第7話   三兄弟

 ガブリエルが謁見えっけんで暴挙に出たという話は、重役たちを除いて、伏せられることになった。


 次男の王子が王に楯突たてついたという不快な印象を、竜の巣に広めないために。


 いつまでも平和で、統率の取れた組織体でいることを王は望んでいる。

 騒ぎの芽を徹底して摘み取ることには、限界があると知りながら。


「ネイル王子、お耳に入れたいことがございます」


 竜の巣の工作室で、書類しょるい偽造ぎぞういそしんでいたネイルは、資料の詰まった本棚と本棚の隙間から聞こえた部下のささやきに、耳を疑った。

「ガビィ……どうしてそんなことを」

 物憂げに目を伏せるネイルとは対照的たいしょうてきに、


「なんだって? 親父の前で兄貴がぁ!?」

 耳打ちした部下も驚くほどの大声が。


 羽ペンを鼻の下と上唇の上で挟んで、椅子から身をよじって見上げる三男の声だった。

 三男はいつもこの席を独占しているため、ネイルの部下のささやきは彼の耳にも入ってしまう。


 部屋がシーンと静まり返った。


 集中力のいる繊細な作業中の何人かが、指の力だけで羽ペンをへし折ってしまっている。


 ネイルはごほん、と咳払いして、場をしずめた。気を取り直して、部下に引き続きヒメを護衛するよう指示を出した。


「なあなあ兄さん、兄貴はヒメさんと引き換えに、エメロ国に行ったんだろ? なのに、なんでなんの連絡もなく戻ってきてるんだ? あ、兄さんは知ってたのか?」


「ああ。ガビィが戻っているとの報告は、俺の部下から聞いていた」


「え!? 知らなかったの俺だけかよ! う~、次からは俺の部下にも、兄貴の帰宅の報告をするように言っとかないとな……」


 椅子に姿勢を戻して、作業を再開する三男の手元には、本物の書類と内容が真逆のニセモノが、完成しつつある。


 ネイルの目つきが険しくなり、紙面の一か所を指さした。


「ここ、お偉いさんの筆跡ひっせきくせがずれてるぞ」


「え?」


「この文字の、この部分だ。止めハネが逆になっている」


「あ、ほんとだ。兄さんすげーな。目ぇどうなってんの?」


 危ない危ない、と紙をくしゃくしゃに丸めて、新しい紙に書き直しにかかる三男。

 本人のサイン入りの書類には、細心の注意を払わねばならない。


「ガビィには、後で問いただしておく」


「ん、兄さんに任せた」


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