第11話 竜の巣が襲撃!?
三男とヒメが豆をめぐって攻防戦を繰り広げていると、大きな地響きとともに、厨房が大きく振動した。
何度も、何度も。
厨房の仲間たちが、すぐに
ヒメは三男に食べられた分のノルマを埋めようと、豆を煎る作業に戻っていた。
「今日の訓練も、派手にやるねぇ」
「違うよヒメさん、今回のは、なにかがおかしい」
「え? そ、そうなの……?」
仲間の一人が慌てた様子で厨房へ入ってきた。
「ててて敵襲だ!! 各自、持ち場につくように! 詳細は追って説明する!」
その様子に、三男の金色の双眸が細くなる。
「いついかなるときでも平常心、これ竜の巣の
「そ、それが、どんどん増えているんです! 竜の巣が、囲まれてしまって!」
調理場が
「囲まれたー? こんな山の高いところにある俺たちの家が? 見張りのヤツ、さぼってたのか?」
「いいえ、地上からの奇襲ではありません。王がヘンな人形を召喚してしまい、空からボトボトと降ってきてるんです!」
「ええ!? 親父の
三男の平常心も吹っ飛んだ。
もう一人、厨房の出入り口から男性が飛び込んできた。
全員が同じ服装だから、誰がどんな役割の人なのか、ヒメには判別ができない。
「弓兵は
「ほーい」
遊撃とは、敵を攻撃するだけでなく、立ち回って味方の援護も担う。
三男の王子が、こんなに広い竜の巣をどうやって立ち回るのか。
ヒメには想像がつかなかった。
「ヒメ様は僕と来てください。王様がお待ちです」
「あ、はい! わかりました」
ヒメは竈の火に水をぶっかけて消そうとしたが、三男が小柄な体躯に似合わぬ肺活量で吹き消した。
「ヒメさん、あの人についていって」
「ありがと!」
ヒメは調理道具をその場に置いて、厨房の出入り口へと走っていった。
身長が頭一つ飛び抜けて高いのは、王とネイル王子だけで、他の男性はそこまで高くなかった。
そのせいか、ヒメは後者のほうが話しやすかった。首の角度的な意味で。
「王様ってば、おちゃめだね」
「……」
ヒメを先導している男性は、王の
「でも、よかった、知らない人たちが襲ってきたわけじゃないから。ここは空でも飛べないと、入れない場所だもんね」
「そうですね……。この過酷な場所にたどり着いた人間は、一人もいません。森に住んでいる原住民の
男性は廊下を何度も曲がったり、階段を上ってゆく。
ヒメはてっきり自室に閉じ込められて、参戦させてくれないんだろうなぁ、とあきらめていたから、階段をどんどん上ってゆく彼に、わくわくした。
「どこ行くの? もしかして、私も戦力として入れてくれるの!?」
「なにを喜んでいるのですか、そんなわけないでしょう。あなたはお怪我をしてはならない身の上なんですから」
「ああ、そう……」
ばっさり否定されて、ヒメはへこんだ。
竜の巣の民は約百二十人おり、そのうち戦力外の小さな子供や職人を除くと、戦えるのは約八十人。
しかし、こちとらアウトローな暗殺者集団。
鱗の丈夫さも合わされば、向かうところ敵無しだ。
たとえヒメが何もしなくとも……。
「私だって、多少の剣の
「多少ではいけません」
「……。あーそーだよねー、
「屋上です。王様がヒメ様と、話されたいそうです」
「屋上かぁ、訓練場の一つだね」
竜の巣は、外と屋内で、いくつか訓練場がある。
室内での乱闘も想定して、狭い廊下での訓練もあるため、ヒメの部屋の扉がへしゃげたのは、たぶんそのせいであった。
空が見えてくる。
これが最後の階段だ。
階段を上りきったヒメは、屋上に武装した男性が大勢集まっていて驚いた。
黒い大岩である竜の巣は、てっぺんを平らに削って、黒い運動場にしている。
陽射しを浴びても岩肌はひんやりとしていて、風も強く吹いており、ヒメは倒れないように、足と腰、お腹に力をこめて踏ん張った。
「王様、ヒメをお連れしました」
人混みを掻き分けて、ヒメを先導してくれた男性は、王の前にヒメをずいと押し出した。
王はいつもの召喚師の衣装を身にまとい、銀細工のような
ヒメは王の武装する姿を初めて目にして、誰よりも巨体な彼に見下ろされていることもあって、大変緊張した。
「こ、こんにちは、王様、敵襲って聞きました。あの、私も戦えます!」
「ヒメは儂のそばで、無傷で立っているがいい。それがヒメの仕事だ」
「はい、自分の身は、自分で守れます!」
ヒメが胸元から取り出したのは、やたら細い刀身の小刀が二振り。
相手の
それを見た王が下した命令は、絶対に何もするな、だった。
(そんなぁ! ボーッと立って守られてるだけなんて、胃に穴があいちゃうよ。本当にいざとなったら、私も戦うんだ!)
敵襲と聞いて、どきどきしていたヒメだったが、屋上から見渡せるのは、深い森が生い茂り放題の、のどかな風景。
ヒメの部屋の窓から見える、いつもの景色だった。
(あ、そっか、地上からじゃなくて、空から降ってきてるんだっけ)
ついと見上げた空のかなた。
視界に飛び込んだのは、遠い空にぽっかり浮かぶ、白い
それがどんどん砕けてゆき、白い破片となって輝きながら、ゆっくりと竜の巣へ落ちてくるところだった。
「え……? 王様、あれはいったい……」
輝く破片のいくつかが、不気味にうごめいていた。
王は従者が持ってきた巨大な双眼鏡を受け取ると、両目に当てて空を見上げた。
白い卵に飛びかかる、羽の生えた黒いドラゴンの姿に、金色の両目を細める。
「おうおう、息子が派手にやりおる」
双眼鏡を持っていないヒメは、空で何が起きているのかわからない。
ご自分の手違いでヘンなモノを召還したというのに、王に悪びれる様子もないし。
むしろ、この程度の緊急事態に対処できない部下などいらん、とでも言うかのような
「ヒメ、儂が
「い、いいえ」
「隠さずとも良い」
王は従者を大声で呼びつけると、大きな椅子を運ばせて、どっかり座った。
ふーーーーーっとため息をついて、椅子に背中を預ける。
「儂にも引退を考えるときが来たようだな。しかし、まだネイルの力では、アレらを制御できん。これから
ヒメは金色の眉毛を寄せた。
「王様が召喚して
「ヒメ、そなたに
「え? 私の鱗が、あの空に浮いているモノと関係があるのですか?」
「
王は片腕をヒメの顔へと伸ばした。
鋭い爪がヒメの頬に当たる。
「成人の儀式さえ済ませば、お前の身は鱗に覆われるのだからなぁ……」
ヒメは爪の先が目に当たらぬよう、微妙に首をかしげて調整する。
「それに、時期的にもちょうど良い……」
ヒメを預かって十六年近く経つ。
王はヒメから手を放すと、ぷいと顔を背けて、金色の眼球を、そっと下ろしたまぶたで覆い隠した。
しばし、昔の記憶と向き合う。それはヒメの産まれた国の王『エメロ十三世』と、私室で話し合ったときの記憶だった……。
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