第28話 マリーベル姫の帰城
夜空を背景に、鮮やかな
「わあ、窓がいっぱいあるよ、キレイ……」
ヒメは明かりをこぼすたくさんの窓
ヒメの知る窓は木戸になっていて、竜の巣の民は普段から木戸を閉めているため、夜でも
「ヒメさん、こっちだよ」
三男のクリスさん声による導きにより、ヒメは、何重もの鉄の
鋭い
ヒメたちより先を歩いていたガビィが、屈強な衛兵に近づいた。
「姫をお連れした。通してほしい」
「……」
鉄
「失礼ですが、
「わかった」
ガビィが勢いよく息を吸った音が、後ろのヒメにまでヒュッと聞こえた。
(なんの音?)
ヒメがようやくガビィに追いついたのと、ガビィが
(ガビィさん火ぃ吹けるの!? 初めて知った!)
驚きのあまり青い目を見開いて、無言になってしまったヒメに、衛兵はさっきまでの
「どうぞお通りください、マリーベル姫。我々エメロ国民一同、姫様のご
「え……あ、りがとう……?」
ご帰郷とは、どういうことなのだろう。
ヒメは自分の戸惑いを
(きっと本物のマリーベル姫は、異国に旅行してるのかも。だったら、好機だな! 私とばったり出会っちゃうことないもの)
なんにも情報が無いなりに、勝手に想像して勝手に納得してみた。たしかな情報元かどうか、調べることが重要だと、竜の巣の教科書に載ってあったが、今はとりあえずの間に合わせだ。
「ああ、そうです、姫様これを」
衛兵の一人が、思い出したかのように、背負っていた荷物を肩から下ろした。
見覚えのある
「あ、それ、私の荷物だよ。どうして兵士さんが持ってたの?」
「姫様のお仲間から、預かっておりました」
仲間とは。ヒメは初めての遠征の際に、足が疲れて疲れて、
それ以来、ヒメだけ手ぶらだった。
鉄の柵が次々と横に引かれて、ヒメたちに道を開けた。どの柵にも細かいバラを模したトゲが仕組まれており、もしも
(さすがお城……私じゃどこからも潜入できないかも)
それこそ、お城の人に変装する、ぐらいのことをしなければ。
下げられた柵を横目に、ヒメたちは先を進む。ついにエメロ城の正面玄関へと到着した。
「わあ……。これ人の手で開けるの大変そうだね」
背の高い馬車でも余裕でくぐれそうな、大きな扉だった。四隅を巨大な鉄枠で固定しているため、木の重さと合わせたら、そうとうな重量がありそうだ。
ヒメは姫っぽく振る舞おうと、少し話し方を柔らかくしてみた。
「ただいま戻りましたわ。ちょっと帰るのが早かったかしら?」
その似合わない
「ヒメさん、普通にしゃべったほうがいいよ」
「え? そ、そう?」
小声で話し合う三男とヒメに、門番が咳払いする。城壁の門番である本物のクリスは、明日まで持ち場に就いているはずだから、この場にいるのは、竜の巣の民とわかった。
「クリス、くれぐれも城の内部を刺激せぬようにお願いする」
「わかってるよ。行こう、ヒメさん」
ヒメも門番に一礼。門番も深々とお辞儀した。
もう一人の門番の声を合図に、玄関扉が内側からゆっくりと開いてゆく。
「ふわあ!」
ヒメは、天井の
「あ~びっくりした、これ、灯りなんだ……」
天井ばかり見上げて、どきどきする胸を押さえているヒメをよそに、三男は玄関ホールに高齢の執事がたった一人しか立っていないことに、唖然としていた。
「えー? なになに? お爺ちゃん一人だけぇ? もっと盛大に歓迎されるかと思ってた。えー、うっそだー、エメロ国の姫が帰ってきたってのにさー。エメロ国って冷たすぎじゃない?」
出迎えが地味なのは、姫がエメロ国へ入った際に混乱させないよう、派手な出迎えは避けるようにガビィが指示を出していたから。
「おかえりなさいませ、ガブリエル様」
高齢な執事が、にこにこと会釈する。その笑みが、ガビィの後ろに隠れていたヒメへと向けられた。
「お初にお目にかかります、マリーベル姫。長旅、お疲れ様でございました」
「え?」
ヒメは初対面のような対応に面食らった。だって本物のお姫様は、普段はずっとお城にいて、彼らと暮らしているものだとばかり思っていたから。
「は、初めましてなの? あ、もしかして、新しく雇われた人とか?」
「いいえ、
「は、はぁ……」
よくしゃべる人だなぁと、ヒメはたじろいだ。
「どうぞ、お見知り置きくださいませ」
すべてを把握しているかのような老人の微笑みに、ヒメはガビィを見上げた。視線だけで、説明を強く要求するヒメだが、ガビィは背の低い執事を見下ろしている。
「ガブリエル様も、
「まだ仕事してるのか。マデリンも気の毒にな」
「ささ、姫様は私について来てください」
「あ、はい……」
マデリン? 執務室? 王子様? ガビィを呼んでる?
ヒメは竜の巣の王が奇妙なことを言っていたのを思い出した。
『エメロのハナタレ王子が、ガビィを気に入ってな、以来ずっとそばに置いておる。エメロの現国王も、王子の護衛に相応しいとかなんとか言いおって、早い話が、うちのガビィは貧乏くじを引かされたのだ』
ガビィを呼んでいるのは、ハナタレだと言われた王子様だろうか。ヒメはエメロ国に何人の王子様がいるのか知らなかった。
「ああ、そうです、城壁の門番のクリスは、ここでお
「あ、しまったー。俺そこまで考えてなかったや」
クリスさんに化けた三男が、ヒメから後ずさって距離を空けた。
「ヒメさん、俺は適当な天井裏にでも
「わかった……。ここまでありがとう、三男さん」
ガビィも三男も、ヒメとは別方向の廊下を歩いていった。遠ざかってゆく、頼もしい背中二つ……めちゃくちゃ心細くなるヒメである。
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