第27話   もうすぐ、誕生日

「ガ……ガブリエル、さん」


 ヒメは顔を真っ赤にしながら、声をかけた。


「兄貴、見て見て! ヒメさんがんばったんだよ。兄貴が無茶ばっか言うから、ちゃんと一般人に変装してきたんだよ」


 三男の計画では、全員がささっと変装して、ヒメもそこそこ露出を抑えた服装に着替えて、ささっとお城に潜入して、ささっと帰る、そんな予定だったのに。ガビィのせいで、もうめちゃくちゃだ。


 がんばっているヒメのことも、褒めてあげてほしかった。

 それなのに、ガビィの表情は少しも緩まない。


「……竜の巣の民なら、変装は当たり前だ。姫はただ着替えただけだろ。それの何をがんばったと言うんだ」


「あーのーさぁ! 兄貴さぁ! この服装がヒメにとってどれだけ恥ずかしいのかわかってんだろ!」


「恥ずかしいから任務を放棄して逃げ出すのか? そんな者、足手まといだ」


 三男がクリスさんの顔の特殊メイクがひしゃげるほど、顔をゆがませる。


「そんなんだから兄貴はモテないんだぞ!」


「……結構だ。姫、背中を丸めていては目立つ。姿勢を正すんだ」


 ガビィが、ヒメに声をかけた。


「あ、うん。背筋を伸ばすんだね」


 いつもの調子で助言してくれるガビィに、ヒメも調子を取り戻した。街灯の下で、しゃんと背筋を伸ばす。


(ん?)


 ガビィの赤い双眸が、わずかに見開いた。


 明るく照らされたヒメの顔には、ほんのりオレンジに染まった頬と、瑞々みずみずしくふっくらと描かれたオレンジ色の唇が。衣装までオレンジ色だ。


変装屋あいつめ。どういうつもりだ)


 ヒメはキリッと目じりをつり上げると、ガーターベルトの内側に挟んでいた小型ナイフを取り出して、片手に構えた。


「いついかなる時でも、油断はしないよ!」


 ガビィがすかさずナイフを取り上げた。表通りで刃物を光らせるヒメに、まだまだ教えることの多さを感じて、ため息が漏れた。


「一般人は、体中に刃物を隠し持たない」


「ええ!? じゃあエメロ国の人って、どうやって身を守るの!? まさか、素手すででみんな倒しちゃうの!?」


「……身の危険を感じたら、兵士を呼ぶんだ。それと、街の中で刃物を振り回してはいけない。それが許されるのは、兵士のみだ」


「危なくなったら、兵士を呼んで助けてもらうの? エメロ国って、ヘンなの」


 いつも誰かに助けてもらってばかりで、そのことに罪悪感を抱いていたヒメにとって、さらに誰かを呼びつけて頼るなんて事が、許されるとは思えなかった。


(ガブリエルさんには悪いけど、やっぱり自分の身は自分で守ろうっと)


 まだまだ武器を隠し持っていることは、彼には黙っておくことにした。




「ヒメさん、こっちだよ」


 クリスさんの声で、クリスさんそのものな顔で、三男が先頭を歩きだす。ヒメはそれに続いて、その後ろを、ガビィが歩いた。


 変装していないガビィの高身長は、通りを歩く男性より頭一つも二つも飛び抜けている。金髪だらけのエメロ国で、彼の真っ赤な髪は大変よく目立つ。


 明るい昼間だったら、奇妙な三人組として人目を引いたかもしれないが、すっかり暗くなった街中まちなかでは、あまり目立たなかった。


 しかも、夜だというのに、人の通りがそんなに減っておらず、皆どこか浮足立っている。


「もうすぐ姫様のお誕生日パーティよ! 今年はどんなドレスを着ていこうかしら!」


「マリーベル様は、今年で十六歳におなりになるわ。エメロ王様は、どなたとのご婚約をお考えなのかしらね~」


「王族のお誕生日には、王族の全員が勢ぞろいして、国民へお顔をお出しになる決まりだが、はたして、エメロ王のご容態は……」


 マリーベル姫という女性の名前が、頻繁にヒメの耳に入る。


(きっとエメロ国の、お姫様の名前だ)


 どうやら王族の誕生会は、毎年派手はでに行われるらしい。楽しみにしている人もいれば、病床に伏すエメロ王の容態を心配している人もいる。


(マリーベル姫、もうすぐ十六歳になるんだ。私とおなどしなんだね。誕生日も私と近いみたいだし、私がなりすますのは、たぶん、このお姫様のことだな)


