第46話   VS マデリン!

 ジョージとメイドは、ヒメの提案に猛反対だった。


 しかしヒメは、二人に無理を言ってグラム伯爵との食事を望んだ。おしゃべりな伯爵ならば、こちらが黙っていても、いろいろなことをしゃべってくれそうな気がするのだ。……少し意見はかたよっているかもしれないが、そのへんは適当に聞いておこうと思う。


 せめてその破けたドレスは空き部屋で直そうということになり、かなり大きな穴だったので、メイドは苦肉の策でスカートを腰部分から折りこんで穴部分を隠し、さらに腰の派手な色のリボンをもっとふんわり巻くことで、腰部分の不自然な分厚さを隠した。


「姫様、あの、あの、もう着衣を破くことはおやめくださいませね。この服、うちのお爺ちゃんが引退前にと、作ったものなんです」


「え? そうだったの!? ご、ごめんね、絶対にこれ以上、汚さないようにするから」


 ジョージとメイドに詳しい理由を話さないまま、ヒメは食堂のテーブルに着席していた。


(お料理はまだなんだね。グラム伯爵が到着するまでに、運ばれてくるといいな)


 両開きの扉が突然、シンバルみたいな騒音とともに蹴破られた。


 現れたのは、どう贔屓目ひいきめに見ても、めちゃくちゃ機嫌悪いマデリンだった。その両手には、抜き身の剣を二本も握っている。


「マデリンさん!? どうしたの!?」


「ふ・ざ・け・な・い・で! どうしてお父様を朝食にお呼びしますの!? これ以上の面倒事を増やすのでしたら、受けて立ちましてよ!!」


「ええ!? って、ちょっと待って! なんですでに抜剣ばっけんしてるの! しかも二本!」


 マデリンは持っていた剣の片方を、白いテーブルクロスのかかった長テーブルの端から、ヒメの目の前へと滑らせた。


「わたくしも騎士道を重んじる乙女、丸腰の相手に戦いは挑みませんわ」


「私は挑むなんて一言も」


「お黙りなさい!! これは稽古用ですから刃はありませんわ。その分、当たると痛いですわよ!!」


 剣の重さに巻き込まれたテーブルクロスが、しわくちゃになって剣を包み込んでいる。


 食事などさせない、という意志表示に見えた。


 ヒメは椅子から立ち上がると、刃のない剣を、試しに利き手である右腕で持ってみた。


(うーわ、重ぉ……腕の筋肉を付けるための目的もあるのかな)


 軽く左右に振ってみたが、手首や腕がふらつく。力いっぱい振らないと風を切る音を鳴らすのがやっとだ。


(三男さんに稽古を付けてもらうときは、ちゃんと刃があって、もっとずっと薄くて軽い改造タルワールだったんだけど、これはその五倍は重いかも)


 これでは、不慣れなヒメのほうが、絶対に振りが遅れる。相手の動きを予想しながら動くしかなさそうだ。


「グラム家の名にかけて、このマデリン・グラム、参りますわ!!」


 マデリンは剣の切っ先を早くもヒメに向けて、やる気まんまんである。本で読んだ闘牛というものが、ヒメの脳裏に浮かんだ。


(私に勝って、どうするつもりなんだろ。なんだか嫌な予感がするぞ、勝たなくちゃ!)


 やめる、と言っても聞いてくれなさそうだし。

 マデリンの利き腕は右のようで、剣の長さは互いに同じ。それだけ確認して、ヒメは意を決してサンダルを脱いだ。まだ昨日の靴擦くつずれが治っていないのと、ゆったりした作りの靴では戦いづらいから。


「わかった、受けて立つよ!」


 その言葉にマデリンがにやりとした。彼女の刀身に、ヒメの顔が映る。


「では、わたくしから行きますわよ!! はぁあああ!!!!」


 金貨みたいな色の長い髪をなびかせて、すごい気迫とともにマデリンが間合いを詰めてきた。左斜めに斬り上げようとする、その切っ先がぎりぎり届かない範囲までヒメは後ろに下がり、試しに軽く、マデリンと剣先を打ち合わせてみた。


 ガキーン! と力強く打ち返されて、危うく剣の柄がヒメの手から離れかける。


(うーわ! 力強いなぁ~。だったらこうだ!)


 マデリンがすかさず間合いを詰め、今度は右斜めに振り下ろそうとする。ヒメはその切っ先がぎりぎり届かない範囲まで後ろに下がり、マデリンの剣先を、彼女が回転を加える方向と同じ方向に、思いっきり剣ではたいた。


 マデリンが、わずかによろけた。自分が力を加えている方向に、ヒメがさらに力を加えたので、腕が大きく振りかぶってしまったのだ。


「今だ!」


 今度はヒメが踏み込んだ。マデリンのがら空きの左腹部に一撃入れようと、重たい剣を思い切りぶん回す。


 しかしマデリンが体を半回転させてひらりと攻撃をかわし、あわやヒメのほうがマデリンの薙ぎ払いを背中に食らいかけた。


 ヒメは思い切りしゃがんで打撃をかわし、素早く身を起こすと走ってマデリンから距離を取った。


 マデリンが再び、剣を構える。


「素早いですわね、まるで猿みたい」


「しゃべってると舌噛むよ」


 口では生意気に煽ってみせるが、マデリンとまともにやり合うのは、もうあきらめていた。


 ヒメはお得意の剣技のかまえに変えた。足を前後に開いて重心を下半身へ、胴体部はやや力を抜いた猫背に。さらに利き手ではないほうに剣を持ち変え、刀身を肩に乗せた。重たい武器など、無いよりマシ程度のお荷物だった。


「なんですの、その下品な構えは」


 マデリンの構えは騎士の家系らしく、すっとした堂々たるたたずまいだ。


「まるで山賊ですわね。一国の姫がするものではありませんわ」


「山賊より、もっと怖いモノかもしれないよ」


 ヒメは悪びれもせず、自分の育ちを誇った。


 そのことがマデリンのかんに障り、彼女の呼吸をわずかに荒くした。


 ヒメは外道な竜の巣の出身。かっこよく勝つことが、目的ではない。狙うは、めくらましの隙に逃げるか、相手の戦闘不能!


