第4話 玉座の主
緩やかな坂道や階段を上って、上へ上へと竜の巣を移動する。
(王様が私を部屋に呼ぶときって、二人の王子様のうちの、どっちと結婚したいかーとか、体調はどうかーとか。最近だと、私が実行する予定の、あの大仕事の内容の確認をするときなんだよね。代役が立てられない重要な仕事だそうだから、王様も心配してるのかも)
王が呼んでいる。
遅刻したり
何回も
王は耳が遠いので、大きな声でハキハキと発言しなければ怒らせてしまう。
綺麗なタペストリーに見守られながら、ヒメは扉の前に立っている番人に話しかけて、いっしょに扉をくぐっていった。
竜の巣の上層に位置する、一番広くて立派な部屋。
高い高い天井に作られた天窓から、夕暮れの始まりを告げる斜光が、床の豪華な
「おおヒメ、待っておったぞ」
酒でかすれた、しかしドスの利いた老人の声が、ヒメを迎えた。
黄金でできた動物たちで飾り付けられた、重たそうな
全身を黒い
体はとても大きくて、ヒメを三人ほど背中にのせられそうだ。
ネイルとよく似た服装をしているのは、彼もまた召喚師であるから。
そして召喚師こそ、この竜の巣を束ねる王のみが務める、特殊な地位だった。
ヒメは王と距離を保って立ち止まり、深々と一礼した。
「王様、今日はどのようなご用件でしょうか」
ヒメはお腹に力をこめながら、真面目な表情と声を努める。
絨毯に転がる、粉々になった
王がゆったりと、両手をひじ掛けにのせた。
その動きで、全身を飾る宝石と貴金属が、しゃらしゃらと音を奏でる。
「昨日は初めて外での仕事を任せたが、疲れてはおらんか。どこぞ
「はい。昨日の仕事は、きつくはありませんでしたので、まだまだ頑張れます!」
これからも役に立てることを主張したヒメだったが、
「ハッハッハ、一つ仕事をこなしたぐらいで、もう次に進もうとするとは。向上心があるのは良いことだが、無理はしてくれるなよ」
王の耳には、ヒメが厨房ではじけた豆に当たり、驚いて転倒しかけた、という大げさな情報が入っていた。
「ヒメにはしばらく
「え……」
絶句するヒメを気にする様子もなく、
王は金色の眼球を上下のまぶたでぬらりと湿らせて、目を細めた。
「そんなことよりもヒメよ、もうすぐ、例の作戦を決行する日が近づいてきた。わかっておるな。
「はっ! エメロ国の現国王に、娘のふりをして近づき、会話し、無事にこの竜の巣へ帰還することです」
王が座ったまま
ふぅん、と不機嫌そうな鼻息に、ヒメは体がのけぞりそうになる。
「少し違うぞ。
「は、はい……」
返事したはいいものの、ヒメはエメロ国どころか、この山奥から出たことがないため、何をどう絶望させればいいのか、そもそも絶望とは何かもわかっていなかった。
「エメロ国の王め、さんざん
「はい、お任せください……」
「なに、気負う必要はない。何度も説明した通りだ。付き添いの者が指示を出す
「心得えております」
大真面目に返事をしたものの、世間知らずなヒメの頭の中は、ハテナでいっぱいだった。
(
ヒメはいつも部屋の窓から、外での仕事へ向かう仲間たちを見送っていた。
食事と、掃除、任されるのはこの二種類の仕事だけで、さらに大勢の少女たちが手伝ってくれるから、いつもヒメの仕事はすぐに終わってしまう。
(もっと役に立ちたい! よし、エメロ国での仕事、きっちりこなして帰ろう!)
ふんっと張り切るヒメの姿に、王は満足したのかハッハッハと高笑った。
「ヒメが任務を遂行し、無事に帰宅でき次第、成人の儀式を始める。それが済めば、ヒメの体にも
「え? ご存知だったのですか、私に、まだ鱗が生えていないことを」
「儂はなんでもお見通しだよ。鱗が生えてきたら、次は王子二人のどちらかを選び、共に竜の巣の未来を
「仰せのままに。必ずご期待に応えてみせます」
ヒメの返事に満足し、竜の巣の王は揺り椅子にゆったりと背中を預けた。
(二人の王子様って、長男さんと三男さんのことだよね。うーん……二人とも大勢奥さんがいるし、私が一人増えたところで、なんとも思わないだろうけど……)
竜の巣では王の命令が絶対である。
結婚を命令されたら、嫌でも従わなければ殺される。
(兄弟みたいに暮らしてた二人のうち、どっちかと結婚って、何度考えても、よくわかんない気持ちになるんだよね)
そうでなくても、ヒメは二人の王子のことを、とても大事に思っていた。
赤ちゃんの頃から、となりにいてくれた。
子供の頃から、たくさん相談に乗ってくれた。
そのまま夫婦になったとしても、今まで通りの生活を送るんだろうな~程度の緊張感。それぐらい二人の王子のことを、信頼していた。
(あ、そうだ、これからもっと忙しくなる長男さんを手伝えるなら、彼の大勢いる奥さんのうちの一人になってもいいかな)
もしも王が気まぐれに結婚相手の候補者を変えるならば、ヒメもそれに従う所存だ。
竜の巣では、それが当たり前のこと。
「ヒメ、ここまで特に異論もなく返事をしておるが、何か
「え?」
自分の意見を訊かれるとは思いもしなかったヒメは、
(訊きたいこと……?)
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