからなくていいのです」


「そんなわけにはいかないよ! 私はあなたに挑まれて、とってもびっくりしたし、勝ったはいいけど納得できてないんだよ! 教えてくれないんだったら、またグラム伯爵と食事の約束を取り付けるからね!」


 絶対に引き下がるものかと、ヒメもムキになる。


 その様子に、ガビィが観念したようにため息をついた。


「……マデリン、もう秘密にしておくことは、できそうにないぞ」


「……」


「……姫、知りたがっている情報を渡す代わりに、マデリンを責めないでやってくれ。彼女もいろいろと、限界だったんだ」


 人の感情に無頓着なガビィが、マデリンを気遣っている……ヒメはもう、イライラしっぱなしだ。


「その気遣い、ほんのちょっとでいいから私や三男さんにも発揮してほしかったな!」


「……俺もマデリンも、ずっと気遣ってきただろ」


「どこがなの!? 危うく重たい剣でアザだらけにされるところだったのに」


「姫、ひとまず落ち着いてくれ。このままじゃ話しづらい」


「う……わかったよ」


 動じないガビィに、ヒメはしぶしぶおとなしくなった。まだまだ納得できないけれど、何かを話す気になったガビィの機嫌を、損ねたくはなかった。


「それで? 二人して何を隠してるの? 特にガビィさんに聞きたいの。私をここに引き止める理由はなに?」


 すると扉にもたれていたガビィが、外の気配を気にするように後ろを一瞥いちべつし、すたすたとヒメに歩み寄ってきた。


 ぎょっとするヒメの、すぐ目の前までガビィがやってきた。しかも、少し腰を曲げて、背の低めなヒメの顔に、彫りの深い端正な顔を近づけてきた。


 思わずヒメは、彼の右腕の白銀色のガントレットに彫られた竜を凝視する。


「……この国の王位は、男児が継ぐ。エメロ王に男児がいなければ、身内の男児のうちの、誰かが継承する」


「そ、そうなんだ。じゃあ、次の王様は、リアンさんでいいよね?」


「ああ……王子の見た目が、少しでもエメロ王と似ていたらな」


 ヒメは青色の目を、おそるおそるガビィの視線と合わせた。


「お母さん似なんじゃないの? 私は、マリーベル姫のお母さんにそっくりだったから、彼女もお母さん似だってわかったよ」


「……俺はリアンの母親には会ったことがないが、ジョージいわく、リアンは母親にも似ていないらしい」


「じゃあ、お母さんのお母さんに似ているとか?」


「……それはそれで、国際問題に発展するが」


 ヒメはガビィが何を言おうとしているのか、全然わからない。


「えっとー、つまり? 誰にも似ていない王子様よりも、身内に似ている顔のマリーベル姫を、王様にしたいってこと?」


「……そういうやからが、大勢いる。姫は女だが、国民に人気があった王妃マリアの娘というだけで、姫も初めから国民の人気があるんだ。次の王に姫がなれば、エメロ国も落ち着くだろう」


 マリアには縁談が殺到していたと、エメロ王が言っていたのをヒメは思い出した。エメロ王もマリアが大好きだった。彼女がとても人気があったのは、事実なのだろう。

 しかし、それを踏まえても、ずいぶんひどい話だと、ヒメは金色の眉毛をしかめた。エメロ国が、人の見た目でつっかかってくる嫌な国だとは思っていたが、両親と似ていないという理由まで、仲間外れの材料にされてしまうとは。


「そんなのひどいよ! 昨日の夜、リアンさんに会ったけど、すらっとしてて、とってもきれいな人だったよ。あの見た目でもダメだって言うの? エメロ国って好き嫌い激しすぎない?」


「本来の王子は、あのような見た目ではありませんの」


 マデリンの声は、吐かないか心配になるほど弱っていた。ゆっくりと上半身を起こしてゆく。


「毎朝、一流の化粧師を呼んで、エメロ人っぽく変装していらっしゃいますわ」


「あ、変装屋さんになら、今朝会ったよ。……え、リアンさんって、そんなにエメロ人っぽくないの? どんな見た目してるの?」


 マデリンが視線を、椅子に落とした。


「……いつか、貴女も知ることができますわよ」


 またまたはぐらかすー、とヒメがむくれる。

 マデリンが自嘲気味な笑みで応えた。


「今日は、突然ごめんなさいね。言い訳させていただけるなら、急激な人手不足での仕事配分と、グラム伯爵と兄のことで、精神的に参っていましたわ」


「ああ、庭師さんも逃げちゃったんだよね……大変な、立場だね」


 ちょっと同情してしまうヒメ。廊下で手紙をぐしゃぐしゃに踏みつけていた彼女の形相といい、限界だったのは事実だろう。そこへヒメが勝手に伯爵を呼んで開催しかけた食事会が、とどめになってしまったようだ。


