第28話   マリーベル姫の帰城

 夜空を背景に、鮮やかな翡翠ひすい色の三角屋根をいくつも載せたエメロ城が、壮麗そうれいなたたずまいでヒメたちを見下ろしている。


「わあ、窓がいっぱいあるよ、キレイ……」


 ヒメは明かりをこぼすたくさんの窓硝子がらすに、感動していた。

 ヒメの知る窓は木戸になっていて、竜の巣の民は普段から木戸を閉めているため、夜でも煌々こうこうと輝くたくさんの窓硝子は、幻想的で美しく感じた。


「ヒメさん、こっちだよ」


 三男のクリスさん声による導きにより、ヒメは、何重もの鉄のさくが行くを阻む、お城の門へとやってきた。


 鋭いやりを片手に立っている、大勢の屈強な衛兵に凝視され、ヒメは小さくお辞儀じぎする。


 ヒメたちより先を歩いていたガビィが、屈強な衛兵に近づいた。


「姫をお連れした。通してほしい」


「……」


 鉄かぶとの中の鋭い眼光が、ガビィと、背後のヒメを確認する。


「失礼ですが、貴方あなたが本物のガブリエル様だという証を、お見せください。我々では竜の巣の民の変装を見破れませんので」


「わかった」


 ガビィが勢いよく息を吸った音が、後ろのヒメにまでヒュッと聞こえた。


(なんの音?)


 ヒメがようやくガビィに追いついたのと、ガビィがあごをついと上げて、煙管きせるの煙を吐くような軽さで、ボッと赤い火柱を吹き上げたのは同時だった。


(ガビィさん火ぃ吹けるの!? 初めて知った!)


 驚きのあまり青い目を見開いて、無言になってしまったヒメに、衛兵はさっきまでのいかつい表情とは打って変わって、笑顔で会釈えしゃくした。


「どうぞお通りください、マリーベル姫。我々エメロ国民一同、姫様のご帰郷ききょうを心待ちにしておりました」


「え……あ、りがとう……?」


 ご帰郷とは、どういうことなのだろう。

 ヒメは自分の戸惑いをおさえるために、考える。


(きっと本物のマリーベル姫は、異国に旅行してるのかも。だったら、好機だな! 私とばったり出会っちゃうことないもの)


 なんにも情報が無いなりに、勝手に想像して勝手に納得してみた。たしかな情報元かどうか、調べることが重要だと、竜の巣の教科書に載ってあったが、今はとりあえずの間に合わせだ。


「ああ、そうです、姫様これを」


 衛兵の一人が、思い出したかのように、背負っていた荷物を肩から下ろした。

 見覚えのあるかばんだ。


「あ、それ、私の荷物だよ。どうして兵士さんが持ってたの?」


「姫様のお仲間から、預かっておりました」


 仲間とは。ヒメは初めての遠征の際に、足が疲れて疲れて、千鳥足ちどりあしとなり、見かねた仲間の一人が、ヒメの荷物を持ってくれたのだ。

 それ以来、ヒメだけ手ぶらだった。


 鉄の柵が次々と横に引かれて、ヒメたちに道を開けた。どの柵にも細かいバラを模したトゲが仕組まれており、もしも狼藉ろうぜきものがよじのぼろうものなら、手の平に硬いうろこでもない限り、無事では済まないだろう。


(さすがお城……私じゃどこからも潜入できないかも)


