第12話   エメロ十三世と竜の巣の王

「姫を、そなたたちにたくしたい」


 エメロ国の王、エメロ十三世は、私室でぽつりとつぶやいた。


 その日はエメロ十三世の誕生日だった。竜の巣の王は、祝いの言葉と品を届けにエメロ城へ参上していた。


 臙脂えんじいろ絨毯じゅうたんに、竜の巣の王の体躯たいくに合わせた特別に大きな椅子、その後ろでは、竜の巣の王の従者数名が、無言でひかえている。


「エメロ十三世、今なんとおっしゃいましたか」


「私の娘を、そなたたちに託したいと申したのだ。本音を言えば、王子もともにそなたたちに預けたい。そして願望を言えば、二人ともこの私の手元に置いておきたい……」


 エメロ十三世は、心労による寝不足ですっかりやつれていた。

 頬に差す影が色濃い。


「王子と姫が産まれたとたんに、城の中に巣食っていたよどみが、あふれ出てしまった。今はまだ隠し部屋にて、信用に足る忠臣たちに姫と王子を守らせておるが、あの忠臣たちの中にも、もしや裏切り者が紛れ込んでいたらと思うと……恐ろしくて夜も眠れないのだ」


「たとえ王子様と姫様そっくりの影武者を立てようにも、赤ん坊の影武者もまた赤ん坊でなくば。そして赤ん坊の影武者では、王子様と姫様を守ることは不可能でしょうな」


「……」


 他人の赤ん坊を身代わりに。

 そんなことを、この優しすぎるエメロ十三世ができないことぐらい、竜の巣の王は見抜いていた。


「エメロ十三世。我々は契約金のもと、王に忠誠を誓ってはおりますが、城での対人関係の不和や、政治までは首を突っ込みません。ましてや城の中をまさぐり、裏切り者をあぶり出すことなど、とてもとても。そうですな、姫様をお預かりする分の契約金を上乗せしていただくのならば、この竜の巣の民すべての命を賭してでも、姫様をお守りいたします」


「……」


「しかし、この城での根本的な解決策が見つからなければ……姫様をこの城に置いておくのは危険でしょう。よもや数多の輩に心臓を狙われるお世継ぎ様を、のうのうと民衆の前にお出しになるのではありませんな」


「口をつつしめ」


「これはご無礼を。年寄りのごと、どうかお許しくだされ」


 竜の巣の王は、シッシッシ、と口の端を吊り上げて笑った。


 それからしばらく、双方の王は無言であった。


 やがてエメロ十三世が、咳払いで沈黙を破った。

「そなたの言うことは……耳が痛いが、その通りであるな。城と国の平穏を取り戻さぬ限り、姫と王子に、気の休まる居場所はない」


 竜の巣の王はニヤッとしていたが、それは顔を覆う黒い布のせいで誰にもわからなかった。


「我々は姫様お一人ならば、いつでも迎え入れる準備はできております。いつでも、ご決断ください。迎えには私の自慢の息子たちを寄越よこしましょう」


「んん……そなたたちの区別は、未だにできておらんのだが……そなたの跡継ぎたちには、ぜひ挨拶したいものだな」


 エメロ十三世の声は、気乗りがしないにも程があった。

 しかし、もう一押しだと竜の巣の王は判断した。


「エメロ十三世」


「なんだ」


「もしも姫様を安全に生かしたいのであれば……王族の身分を捨てさせ、我々の仲間として生涯をお送りしてもらう、というのはどうでしょう」


「なに?」


「竜の巣で大切にお育てする条件として、うちのせがれの嫁に迎えたいのです」


 エメロ十三世の顔が、拒絶反応で歪んだ。

 姫を満足にだっこできない両手を、悔いるように握りしめる。


「調子に乗るな! エメロの内情が落ち着き次第、この私のもとへ返すと約束しろ!」


「姫様をお譲りくだされば、竜の巣の中で、誰に傷つけられることもなく、大事にお育ていたしましょう……」


 竜の巣の王の、巨大な図体ずうたいを凝視し、エメロ十三世は迷った。


 やっぱりやめる、と言うのは今しかなかった。


 しかし歴代の王を影ながら支え、小国エメロをここまで発展させてくれた、彼らの腕と功績を、無視するにはあまりに大きすぎた。


(私が二番目の妃など、迎えたばかりに、こんなことに……)


 姫への未練と、姫の安否と、すこぶるタフな竜の巣の王……エメロ十三世の心の天秤は、激しく上下した。


「竜の巣の王よ」

「はい?」


 黒い布で顔を覆っている竜の巣の王は、さも善意に満ちた声で語尾を上げて返事をした。


 エメロ十三世が、両手の平をぎゅっと握って、まぶたもきつく閉じている。


「姫が十六になったら、私のもとへ、顔を見せに寄越よこしてほしい。そこから先は、姫の意思のままにする」


「姫様の意思?」


「姫が将来、竜の巣の花嫁となるか、それともこの城に残り、命を狙われ続けても、政務に就いてくれるか、選ばせたい」


 ははぁ、と竜の巣の王は感心したような反応をみせるも、世間知らずなエメロ十三世の甘い考えに失笑していた。


(では、エメロ国の政務などに興味を持たぬよう育てるだけだ)


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