第3章  ヒメの産まれた国

第20話   初めての遠征

 長旅の荷造り初心者なヒメは、いろいろな事態に備えて、いっぱい入れようと思案していた。

 そんな折り、自室の扉がとんとんと叩かれる。


「ヒメ様、これどうぞ」


 ヒメは侍女から必要最低限の物資がすっきり収まった荷物かばんを受け取った。


「用意してくれたの!?」


「ふふ、重くないですか? 背負ってみてください」


 背中に背負うと、心強く重すぎない、命のかてが詰まっているのを感じた。


「うん、ちょうどいい重さだよ。ありがとう!」


「どういたしまして。ヒメ様、また必ずこの竜の巣へお戻りくださいね」


「うん。長旅、楽しんでくるよ」


 ヒメは自室にこもって、荷物をすべて床に並べた。


 厨房で作ったお弁当が入った筒が十本、水を汲むための器一個、急所を一突きするための鋭い短剣、応急手当て用の小箱、着替えの黒い装束。


 すべて鞄に詰め直すと、まだ少し入りそうであることに気がついた。


「あ、そうだ、着替えはもう少しあったほうがいいかも」


 というわけで残った隙間に、着替えをぎゅうぎゅうに押しこんだら、何かを取り出すだけで一苦労しそうな固い鞄にできあがった。


「まあ、いっか」


「ヒメ様~、下までいっしょに行きましょう」


 少女たちの声がかかった。

 さりげなく、支度したくを催促されているのだと気づいたヒメは、気づけばけっこうな時間をかけてしまっていて、慌てて荷物を背負った。


 廊下に出ると、いつもの見慣れた姿の少女たちが待っていた。


 ヒメは無意識にガビィを探してしまっている自分に気が付いて、そんな自分をちょっと恥じた。


「次男の王子様も、いっしょに行くんだよね」


「はい」


「彼、大怪我けがしてるんだ。すぐに出立させて大丈夫かな」


「……と言われましても、王様の命令ですから」


「……だよね~」


 ヒメは肩をすくめた。


「わかった。いっしょに下に行こう」


「あ、そうですヒメ様、次男の王子様から、伝言を承っております」


「え? 私に?」


「はい」


 その伝言とは。

 エメロ国でのいろいろな文化の違いは、口で伝えるだけだとわかりにくいから、現地に到着して、実践しながら教える、というものだった。


「うっそ、歩きながら教えてもらおうと思ってたのに」


「次男の王子様なりに、ヒメ様を気遣ってのことなのです、たぶん……」


 小さくなっている少女にお礼を言って、ヒメは彼女たちと廊下を歩きだした。


「ヒメ様、ご機嫌ですね」


「え? そ、そうかな」


「はい。あのような事件がありましたのに、ヒメ様はお強いんですね」


「アハハ、たぶん、まだ昨日の事態を飲み込めてないだけだよ。昨日のこと、まだ夢なんじゃないかって疑っちゃう」


 それぐらい、ヒメにとって、竜の巣での生活は毎日が同じことの繰り返しだった。


 ヒメなりに工夫して、今日は難しい本を読む日、とか、今日は三男の王子と訓練する日、など、予定を作ってはいたのだが、昨日の大事件に比べたら、全てが些細ささいな出来事だった。


「ところでヒメ様――」


 ヒメを囲んで歩いていた少女たちが、一斉にヒメを見上げた。

 黒い覆いに隙間無く覆われた小さな顔、唯一、大きな両目だけが、ヒメの反応を凝視している。


「次男の王子様に、敬語は使わないのですか?」


「敬語? ああ、そう言えば、いつの間にかタメ口だったね。私ってば、すぐに仲良くなろうとしちゃってさ、ついつい誰にでもタメ口になっちゃうんだ。あ、王様にはやらないよ」


「そうですか……誰に対しても、平等に……。では、なぜ次男の王子様の本名だけを、お呼びになるのでしょうか」


 ヒメはぎょっとして、身を固くした。


「そ、そんなことしてたっけ?」


「はい。昨日は、誰しもがヒメ様の異常な言動に、眉をひそめておりました。ヒメ様の行動は、王の耳に筒抜けなのです。これからはつつしむように、ご配慮くださいませ」


 少女たちの大きな眼球が、ヒメをじーっと凝視している。

 訓練を積んだ彼女たちのほうが、ヒメよりもずっと強い。

 今更になって、ヒメは大勢から敵対されるような言動を取り続けていたことに気が付いた。


 少女たちの気迫きはくに、人数に、冷や汗が流れる。


「ご、ごめんね……気をつけるよ」


「ぜひ、そうしてくださいませ」


「あなたたちも、いっしょに旅に来てくれるんだよね?」


「はい。エメロ国へは何度か足を運んだことがございます。次男の王子様ほどではございませんが、私たちもヒメ様をお支えしますよ」


 めっちゃくちゃ心強い……けど、あまりエメロ国で浮かれ過ぎないようにせねば、とヒメはきもめいじたのだった。


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