第21話   しゅっぱーつ!

「じゃ~ん。今日は俺がリーダーだよ。みんな俺に続けー!」


 竜の巣の外では、三男ひきいる大勢が集まっていた。

 ざっと数えて二十人もの先鋭せんえいが、大きな荷物を背に、ヒメたちを待っていた。


「わああ! 待たせちゃってごめん!」


 ヒメは竜の巣の玄関から、日の当たる外へと踏み出した。

 玄関と言っても、両開きの大きな扉の前に、帯剣した門番が数人立っているという、殺伐さつばつとした出入り口だ。


 外に出たヒメの足元を、過酷かこくな標高でもたくましく育つ希少きしょう高山こうざん植物が飾っている。


 そんな植物の草葉くさばかげに、小鳥が顔をつっこんで虫をつついている。


 陽射しも柔らかくて、昨日さくじつに侵入者との激戦が遭ったとは思えないほど、のどかな空気が流れていた。


 三男が片手を挙げて、はい注目ー、と声を張った。


「えーと、今回はエメロ国を訪問いたします。エメロの王様には、昨日きのうおきた襲撃のことは伏せておいてください。俺らはちゃんと自分たちで解決したんだから、エメロの王様の信用をぐようなことは他言無用です。わかった?」


 はぁい、と声をそろえるヒメたち。


「それでは皆様! 長旅がんばりましょう。えいえい、おー!」


「早くしろ」


 あとからやってきたガビィが、野次やじを飛ばした。


 三男が目尻をつり上げる。


「なんだよ、みんなの緊張をほぐそうとしてたのにさー!」


「真剣な仕事なんだぞ。気を緩ませるな」


「まあまあ次男さん、押さえて押さえて」


 ヒメはガビィの厚い胸板を押し返した。

 ガビィは無言でヒメをけると、一人で歩きだしてしまった。


 ……気まずい雰囲気のまま、大勢が静かに歩きだす。


 ヒメは今日に備えて、いろいろと話題を用意したはずなのに、何も思い出せないまま、とりあえずガビィのとなりに並んでみた。


 ふと、彼が背負っている大きな荷物に、目がまる。


「ねえ次男さん、腕を怪我してるのに、そんな大きな荷物を背負って大丈夫なの?」


「薬は飲んだ。じきに治る」


「でも、今すぐ治ったりはしないでしょ? 私の荷物は軽いから、交換しようよ」


「重いからダメだ。姫がつぶれる」


 ヒメの腕力では任せられないほど、重いらしい。

 手負いの彼がそれをかついでいるというのが、ヒメには見過ごせない光景だった。


「じゃあ、えっと……ねえ誰か男の人! 彼の荷物を持ってあげて! 余裕がある人でいいの。彼、腕を怪我しててさ」


「やめろ。よけいな事を言うな」


 ガビィに肩を小突こづかれてよろめきながらも、ヒメは付近の男性の従者に声をかけるのを、あきらめなかった。


「お願い。誰かいない?」


 すると一人が手を挙げた。


「私が」


「ありがとう。ごめんね。あなたはどこか怪我してない?」


「大丈夫です。ここに集められた者は、どこも負傷しておりません」


 すると前を歩いていた三男が、後ろ歩きで下がってきた。


「怪我してんのは、兄貴だけだよなー」


「……」


鎮痛剤ちんつうざいだっけ。ああいう薬って眠くなるんだよな。もうしばらく竜の巣で養生してたほうがいいんじゃねーの」


「ちょっと三男さん、やめて」


 言われっぱなしで黙っているガビィを、ヒメは庇う。

 竜の巣では負傷者に対して、未熟者の烙印らくいんを押すのが普通であったとしても。


うろこがないのに、あの化け物の爪と戦ったんだから、誰がなんと言おうと、ガブリエルさんはとても勇敢な人だよ。空気は、まったく読んでくれないけど……)


