第33話   竜殺しの騎士

 ヒメがエメロ王と謁見えっけんする前に、王妃のドレスに着替えさせられていた頃。


 城内は年若いメイドを始め、大勢の若者が城での仕事を放棄してしまい、今は残った者だけで、なんとか仕事を回している状態であった。


 そんな中、若いメイドに化けた竜の巣の民は、世間知らずなヒメにエメロ王への絶望の吐き方を指導するべく、階段を下りてゆく。一段下るたび、黒いリボンでまとめた金髪のポニーテールが揺れる。


「ん……?」


 階段の踊り場に、全身を白銀の甲冑で包んだ青年が立っていた。その背中には、竜の巣の民のうろこをも斬り裂く長剣、『竜殺し』を背負っている。


 かぶとに覆われたその表情はわからないが、そのちで、何をしに待っていたのか、察したメイドはため息をついた。


「ガブリエル王子の命令で、あなたが動くとは思いませんでした。ガブリエル王子は異国の友人が多いですね」


「少し、お時間をいただく」


 兜のせいで声が少し小さく聞こえるせいもあるが、この青年はもともと大きな声ではなかった。両肩には、毎年恒例こうれいの剣技大会で優勝者のみに与えられる勲章が、いくつも輝いている。


貴殿きでんはこれまでも、ガブリエル殿どのから説得されてきたはずだ。姫様の立場を危うくする言動は、もう少し先延ばしにしてほしいと」


 メイドは鼻じろんだ。


「そしてわたくしは何度も、こうお答えしてきました。私はガブリエル王子の部隊ではなく、竜の巣の王の部隊ですから、王子のおこころざしよりも王の命令を優先する立場にあります、と」


 すると、天井から階段の下から、同胞の殺気を感じた。囲まれたことを悟ったメイドは、一歩退しりぞく。


「なんのつもりですか。私はこれから、ヒメ様がエメロ王に絶望を吐けるよう、ご指導に向かわねばなりません。足止めならば、受けて立ちますよ」


「我々はガブリエル隊長の命令で参りました。マリーベル姫のお立場を危うくする行為は、先延ばし願いたい」


 姿は見えなくても、同胞の声が聞こえる。ガビィが部隊の半分以上を、エメロ城に移動させていることはメイドも知っていたが、竜殺しも連れていっせいに囲んでくるとは予想していなかった。


「まだそんなことを言って……私が命令違反で、竜の巣の王に焼き殺されるのを見たいのですか?」


 メイドは金色の眉毛をつり上げて抗議する。


 そこへ、ふわふわの長い髪をした、年上の大人っぽい雰囲気のメイドが、長いスカートを揺らしながら階段を優雅に上がってきた。


「あなたは違反にはなりませんよ。姫様は本日より、任務を失敗し続けるのです」


「失敗? 私が付いていれば、ヒメ様は失敗などいたしません」


「いいえ、失敗してしまうのです。エメロ王は数日前から体調が悪化し、どなたとの会話も困難な状況です。姫様とも、お会いできません……という設定で、時間を稼ぎます。猶予は、姫様の誕生日までで充分です。どうかご協力をお願いいたします」


 誕生日まで――。

 王族の誕生日には、国民と王族が一緒になって、華やかに祝うという伝統がある。マリーベル姫が、初めて国民と顔を合わせて、自分がどういった立場であるのかを、自覚してしまうかもしれない日……。


 メイド二人は、ほとんどにらみ合うように見つめ合っていた。口調も仕草も、それぞれのメイドを模しているため、対立していても落ち着いている。


「そのような芝居しばいで、竜の巣の王が納得するとでも思うのですか?」


「納得させてください。あなたの飛ばす伝書鳩で、エメロ王の体調の都合が合わないという、報告をお願いします」


「そんなことをして、私になんの得がありますか? 竜の巣の王に嘘をついてまで、私があなた方をかばう理由がありませんが」


 すると、大人っぽい雰囲気のメイドと、兜で素顔がまったく見えない青年が、ちょっと顔を見合わせた後に、ため息をついた。


「竜の巣が最近、白銀の竜の卵による襲撃を受けた話は知っていますね」


「……」


「長い間、この城に仕えてきたあなたなら、理解できるはずです。我々竜の巣のためにも、今、このエメロ国を揺るがすわけにはいきません。この国は、白銀の竜にとってかなめですから」


「要? ガブリエル王子が編成した調査隊が、隣国から持ち帰った結果に対して言っているのですか?」


 大人っぽいメイドが微笑んだ。


「説明する時間が省けて助かりました。ちなみに調査隊の隊長は、私のとなりにいる彼なんですよ。ご存知でしょうけど」


「……」


 青年が無言でお辞儀したのを確認して、大人っぽいメイドは再び前を向いた。


「彼の率いる調査隊が、どのような結果を持ち帰ったのか、それもあなたなら、ご存知のはずです。そして伝書鳩に託して、竜の巣の王にも伝えているはずです。それなのに、なぜ竜の巣の王はエメロ国に圧力をおかけになるのか、そこまでは不明なのですが、ともかく、まだエメロ国を安定させなければいけません。ただでさえ近年は、王子の件でエメロ国が荒れているのですから、これ以上の不安要素を作ってはいけません」


「私が、どんな説得にも応じずに、竜の巣の王の命令を遂行する、と言ったら、どうしますか?」


 漂っていた殺気がいっそう濃くなり、目の前の壮麗な騎士は、背中のつるぎを音高く引き抜いて、甲冑に覆われた両足を開いて腰を落とし、両手でどっしりと構えた。


 刃の位置がわからないほど白銀に輝く剣先が、一寸の躊躇なく、ポニーテールのメイドに向けられている。


「殺しはしない。だが数日は立てないようにして、部屋に軟禁いたす」


「……ふん。エメロ人のあなたが、どうしてガブリエル王子に味方するのか、理解しかねます」


 メイドはポニーテールを大きく揺らしてきびすを返すと、階段を上がっていった。


「お誕生日までですからね。それ以降は、私は任務を遂行します」


「感謝します、同胞よ」


 肩をいからせて上ってゆく同胞を、大人っぽいメイドは深々と頭を下げて見送った。


 しかし、あのメイドが約束を破って、ヒメに近づくかもしれないので、しばらくはヒメに見張りをつける必要があった。


「本日はご協力をありがとうございました」


 大人っぽいメイドは、騎士の青年にも頭を下げた。


「以後は、私たちにお任せください。もしものことが無いように、ヒメ様を警護いたします」


「万が一に備えて、この剣は、常備しておく」


 青年の協力的な声色に、メイドがきょとんと顔を上げたのち、微笑んだ。


「ありがとうございます」


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