第47話 その頃、竜の巣では
今朝早くの伝書鳩が運んできた、ヒメの任務の失敗の報告書。王は部下に読みあげさせると、黄金の動物たちに飾り立てられた揺り椅子に深く腰掛け、イライラと片足で椅子をゆすった。
「ふん、エメロ王め、仮病でも使って姫を引き留めるつもりか」
荒い呼吸が鼻から噴き出る小さな火柱となり、謁見の間はしぃんと静まりかえっていた。
(うわ……入りづらいなぁ)
一人の竜の巣の男が、躊躇する心に鞭打って、謁見の間に入ってきた。あの襲撃の日以来、いつまでも塞がらない傷口から血が止まらず、今朝早く息を引き取った戦友を、王に
「そうか……これで三人目か」
「いえ、五人目です」
「五人目って
「え? はい、申し訳ございません……」
王はふんっと鼻を鳴らし、何か思案するように、巨大な黄金色の眼球をぎょろぎょろと泳がせた。黄金の乗っかった重たい揺り椅子をぎっしぎっしと揺らしながら、巨大な黒いトカゲのような図体もゆする。
「あの襲撃で五人を失ったか。ふぅむ、たかだか五人、されど、五人。竜の巣の民は人数が少ないでのう、五人も戦士が減っては、それだけ我が城が手薄になるというもの……」
高い天井に作られた天窓から、一日の始まりを告げる斜光が、床の豪華な絨毯に落ちている。
今朝、息を引き取った者が出たと――王は巨大な両眼を細め、窓を眺めた。小さな鳥が羽ばたいてゆくのが見える。
「次の襲撃がいつ頃なのか、見当もつかんしな」
顔と姿勢を戻すと、かたわらの文机に山と盛られている果物を片手でわしづかみして、耳まで裂けている大きな口の中に放り入れた。
しばし、ぐちゃぐちゃと咀嚼音。王が片方の鼻の穴をふさいで、フンッと力むと、ぶどうの種やりんごの種、皮や芯が、もう片方の鼻の穴からビュンビュン飛んできて、絨毯を汚していった……。
(王ってそんなふうに種吐くんだ)
どうりで足元が種だらけのぐちゃぐちゃだと、男は納得した。自分のひたいにリンゴの皮が飛んできたが、払うのは後だ。
「まだネイルの子供たちも小さい
「は!」
「地図を持て。ネイルはどこにいる」
「王子は現在、伴侶を失った者たちの部屋を訪問し、お話をお聞きになっております」
「なに? あいつはほんっとに優しいの~。
よっこらせ、と片足を組む竜の巣の王。
ネイルとよく似た、召喚師の服装でも、この王とネイル王子は性格が正反対だと、竜の巣の男は思った。言わないけど。
(あと、太り過ぎでは、って言ったら絶対殺されるだろうな~)
酒と肉の
誰も言わないけど。
間もなくして、地図と、それから各国で目星をつけていた「補充要員」の一覧表を小脇に、別の者が謁見の間に入ってきた。
要員の覧には、エメロ国のシグマ・グラムとマデリン・グラムの名前も入っていた。王に丁寧に手渡した部下だったが、老眼鏡を持ってき忘れたことに気がついて、大慌てした。
「んー……? 字が小さいぞ! もっと大きく書かんか、このたわけが!」
あわや謁見の間が火の海になる、その寸前。
部屋と廊下を隔てるタペストリーを静かにくぐって、長男のネイル王子が入って来た。憂いを帯びた青い両目で父王を見上げ、その怒り狂うさまを見て、自分の取るべき行動を判断した。
「父上、お呼びでしょうか」
どんな事態にも冷静さを崩さない、優しい口調で父に尋ねる。
王がようやくネイル王子の訪問に気づき、椅子に座り直した。
「おおネイル、来てくれたか。もう少しこちらに来なさい」
ネイルが返事をし、王の火炎放射が届く範囲まで入ってゆく。黒髪を裂いて生える大きな二本の
角が生えているのは、王を除いて彼だけだ。だんだんと
(ネイル王子~!)
(助かった~!!)
部下たちが静かに歓声を上げていた。王が頻繁に噴火する火山ならば、ネイルは確実に鎮火してくれる慈雨。
王はヒメの任務の失敗を、エメロ王の姑息な作戦だと邪推し、ネイルに愚痴り始めた。
ネイルは王の長時間の愚痴にも嫌な顔一つせず、静かにうなずきながら聞いてあげていた。その間、部屋にいる部下を含めて、ずっと立ちっぱなしだった。
王子は平気そうにしているが、本当は仕事が押していること、まだ仲間たちの話を聞き終えていないこと、子供たちと遊ぶ約束をしていること等々、ネイルの部下たちは主人の心情を思うとやるせなくなる。
彼が王位を継承できる日は、いつ頃に来るのだろうか。継承した後は、この横暴な火炎放射器はおとなしくしてくれるのだろうか。
いつかそうなる日を、竜の巣一同、待ちわびているのだった。
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