 だから彼をバカにする人は、たとえ友達でも許せなかった。


 はたして、せっかく名乗り出てくれた男性の申し出も、ガビィは断り、ヒメが潰れるくらい重いらしい荷物を、負傷している体で背負い続けた。


 三男はおもしろくなさそうに先を歩いてゆく。

 ガビィは、そっぽを向いている。


 その後は、ヒメがいろいろな話題を振ってみたのだが、ガビィの反応はどれもイマイチで、会話らしい会話にならなかった……。




 黒い大岩である竜の巣は、高い高い絶壁ぜっぺきの上に、産み落とされた卵のようにして立っている。

 どこへ向かうにも、まずこの絶壁を下りなければならない。


 三男がヒメとガビィの間に割って入った。


「ヒメさんを運ぶのは俺な。ヒメさん、運ばれ方はわかってるよな?」


「うん、よろしくね、三男さん」


 三男は背負っていた荷物を、お腹へと回した。

 そしてヒメの前にかがんで、背を向けた。


「ん」


「それじゃ、失礼します」


 ヒメが三男の両肩を掴んだ。

 続いて両足を、彼の胴体にからませるために、全体重を任せようとした。


 そのとたん、三男が立ち上がった。


「うわあ! ちょ、ちょっと!」


「やっぱりお姫様だっこにしよう!」


「え? なぁにそれ? どうやるの?」


 すると「なにやってるんだ。後ろがつかえてるから早く下りろ!」と、すかさずヤジ。


「ちぇー、兄貴のやつ、冗談が通じねー性格は昔のまんまだな」


「でもさ、少しでも昔と変わらない部分があって、よかったね。まったくの別人になって帰ってきたわけじゃなかったんだよ」


 ヒメの笑顔に、三男は、ハァ~と珍しくため息をついた。


「ヒメさんさぁ、あいつをかばうの楽しいの?」


「え? べつに、楽しんでなんか」


「ま、べつにいいけどー」


 三男は再びヒメの前にしゃがみ直し、今度は足と腰に力を入れて、安定してヒメを背負ってくれた。


 ヒメを背負ったまま、崖に近づいて、目的地を見下ろす。

 足場のとぼしい、切り立った崖だった。


「ヒメさんが原住民のおばちゃんたちと会ったのも、この崖をえたからだよな」


「うん。その日は、別の人に背負ってもらったよ」


「だれに? 男? 女?」


「女の人に。もしかしたら、長男さんの奥さんのミリアさんだったかも」


「ふーん」


 三男はなんの合図もなく、驚異的な脚力で一ッ飛びして、一段低い足場に片足を乗せて、体勢を保った。


 今やヒメの命は、この三男の小柄な体にかかっている。

 ヒメは無言で、三男の肩にまわしている腕に、しっかりと力をこめて、緊張した。


 三男はふらつくことなく、片足に力をこめて跳躍し、今度はもう少しだけ広めの足場に、両足で着地した。


 次の足場を見下ろしては、そこへ飛び移り、また次の足場を見下ろしては、飛び移ってゆく。


 それを繰り返して、崖の半分くらいまで下りていった、そのとき、


「下へ参りまーす!」


「え?」


 ヒメの体を、浮遊感が襲う。


 なんと、三男はどこの足場にも頼らずに、一気に急降下してゆくではないか!


「キャアアア! なにしてんの!? なにしてんのバカ!」


「あはははは!」


 土煙を上げて、地面に着地。


 ヒメを草地に下ろした。


「無茶なことしないで。これから長旅なのに、足首を捻挫ねんざしたらどうするの」


「ヒメさんはすっかり怪我におびえちゃってるな。だーいじょうぶだよ、俺らは頑丈だから」


 余裕のあるふうにへらへらしていた三男だったが、ふと、金色の目を細めて、崖のあたりを見上げたまま、動かなくなってしまった。


 ヒメもつられて、崖を見上げる。

 仲間たちが、足場を丁寧に選んで、下りてくるところだった。


「みんなが、どうかしたの?」


 ヒメが三男に振り向くと、彼は仲間たちではなく、崖の上の、竜の巣の大岩を眺めていることに気がついた。


「ねえヒメさん……必ずここに、帰って、くるよね……」


 ヒメはきょとんとしていたが、やがて笑顔でうなずいた。


「もちろんだよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る