第14話   捜シニ来タ

 竜の巣の屋上で、ヒメはどうしていいかわからなくて身を固くした。


「な、なんか呼ばれてる……。私、あんな人たち、知らないのに」


 名前を呼ぶ声は子供のように甲高く、無邪気な感じも伝わってくる。

 ヒメは背筋が寒くなり、両手で小刀を握りしめた。

「お、王様」


「怖がることはない。こんなモノどもに遅れを取る我らではないわ」


「そ、そうですか……」


 そこへ三男の王子がやってきて、振り向きもせず、シミターを背負った力強い背中でヒメを勇気づけた。

「三男さん?」


「ちょっと厨房で腹ごなししてきた」


「こんなときに!? なにやってるの!」


「食べないと力が出ないんだよ。今お腹ふくれてるから、あんなのにヒメさんは渡さないよ。絶対に!」


 自信ありげな三男の態度に、不安がっていたヒメが励まされたのもつか


「ヒメエエエ……エメロー、ディイイイアアア」


 遊びに誘うかのような調子で化け物に呼ばれて、ヒメは凍りついた。


「弓はもうい! みな、剣を構えよ!」


 王の号令で、大勢のさやが鳴った。


 竜の巣の部屋部屋の窓は閉じられている。

 壁登りの訓練により、いつも誰かが壁を登っているものだから、部屋を留守にする者はたいがい窓を閉めている習慣が、このときほど役立った日はなかった。


「あ! 私、部屋の窓しめたっけ……」


「ヒメさんとこの窓なら開いてたよ。けど、もう開けられないかも」


「え? どういうこと?」


「俺がしょっちゅう開け閉めするせいか、窓のけがずれたみたいでさ、アレそうとう力こめないと開かないと思う」


「なにしてんの!? もう! 窓を直すとき手伝ってよね!」


 そんなことを言い合っているうちに、ついに化け物が、屋上の一つ下の階層まで、壁をよじ登ってきた。


 三男が抜刀して、シミターを石の床に叩きつけた。

 鋭い金属音が鳴り、竜の巣の民が後退して距離を取った。


「親父の前だ、負けたら死刑確定だぜ! お前ら気合入れて勝てよ! 俺も援護するからな!」


 皆、気合の入った険しい面持ちで前を見据えた。

 三男と同じくシミターを構える者。腰の両側に下げた革製の鞘から、ナイフを引き抜く者。投擲とうてき用の武器を両手に構える者。


 ヒメと同じく、至近距離に特化した鋭い短剣を構える者もいた。


 化け物が次々に屋上のふちに指をかけ、顔をのぞかせた。

 弓矢だらけの顔面から垣間かいま見える、つぶらな黒い両目が、屋上にいる大勢をきょとんと見上げる。

 そのうちの一体が、ひょいと片足をかけて、屋上に上がってきた。


「かかれええええ!」


 王の号令を合図に、竜の巣の民が一斉に化け物へと突撃する。

 化け物はどこぞの方角へと両腕をのばしながら、よちよちと歩いてゆく。

 その姿が、黒い装束たちに覆われて見えなくなった。


「俺ん家にはいるときは、玄関から頼むわ!」


 三男は銀色のシミターを振り下ろし、屋上のふちへ手をかける化け物の指を、思いきり砕いた。

 屋上に這い上がろうと上半身を出した化け物の頭部も、容赦なくね飛ばそうとシミターをひらめかす。だが、刀身が跳ね返されてしまった。


 三男が舌打ちする。


「俺らと同じで、硬いのか」


 ならばと助走をつけて、思いきり化け物の頭部を蹴飛ばした。

 化け物が、アアアと小さな声を上げながらのけぞって、落下した。


「まだヒメは渡さぬぞ! エメロ国へ行ってもらう用事があるのだからな!」


 王が巨大な酒瓶を片手に振り上げて、付近を歩く化け物の頭頂部に叩きつけた。


 分厚い硝子がらすが粉々に砕け散る衝撃を受けた化け物は、首を真後ろに回して王を見上げた。


「エメ、ロ、ディア……ド、コ……」


 憎悪も痛みも感じていない大きな黒目が、王を見つめた。

 これには王の顔も引きつる。数歩下がった王の姿に、側近の顔色が変わった。


「王!」


ひるむな! なんとしても全員殺せ!」


 化け物が太い前足でドーンと突き飛ばすと、竜の巣の民が数人、屋上から吹っ飛ばされてしまった。


 そのとなりでは、新たに壁を這い上がってきた化け物のふところに、竜の巣の民が飛び込んでいた。

 うろこ隙間すきまから長い針を突き刺して、テコの原理で内側からメキメキと鱗を剥ぎ取ってゆく。


 バキッと割れて、大げさなほどの数の鱗が、黒い床に散らばった。


 なんと、化け物はすらりとした体型に変わり、竜の巣の民を胸にしがみつかせたまま、全速力で走りだした。


 迎え撃とうと立ちはだかった竜の巣の民が、次々に吹っ飛ばされる。

 胸に必死でかじりついていた竜の巣の民も、ついに手を滑らせて床に転倒した。


 止まらぬ化け物の猪突猛進ぶりのその先には、王が立っていた。


「王様! 危ない!」


 ヒメが小刀を構えて、化け物に向かって行く。

 王が片手をのばして、ヒメの首根っこを掴んで引き倒し、化け物とヒメが正面衝突するのを避けた。


 化け物は王の巨体に激突して、仰向けに転倒。

 王は吹っ飛びはしなかったものの、大きくよろけた。


「誰かヒメを部屋へ! 閉じこめておくのだ!」

「王様! 私も戦えます!」

「ヒメ様こっちです!」


 侍女が倒れているヒメの腕を、後ろから引っ張って立たせた。

 あらがえないほど強い握力だった。ヒメは侍女に引っ張られ、人の波を逆流していった。


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