 グラム伯爵と言えば。ヒメは大事なことを思い出し、ガビィを見上げた。


「ねえガビィさん、グラム伯爵はマリーベル姫と息子のシグマさんを、結婚させたいみたいだったよ。初耳でびっくりしたな」


「……その件は、深く考えなくていい。シグマは興味のない話題は、忘れることが多いんだ。今頃はお前の顔も思い出せないでいるだろう」


「そんな規模で忘れるの!? 朝会ったばかりなんだけどな」


 一番の警備対象である王族の顔を忘れるとは、いったいシグマは誰を守るための騎士団にいるのだろうか。


「……話が脱線した。姫、王子の秘密は俺たちだけが黙っていても、もう意味がないんだ」


「広まってるってことだね」


 ガビィがうなずいた。


「……エメロ王が、王子の誕生に関わった大勢を殺さなかったばかりに、情報が外部に流出した。俺の部隊が、ある程度は情報の撹乱かくらんに成功しているが、一部の者には、すでに知られている」


 たとえば、仕事を集団放棄している使用人たち。彼らは、年配のエメロ人ほど王子の見た目を気にしてはいなかった。むしろ、王子が王位を継げないという理不尽さに同情し、憤慨し、さらには仕事を投げ出してしまっている。


「お城以外の、エメロ国民はどういった反応をしてるの?」


「半信半疑、といったところだ。気にしても栓の無い、うわさ程度の認識だ。だが……最近は、また悪評を広めている連中が出ているらしい。部下に探らせているが、どういうわけか犯人の目処めどが立たないんだ」


 それを聞いて、ん? とヒメが怪訝な顔をした。


「当たり前のこと訊くけど、ガビィさんの部下って、竜の巣の民だよね?」


「そうだ。エメロ人の協力者も、十人ほど混じっているがな」


「その十人は、とりあえず置いといて。犯人が見つからないってことは、竜の巣の諜報ちょうほう技術を超える存在が、いるってことだよね? それ、いろいろな意味で私たちも危ないんじゃないかな。相手はすでに、なんでも知ってるかもよ」


 たとえばマリーベル姫になりすましている偽物がいるとか、とヒメは無言で訴えた。作戦が筒抜けでは、いつおおやけにされるかわからない。


 いつでも竜の巣へ撤退できるように、支度したくだけは整えておかねばと、ヒメはあれこれと脱出経路を考える。


 ぐ〜、と誰かのお腹が鳴った。


 犯人を知っているヒメは、無言でうなずいた。


「話、続けて」


「腹が減ってるんだろ。続きは、また今度な」


「ええええ!?」


 ガビィと、それから体調の良くなってきたマデリンが、さっさと部屋を出てゆく。


「ちょっと待って〜!!」


「俺たちは忙しい。ちゃんと朝飯、食うんだぞ」


 たしかに二人は多忙だろう。わかっているけど、ヒメは騒いだ。


「待って! あと一つだけ! これだけは教えて!」


「なんだ」


「ガビィさんと、マデリンさんって…………恋人同士、なの……?」


 勢いで尋ねてしまって、ヒメは後悔した。そうだ、って言われたら、どうしよう、という焦燥で背筋が固くなる。


 ガビィとマデリンが、真顔で互いを一瞥いちべつした後、ヒメに視線を戻した。


「付き合いは長いが、付き合ってはいない」


「歳の離れた、お兄様という感じですわね。彼、本業が暗殺者ですし、住んでる世界が違い過ぎるせいかしら、これまで親しい異性として見たことはありませんわ」


 それを聞けて、ほっと力が抜けたヒメは、大きくよろけてしまった。サンダルを履き忘れていることに、今、気づく。


「まあ! マリーベル、まだ裸足でしたの?」


「食堂のどこかに脱いだままだった。朝ごはん食べるついでに、探して履いとくね」


 ヒメも二人と一緒に大客間を出ると、なんとジョージが靴を持って、廊下で待っていた。仕事があると言う二人と別れて、ヒメはジョージと食堂へ、戻ってゆくのだった。


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