『まだヒメさんが剣術を習うには、早すぎるね。いろいろと心構えとか必要だからさ。まずは、護身術から始めようね』


 初めて三男から習った、一番最初の護身術、それは――相手をひるませるほどの、気合いの入った雄叫び!


「グアアアアアアア!!!」


 雄叫びをあげながらヒメは壁沿いを走りだした。


 そして昨夜リアン王子が眺めていた窓辺に足をかけて壁を上りだし、天井近くで壁を蹴って、剣を素振りする勢いと回し蹴りで体を半回転。


 見たこともない奇行に驚いたマデリンが、その場に固まっていた。


 その隙を、ヒメは見逃さなかった。


 派手にめくれあがったスカートからのぞくすらりとした足の、太ももの革ベルトがマデリンの目に入る。


(その高さからナイフを投げますのね!)


 と思ったら、革ベルトには一本も差さっていなかった。


(!?)


(もう破かなきゃ取れない場所には、ナイフを隠さないからね、メイドさん!)


 腰に巻いたリボンの隙間、胸元、髪飾りに隠していたナイフを片手に、さらに空中で肢体をひねって、ナイフを投げる腕に遠心力を付けた。


 マデリンの顔めがけて飛んでくる刃物に、しかし彼女は冷静にしゃがんだ。髪に編み込まれたエメラルド色のリボンが床に落ちる。


 壁から下りてきたヒメへ間合いを詰めようと足に力をこめた刹那、背後の椅子が倒れ、マデリンはよろけて右膝をついてしまった。とっさに剣を杖替わりに、絨毯に突き立てる。


 足下を見ると、マデリンがいつも重心を置く左側の靴の先が、ぐっさりとナイフに貫かれて、絨毯に縫いつけられていた。


 さらに、後ろで倒れている椅子の足に、スカートの左っかわがナイフ二本で留められている。彼女の転倒と、椅子が倒れたのは、これが原因だった。


 マデリンがスカートを無理矢理に引きちぎってる間に、ヒメが着地。突進せんばかりにマデリンに接近し、大木を斧一本で叩く木こりのごとく薙ぎ払った。


 朝の訓練時と同じ金属音が、部屋中に響く。


 マデリンの手から剣が吹っ飛び、壁に当たって跳ね返ったのを、ヒメが急いで駆け寄って回収した。


「ハイ、私の勝ちでいいよね」


 剣二本を両手で抱え持ち、ヒメは乱れた呼吸の合間から勝ちを宣言した。


 マデリンが靴に刺さったナイフを引き抜いて、そのへんに放った。


「指定された武器以外を使うなんて、汚いやり方だと思いませんの」


「指定って? 誰に指示してるのさ、敵はあなたのルールには従わないよ」


 実践で使えない決まりなど、守る意味が無い。ましてや竜の巣の民は、仲間以外の者が作った決まりを、ほとんど守らないのだ。たとえ一国の王の願いであっても、あっさり裏切る。


 ドレス職人を祖父に持つメイドとの約束は守りぬいたが、それはヒメのもともとの性格からくる結果だった。


「グラム伯爵を食事に呼ぼうとしたことが、どうしてそこまであなたを怒らせたのかはわからないよ。誰も教えてくれないからね」


「……」


 顔色悪く座り込んでしまっているマデリンから、ヒメは視線を逸らした。


「次に襲ってきたら手加減しない。刃物ならたくさん隠し持ってるんだからね」


 マデリンが返事をしない。朝が弱いのだと、ガビィが言っていたのを思い出す。


 そのガビィが、扉を開けて部屋に入ってきた。床に散乱するナイフ、倒れた椅子と、座り込んでいるマデリン。

 そして剣を二人分持って、きょとんとしているヒメと目が合う。


「今度はなんの騒ぎだ」


 稽古場での騒ぎといい、ガビィは腰に手を当ててヒメたちに尋ねた。


 マデリンが今日一日分の元気を使い果たしたかのように、ボーっとしている。


「ごめんなさい、ガビィ。勝手なまねを」


 ガビィは二人に怪我がないことを目視すると、ぴんぴんしているヒメに歩み寄った。


「姫」


「だって! マデリンさんから襲ってきたんだもん! 謝らないからね!」


「謝罪など求めていない。何があったのか、説明してほしいだけだ。ひとまず、場所を変えよう」


 ガビィがヒメの持っている重たい剣を、右腕で抱えるようにして軽々と預かる。その際、朝は両腕にはめていた白銀色のガントレットが、左腕だけ無いことにヒメは気づいた。


「マデリン、立てるか。姫、肩を貸してやってくれ」


「はーい……もう、しょうがないなぁ」


 マデリンが立たないので、ヒメは彼女をおぶることになった。


(もーぉ、エメロ人って面倒くさい人が多すぎるよー)


 朝ごはんまだなヒメは、若干ふらつきながらもマデリンを廊下へと運んだ。


「で? どこに運べばいいのガビィさん」


「姫様……」


 部屋の外であわあわしているのはジョージだった。この異例の騒ぎを穏便に治められるのは、ガビィしかいないと思い、呼んできたのだ。


「今日の食事作法のお勉強は、お休みしましょう」


「うん、そうしてくれると助かるよ」


 授業よりも、今すぐ何か口に掻き込みたいヒメなのだった。

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