第15話   竜の巣で籠城戦!?

 余裕のあった戦局が一変、総動員の激戦と化してしまった。

「あの人たち、私の名前を知ってたよ! 私のこと捜してるのかも」

「今は何も考えず逃げましょう!」

 侍女はヒメを引っぱって、階段を駆け下りた。


 竜の巣の民の攻撃を受けて、余分なうろこが取れてすっかり機敏きびんになった化け物も、

 階段を下りてくる。


 それを追いかける竜の巣の民の戦士。


 さらにそれを、ワアアと楽しそうな声を上げて追いかける化け物。

 何か狙いがあるわけではなく、追いかけっこして遊んでいるようだ。


 しかし捕まったら、その怪力で何をされるか、わからない。


 なんとか追いつかれる前に、侍女は自分の部屋へヒメをかくまおうとしていた。

「一階に私の部屋があります。そこへ隠れましょう」


「わかった」


 三階への階段を下りてゆく彼女たちに、声をかける男性がいた。


「奥様! ネイル王子より伝言とかぎをお預かりしております!」


 侍女はヒメを引っ張って、駆けつけてきた男性と合流した。


「奥様は王子のお部屋で、ヒメ様を匿ってください。赤ちゃんもお部屋にいます」


「ありがとう。あなたも気を付けて」


 男性は手に持っていた部屋の鍵を、侍女に手渡した。


「ご武運を」

「ご武運を! 気を付けてね!」

 侍女とヒメは、男性の後ろ姿を見送った。

 彼の部下なのか、数名の男性も同伴で走り去る。


 ヒメは彼らが階段を駆け上がってゆくのを見て、屋上へ応援に行くのだと察した。


「こっちです、ヒメ様」


 侍女を先頭に、ヒメは三階の廊下を走った。


「長男さん、絶対に怪我しないといいね」


「怪我の心配はしていません。あの人ならきっと、大勢をぎ払えるでしょうから」


「わあ、頼もしい」


 ヒメは長男が大きな武器を扱っている姿を見たことがなかったが、彼の妻であるこの侍女が言うのなら、大丈夫だと思った。


「ガ、じゃなかった、次男さんは、どこで戦ってるか知ってる?」


「玄関からの侵入を、正面きって防いでおります。それが彼の持ち場ですから」


「そっか、怪我しないといいな……」


 竜の巣の民の鱗は、至近距離で射られた矢をも弾く。

 ヒメはガビィが革の鎧を着こんでいたことを思い出し、まさか、身を守るための鱗が、本当に一枚も生えていないのだろうかと懸念した。


 そんなことを考えていたら、すらりとした身体になるまで攻撃を受け続けた化け物が、廊下の向こうから走ってくるのが見えた。

「わあ! あっちから来る!」


「迎え撃ちます! ヒメ様は後ろに下がって!」


「私も戦うよ! 投擲とうてきの練習は毎日してるんだ!」


 屋上へ続く階段は、一つではなかった。

 化け物は別の階段からここまで下りてきたようだ。


 ふところから武器を取り出して構える二人だが、白い化け物はしなやかな姿勢を保ちながら、二人の横を素通りしていった。


 そのあとを、数人の竜の巣の民が追いかけてゆく。


「……ありゃ?」

 全てに素通りされたヒメたちは、人気ひとけのなくなった廊下で、呆然としていた。


「あのトカゲっぽい人、あんまり頭が良くないみたいだね」

「そのようですね」


 ひとまず二人はほっとして、とりあえず武器だけは手に持っていようと話し合い、ネイルの部屋を目指した。


 彼の部屋は、となりの住人の部屋となんら変わらない扉が付いていた。

 侍女は扉の鍵穴に鍵を差しこみ、取っ手をまわして押し開けた。


 ヒメは他人の部屋というものに初めて入った。

 暗色系の色合いの布やタペストリーで飾られた、大きな家具が並んでいる。

 部屋の壁は本棚が占めており、分厚い背表紙や書類のたばが、収まっていた。

 素朴そぼくかつ事務的な部屋だった。


 侍女が扉を閉めて、鍵を内側から掛けた。


 ひとまず、安心するヒメと侍女。


 ふと顔を上げると、部屋の隅っこに、小さな揺り籠が置いてあるのを見つけた。毛布にくるまれた赤ちゃんが、すやすや眠っている。


「赤ちゃんだ。よく眠ってるね」

「あまりによく泣くので、また夫に預けておりました」


 赤ちゃんは大人と同じように全身を黒い装束でくるまれていて、ときおり小さな口を、ねだるようにふにふにと動かしていた。


 夢の中で、お母さんに会っているのだろうか。

 ヒメは思わず、ほほが緩んだ。


「かわいいね~」

「難産でした」


 侍女は苦笑し、そして母の顔から戦士の顔へと切り替わった。


「ヒメ様、籠城ろうじょう作戦を取りましょう。私といっしょにこの部屋にこもり、敵が部屋へ侵入しそうになったら、迎え撃ちます」


「わかった」


 あの走りっぱなしの化け物が、鍵ごと扉をぶち開けるほど知恵があるようには思えないが、万が一に備えて、二人は廊下の物音に、じっと耳を傾けた。


 突然、大きな衝撃に部屋が揺れて、ヒメは侍女とともに天井を見上げた。


「きっと屋上だ。上で戦ってる人たち、大丈夫かな」


「ヒメ様、我々にはネイル王子がついています。他の王子様も、とてもお強いですから安心してください」


 侍女は自分自身にも言い聞かせているようだった。


 ヒメはこれ以上、不安を吐露とろしないように気をつけた。

 部屋にいる赤ちゃんのためにも、ここで踏ん張らねば。


「ふえ、ふぇええ……」


 さっきの衝撃で赤ちゃんが起きてしまった。

 侍女が慌てて抱きかかえるも、一度起きてしまった赤ちゃんはすぐには眠らない。


 廊下の床をたたく硬い足音が、急接近してくる。

 白銀色のトカゲだろうか、ぞっとするほど足音の感覚が狭い。


「うわあああん! ぎゃあああん!」


 赤ちゃんが本格的に泣きだした。

 何度も何度も大きく息を吸っては、警報のような大声で泣き続ける。

 すごい肺活量だ。


 侍女が必死にあやすも、ネイルにしか懐かない赤ちゃんはギャンギャン泣き続けた。


 そして廊下を疾走する侵入者の注意を、引いてしまった。


「ヒ、メ……泣イテル……?」


 扉の前で、足音が止んだ。

 ミシミシと扉が真ん中からへしゃげてきた。

 化け物を追っていた竜の巣の民が追いついたらしく、硬い鱗を刃物でガンガン叩く音が聞こえだす。


「ヒメ……」


 攻撃を受けながらも、化け物は扉を控えめに、しかしミシバキとへし曲げてゆく。


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