 ヒメは竜の巣の王から、エメロ国の姫になりすますように命令されている。エメロ国の姫になりすまし、エメロ国の王に、あらん限りの絶望を吐いて帰るのが、ヒメに与えられた任務なのだが……。


(うーん、お金の払いが悪いエメロ国への、牽制けんせいのためって王様は言ってたけど、どういう仕組みで、牽制になるんだろ……)


 一人考えていたヒメは、ふと、浮かれる庶民の間をって出てきた本物の衛兵と目が合って、慌てて一礼した。


 衛兵も気づいて立ち止まり、ガビィに「夜分のお勤め、お疲れ様です!」と敬礼してから、去っていった。


 変装屋のある方角へと。


「え……?」


 ヒメが振り向いて、衛兵の背中を視線で追うと、やっぱり変装屋のある方角へと歩いてゆくではないか!


 変装屋はまだ灯りを点けていて、夜でもおしゃれに輝いている。


 ヒメは青ざめ、後ろのガビィと並びだす。


「ねえ、衛兵のお兄さんが、変装屋さんに近づいてるよ。店主さん、捕まったりしないかな」


「衛兵の目も誤魔化ごまかせない者が、我々と組むことは不可能だ。心配するな」


 ガビィは後ろの店を振り向かずに説明した。とても早口で。

 ヒメは「へ~」と感嘆した。


「変装屋さん、すごいね。お化粧の名前も教えてくれて、とっても親切だし」


 ガビィが鋭い眼光で一瞥いちべつした。


「……その化粧、城についたら落とすぞ」


「え!? どうして!? せっかく綺麗にやってもらったのに」


「……理由はあとで話す」


 ガビィは荷物を担いでいた手を持ち変えて、その火色の瞳で、エメロ城の方角を眺めた。


(もしかして、お化粧して綺麗にしたら、目立っちゃうから?)


 ヒメは変装の難しさに、うーんと眉間にしわが寄る。一般人のふりをして人混みに紛れ、でも気合をこめておしゃれし過ぎると、今度は目立ってしまうと。


 そもそも、よく目立つガビィと並んでいるだけで、そうとう目立っているのではないか。

 そしてヒメは、お化粧して綺麗になった顔をさらして、街を歩いている。


(あれ?)


 今更いまさらだが、マリーベル姫のそっくりさんが、こんなに堂々と街中まちなかを歩いていること事態、危険なのでは。


 ヒメはどんどん不安が湧き上がってきた。


「ガブリエルさん! 私はエメロ国のお姫様の偽物にせものなんだよね。もっとこそこそしてなきゃ、本物のお姫様と鉢合わせしたとき、まずいよ!」


「……」

 ガビィは答えない。明後日あさっての方向に赤い目が泳いでいる。


「ちょっと!? まさか、考えてなかったの!?」


「……」


 ヒメはわらにもすがる思いで、クリスさんっぽい三男の横に駆け寄った。


「ねえ三男さん!」


「あー……えーっと、本物のお姫様に会う前に、ヒメさんが城を脱出すればいいんだよ」


「え? 私、そんな素早い行動ができる自信ないよ。お城の内部、どうなってるのか、ぜんぜんわからないし」


「俺らが案内するからさ~」


 どこか焦りを隠せない三男と、その彼をジト目で見下ろすガビィ。


「……お前、本当に姫を竜の巣に戻すつもりか?」


「え? 当たり前だろ?」


「……俺は反対だ。姫の居場所は、別のところにある」


 ガビィは静かにそう言うと、ヒメと三男を追い越して、足早に先を進みだす。その大きな背中にヒメは戸惑い、三男は舌打ちした。


「なんだよ、あいつ。どうして俺らと真逆のこと言うんだよ」


 ヒメは三男の舌打ちを初めて聞いた。

 どんどん兄弟仲が悪くなってゆく……。ヒメは悲しくなってきて、一周回ってガビィに腹が立ってきた。


(どうしてそんな態度ばかり取るの、ガブリエルさん! いったいあなたに、何があったの!? みんなと仲良くしてくれなきゃ、私、悲しいよ……)


 心の中でヒメは叫ぶが、街中まちなかで大声を出す勇気はなかった。


 マリーベル姫の誕生日が近いせいだろうか、街を歩く衛兵の数が多い。彼らは皆、ガビィを見かけると、一声ひとこえ挨拶するために歩み寄ってくる。


 ヒメは目立たないように、三男の後ろを、うつむいて歩いた。ぷんぷんにむくれて。


(ガブリエルさんの……さんのバカァ!)


 今度、腹が立つことがあったら、絶対にこう言って、驚かせてやる。そう誓ったヒメであった。


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