第25話   あなたの話なら……退屈しない

 外から見ると、さほど大きく感じない店だが、じつは両隣の建物も、変装屋の店だった。


 あの店主は、客層に合わせて、案内する部屋を変える。


 ガビィが初めて入ったとき、四面が鏡張りされた奇妙な部屋に案内された。灯りも多くて、ガビィの姿が、どの鏡にもはっきりと映っていた。


『……不愉快な部屋だ。そんなに俺をはずかしめたいか』


『ばかなこと言わないの。ここには、とてもステキなお兄さんしか映っていないわ』


 からかうような内容と、抑揚のない口調が不協和音を奏でている。ガビィの睨む鏡の中で、奇抜なピエロが鏡の一枚に背中を預けて、ガビィの姿を、鏡越しに眺めている。


『竜の巣の民の、ガブリエルくんでしょ。噂だけなら知ってたわ。今日はどんなご用なの?』


『……』


 用件は、とくに無かった。


 自分の率いる部隊の一人から、ここの店主と話してみてはどうかと言われたことを思い出して、なんの気の迷いか、足を運んだ。


 店主は、ガビィの噂だけなら知っていると言っていたが、どこまで知っているのか。……無表情でいぶかしむガビィの真っ赤な眼光に、鏡越しの道化師がいびつに微笑む。


『誰しもが自分の容姿に、とても大げさな劣等感をいだくわ。死ぬまで、そうやって苦しみ続ける人もいる。あなたもこのままじゃ、きっとそうなってしまうのね』


『……そうかもしれないな』


『あなたの髪は赤いわ。あなたの目の色も赤い。あなたの肌に、うろこはないわ。じゃあ、どうする? 髪を染める? 別の瞳の色を入れる? 鱗そっくりのメイクを、してみる? 補う方法は、いくらでもあるわ』


『……俺は、この容姿をどうにかするつもりはない。ただ、自分で納得のゆく生き方ができれば、それでいいんだ。エメロの王子が、なんの迷いか俺を近侍きんじに指名した。あの王子のとなりに、なんの違和感もなく、立っていることができれば……それでいい』


『お城にふさわしい衣装なら、貸してあげるわ。居場所は、ご自分の実力で勝ち取ることね……』


 ガビィはずっと両腕を組んで、背後の鏡にもたれる店主を鏡越しに眺めていたが、厚化粧に隠れたその顔に、戸惑いも恐れも、侮蔑もみ取れなかった。


 あの王子と同じだ。


 ガビィは、静かに天井を見上げた。天井にまで、鏡が貼ってある。たくさんの鏡に、どこまでもガビィ自身が続いてゆく。


『……服は、自分で用意する』


 赤い双眸を閉じて、ガビィは深く息を吐いた。


『……帰る』


『またいらっしゃいな。あなたのお話なら、退屈しないわ』


 意外なことだが、ガビィがエメロ国で初めてできた理解者は、変装屋の店主だった。


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