第13話   空から降ってきた白い使者

 黒いドラゴンが、青空に浮かぶ一つの白い卵を、両手と両足でつかんで、二回、三回と喰いちぎってゆく。

 卵から白い破片がぱらぱらとこぼれ、空に広々と舞い散った。


 白い破片は、互いに引き合ってくっつき、どんどん大きくなってゆく。


 あっという間に、ぽんとお腹の出た、赤ちゃんみたいな体型の、頭だけがトカゲという化け物になった。

 白い破片でできた体は、白銀の鱗のように輝きながら、竜の巣めがけて急降下してくる。


 王は双眼鏡を下げて、大声を放った。


「弓兵、構え!」


 屋上が持ち場の弓兵が、一斉いっせいに上空へ向けて、矢をつがえた。


「撃ち落とせえええ!」


 たった一匹の化け物に対して、十数本の矢が命中した。

 矢が刺さったというより、鱗の隙間に挟まっているように見えた。


 大量の矢の勢いに押されて、化け物は絶妙に軌道きどうはずされ、竜の巣とは別方向に下降して、森の木に激突して粉々に砕け散った。


 それでも一体、また一体と、全身を弓矢まみれにしたトカゲが、上手に軌道を保って、屋上へ急降下してくる。


「うわ、うわわ、落ちてきますよ、王様!」


 あんな勢いの、しかも堅そうなトカゲに衝突されたら、鱗のないヒメなどミンチになってしまう。


 王は片手にしていた酒瓶を傾けて、音を立てて飲み干した。

 そして青空に向かって大きく息を吸い込んだかと思うと、ガバリと大口を開けて、勢いよく真っ赤な火柱を吹き上げた。


 火柱は空高く届き、卵までは到達しなかったものの、竜の巣めがけて下降していた化け物を、全て溶かしつくしてしまった。

 やがて、王が激しく咳き込み、火柱は勢いを弱らせながら消えていった。


「王様、感謝いたします! あんなに遠くまで炎が届くなんて!」


 ヒメの声を含め、大勢の歓声が上がる中、王は咳き込んでいた。


「酒を飲まんと、火の出が悪くてな」


 その酒瓶も、カラになってしまっていた。

 王は双眼鏡を再び目にあてて、敵陣を視察した。


 そこには卵の姿はなく、上空で羽ばたく黒いドラゴンだけが、鋭い牙で何かを噛み砕いているところだった。

 卵の破片が辺りに飛び散らないように、口の中に収めて食べているらしい。


「ふん、腹ぁ壊しても知らんぞ」


 勝利することだけでなく、下にいる民のことまで考える優しい息子に、王は双眼鏡をそっと下ろした。


 双眼鏡がないヒメは、上空で羽ばたくドラゴンの姿が、やたら大きな鳥にしか見えなかった。王のつぶやきに、あの鳥が卵を少し食べてしまったのだと推測した。


「我らの敵ではなかったな。日頃の訓練で相手をしている人形どもと、相違そういない」


 そのとき、太陽がにわかにかげった。

 なんと、さっきより二回ふたまわりくらい大きな卵が、ゆったりとした速度で空を流れてくるではないか。


「また来おった。これで三個めだ」


「え? 二個めではないのですか?」


「ヒメが屋上へ上がってくる少し前に、すでに一個を処理した。とても小さい卵だったゆえ、ネイルが両手で掴んで、遠くへぶん投げたのだ」


「ええ!?」


 ゆったりした優しい雰囲気のネイルからは、想像できないヒメだった。


(そういえば、私が厨房で三男さんと豆を取り合ってたときに、すごい物音がしてたな。あのとき、王様とみんなは、屋上で何かと戦って、勝ったんだ!)


 一個めも二個めも、竜の巣の民が勝利した。

 では、慣れたものではないか、とヒメが安堵した、そのときだった。


 三個めの卵が、みずからまっぷたつに割れて、中から大量のきらきらした破片が空に舞い散った。


 破片はすさまじい速度で化け物の姿を形成し、竜の巣めがけて降ってくる。


 さっきのトカゲよりも二回りもずんぐりとした、大群だった。


「弓兵! 撃ち落とせ!」


 ところが、ずんぐりとした化け物は、弓矢まみれになっても体勢を崩さず、ついに竜の巣の岩壁の凹凸おうとつに長い爪を引っ掛けて、体を固定した。


「エ、メ……ロ……」


 弓矢まみれの白いトカゲが、次々に岩壁にくっつく。


 弓兵がすぐさま前列へ躍り出て、岩壁から引きはがさんと、矢を放った。


 白いトカゲたちは、顔面が見えなくなるほど弓矢を当てられながらも、ゆっくりとした足取りで上へとよじのぼったり、下へと降りていったり。


「ヒ、メ……エ、メロ……エメロー、ディアアア……」


 化け物たちがささやく声が、森にひっそりと鎮座ちんざする巨大な黒い岩を、なぶるように、こだました。


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