第19話 包帯まみれ
けれども誰も昼食を作れるほど手があいていないので、ヒメたちは臨時で切り分けた干し肉と、おやつの豆類を大勢に配って歩いた。
ヒメもおやつで腹ごなししてから、また厨房の掃除に戻った。
「ああ、ここにいらっしゃいましたか!」
ヒメは後ろから声がかかって、振り向いた。
「なぁに? 私のこと?」
「はい。ヒメ様、王がお呼びです」
えー? またー? 今すごく忙しいのにー、というグチが出そうになるのを、ヒメはぐっとこらえた。
「わかった、すぐに行くね」
ヒメは使っていた
王の前では、ちゃんとした格好でないと失礼にあたる。
(よし、今から走って部屋で着替えよう!)
さらに汗臭くて
大急ぎで自室に戻って、鏡を見ながら
「準備完了!」
扉の両側に立つ門番に頼んで、開けてもらった。
「ガブリエルさん!?」
玉座の王と口論になっている赤い髪の青年の背中に、ヒメは思わず声を上げた。
周囲の視線に気がついて、ハッとして青ざめる。
(大きな声で、しかも人前で男性の本名を……これじゃあ『私の旦那様!』って呼んだみたいじゃない)
赤面しながら玉座の下まで歩いてきた。
頭二つ分高いガビィと、とてつもなく大きな王に無言で見下ろされながら、ヒメは王に深々と頭を下げた。
「申し訳ございません、はしたない
「んん……」
王はなんとも形容しがたい表情で、
目の前で起きまくる無礼千万、まだ利用価値がある
先ほど王からお説教されていたガビィの格好は、王の呼び出しに急いで来たのか、ぐちゃぐちゃだった。
ブーツにずぼん、そして上半身は白いシャツ一枚だけ。
しかもボタンが途中までしか
「ガブリエルさん、すごい怪我!」
「……たいした怪我じゃない。姫が大騒ぎするから、部下が部屋になだれこんできて、
「でも、腕を縫ったんでしょ? うまくできたの? 大丈夫だった?」
「……子供じゃないんだから、心配するな」
どっちの腕を治療したのかと、ヒメがうろうろする。
うほんっ、と
「ヒメ、次の襲撃が来る前に、明日エメロ国へ向かって欲しい。エメロ国の王に、お前の健康的な顔を見せたら、
「はぁい! 俺も行きまーす!」
元気いっぱいに謁見の間の空気をぶち破ったのは、三男だった。
片手をぶんぶん振って主張しながら、ヒメのとなりに並びだす。
「兄貴はご覧の通り、ケガしちゃってるから、頼りにはならないよ」
するとガビィがむっとした表情で、赤い眉毛をつり上げた。
「兄さんの調査結果を聞いたぞ。一階の部隊に負担がかかったのは、誰かさんが屋上から
今度は三男がむっと目尻をつりあげた。
「屋上の高さから落とせば、転落死すると思ったんだよ。まさか地面に着地して、玄関から家に入り込もうとするなんて、予想できるわけないだろ!」
「お前の判断が間違ったせいで、一階が持ち場だった大勢が医務室送りになった! お前から皆に謝罪を入れるべきだ!」
「俺が悪いんじゃねーもん!」
……王の目が、見たこともない形になって兄弟を睨みつけている。
ヒメはあわあわと慌てた。
「王様、ご兄弟はきっと戦いの直後で、気が立っているのです。一度、下がらせてはいかがでしょうか」
「ふん、あの程度の戦いで精神が乱れるとは、まだまだ未熟者の証拠だ。二人ともネイルを見習え! 竜の巣の混乱を
王はしんどそうにしながら、揺り椅子の背もたれに全体重を預けた。
「ガビィ、明日は出られそうか」
「無論だ」
「では、もう良い。下がれ。それと、その格好をなんとかせんと、メシ抜きだ」
「……自分で作るから必要ない」
とことん反抗するガビィに、ヒメは謁見の間の空気が急降下で冷えてゆくのを感じた。
(も~~~~! 私じゃ
もう用は済んだとばかりに、立ち去る彼の背中。
出入り口付近では、竜の巣の民が影のように
「ねえねえ親父、あいつは置いていこうよ。あんな状態じゃ、ヒメさんを守れないよ」
「駄目だ。エメロ国の王子が、あいつを
「うへえ、エメロの王子様は、まーだ夜中のトイレについてってもらってんの? 兄貴がいないと何にもできないんじゃない?」
「そうかもしれんが、お前たちの未来の雇い主だ。
ヒメはえげつない会話を聞いたような気がしたが、聞き流しておいた。
「王様、三男さん。次男の王子様は、腕を負傷しても戦ってくれたんですよね? それってすごい事じゃないですか! これに
取り入るようなヒメの姿勢に、三男と王は、顔を見合わせた後ヒメに向き直った。
「ヒメよ、王子が体を張って竜の巣を守るのは当然のことだ。その程度の
「でも彼は、腕を縫うほどの怪我だったんですよ?」
「怪我をしたら手当てするのは当たり前であろう。むしろ戦いで負傷するなど、まだまだ未熟者の証拠だ」
ヒメが庇えば庇うほど、ガビィの評価が下がってゆく。
なんてことだとヒメは大変やきもきしたが、良い案が何も思いつかなかった。
「出かける準備をしろ。今日の襲撃は予想外だが、エメロ国の王との約束を、
「わかりました」
「はーい、準備しまーす」
「二人とも、下がってよいぞ。ああ、そうそう、弁当に詰めるおかずの中に、
「はい」
「あったよ」
「あれに塩をまぶしたヤツが、酒のつまみによく合う。持ってきてくれんかのう」
王が舌なめずりしながら、大きく前に突き出たお腹をさすった。
ヒメと三男はきょとんとしていたが、やがて王の
「わかった、持ってくる」
「
と返事したのだった。
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