 それこそ、お城の人に変装する、ぐらいのことをしなければ。


 下げられた柵を横目に、ヒメたちは先を進む。ついにエメロ城の正面玄関へと到着した。


「わあ……。これ人の手で開けるの大変そうだね」


 背の高い馬車でも余裕でくぐれそうな、大きな扉だった。四隅を巨大な鉄枠で固定しているため、木の重さと合わせたら、そうとうな重量がありそうだ。


 の長い斧を持った門番が二人、両脇に立っている。


 ヒメは姫っぽく振る舞おうと、少し話し方を柔らかくしてみた。


「ただいま戻りましたわ。ちょっと帰るのが早かったかしら?」


 その似合わない猫撫ねこなで声に、ガビィも三男もドン引きした。


「ヒメさん、普通にしゃべったほうがいいよ」


「え? そ、そう?」


 小声で話し合う三男とヒメに、門番が咳払いする。城壁の門番である本物のクリスは、明日まで持ち場に就いているはずだから、この場にいるのは、竜の巣の民とわかった。


「クリス、くれぐれも城の内部を刺激せぬようにお願いする」


「わかってるよ。行こう、ヒメさん」


 ヒメも門番に一礼。門番も深々とお辞儀した。


 もう一人の門番の声を合図に、玄関扉が内側からゆっくりと開いてゆく。


「ふわあ!」


 ヒメは、天井の硝子がらす細工ざいくのシャンデリアに驚いて、一歩下がった。変装屋の天井から降ってきたタオルみたいに、落下する仕組みの罠かと思ったのだ。


「あ~びっくりした、これ、灯りなんだ……」


 天井ばかり見上げて、どきどきする胸を押さえているヒメをよそに、三男は玄関ホールに高齢の執事がたった一人しか立っていないことに、唖然としていた。


「えー? なになに? お爺ちゃん一人だけぇ? もっと盛大に歓迎されるかと思ってた。えー、うっそだー、エメロ国の姫が帰ってきたってのにさー。エメロ国って冷たすぎじゃない?」


 出迎えが地味なのは、姫がエメロ国へ入った際に混乱させないよう、派手な出迎えは避けるようにガビィが指示を出していたから。


「おかえりなさいませ、ガブリエル様」


 高齢な執事が、にこにこと会釈する。その笑みが、ガビィの後ろに隠れていたヒメへと向けられた。


「お初にお目にかかります、マリーベル姫。長旅、お疲れ様でございました」


「え?」


 ヒメは初対面のような対応に面食らった。だって本物のお姫様は、普段はずっとお城にいて、彼らと暮らしているものだとばかり思っていたから。


「は、初めましてなの? あ、もしかして、新しく雇われた人とか?」


「いいえ、わたくしはこの城の中で、いちばんの古株です。マリーベル姫、貴女と私は、今日が初めての顔合わせとなります。私は今このときこの瞬間をもって、貴女にお仕えする執事となったのです」


「は、はぁ……」


 よくしゃべる人だなぁと、ヒメはたじろいだ。


「どうぞ、お見知り置きくださいませ」


 すべてを把握しているかのような老人の微笑みに、ヒメはガビィを見上げた。視線だけで、説明を強く要求するヒメだが、ガビィは背の低い執事を見下ろしている。


「ガブリエル様も、執務しつむしつに。王子様がお待ちです」


「まだ仕事してるのか。マデリンも気の毒にな」


「ささ、姫様は私について来てください」


「あ、はい……」


 マデリン? 執務室? 王子様? ガビィを呼んでる?

 

 ヒメは竜の巣の王が奇妙なことを言っていたのを思い出した。


『エメロのハナタレ王子が、ガビィを気に入ってな、以来ずっとそばに置いておる。エメロの現国王も、王子の護衛に相応しいとかなんとか言いおって、早い話が、うちのガビィは貧乏くじを引かされたのだ』


 ガビィを呼んでいるのは、ハナタレだと言われた王子様だろうか。ヒメはエメロ国に何人の王子様がいるのか知らなかった。


「ああ、そうです、城壁の門番のクリスは、ここでおいとまを。姫様の後ろを、門番のクリスが付いてゆくのは不自然ですからな」


「あ、しまったー。俺そこまで考えてなかったや」


 クリスさんに化けた三男が、ヒメから後ずさって距離を空けた。


「ヒメさん、俺は適当な天井裏にでもひそんどくよ。その執事さんはジョージって名前で、竜の巣の民じゃないけど、しっかりしてるから、何かあったら頼りなよ」


「わかった……。ここまでありがとう、三男さん」


 ガビィも三男も、ヒメとは別方向の廊下を歩いていった。遠ざかってゆく、頼もしい背中二つ……めちゃくちゃ心細くなるヒメである。


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