第2話   お弁当当番

 クッキーを部屋で食べるときも、顔の覆いをずらして口を露出させなければならないから、また鏡の前で布を巻きなおした。


「これでよしっと」


 綺麗に巻けてホッとするひまもなく、茶色い木の扉が三回鳴った。


「ヒメさま、今日はお弁当当番ですよね、厨房ちゅうぼういっしょに行きませんか~?」


「あ、行く行く~!」


 ヒメが扉を開けると、廊下ろうかに年若い女性が数人立っていた。

 黒ずくめで区別はつきにくいけど、声やしぐさで、ヒメは判断する。


 竜の巣は巨大な岩をまるごとくりぬいて大勢で暮らしているため、廊下も部屋も一続ひとつづきだ。

 窓や部屋の出入り口は、岩壁をけずって穴をあけて作る。


 ひんやりした灰色の岩壁は、そのままだと寒々しいので、織物の上手な者が手作りのタペストリーで飾っている。


「ヒメさま、昨日は食糧調達に行ってきたんですよね」


「あ、うん、そうなんだ。大変だったけど、やりがいがあったよ。もしかしたら私が運んできた食材を、今日のお弁当に使うかもしれないね」


 竜の巣を覆い隠す山々や森の中には、竜の巣の民を支援しながら生活する原住民の村が点在し、竜の巣の民は、彼らと金品や食料を物々交換して生活している。


 ヒメは昨日、原住民の村を初めて訪れた。

 物々交換と、丁寧ていねい交渉こうしょうで物資を手に入れて、仲間と竜の巣を往復した。


 いつも何か手伝おうとすると、やんわりと断られてばかりだったヒメにとって、初めての、そしてかなりの重労働だった。


 食料、布、武器の素材となる鉱石などなど、両手いっぱいに抱えると前が見えないくらい大量だったが、一日かけて、たくさん運んだ。


 立派りっぱに役割を勤めあげた。大変緊張した。

 仲間が入念に下調べをしてくれたおかげで、とくに問題もなく、順調に終えることができた。


 昨晩の大成功ににやついていたら、「嬉しそうですね~」と少女たちが微笑んでいた。

「うん……初めて、外に出してもらえた日だから、とっても嬉しかったよ」


「あ……そうだったんですか。ヒメさまだけが、そんなことになっていたなんて、知りませんでした」


「ああ、気にしないで。これからどんどん、外に出るから! って言っても、いろいろ慣れないことが多いから、仕事のやり方とか、たくさん教えてね」


「はい!」


 料理を連想させる模様の織られたタペストリーが導く先に、大きな両開きの木戸が見えてきた。

 今日のヒメの仕事場、厨房である。


 扉を押し開けると、これから支度したくに取り掛かる仲間が大勢入っていた。

 広めの一室に六つの長テーブル、まな板に包丁などの調理器具や、食器類はもちろんのこと、パンを焼くかまどに、食糧庫につながる扉。


 別室では、肉や魚が干されている。


 厨房での役割は、前日に通達されており、先に厨房へ入っている者が、身支度や下ごしらえに取り掛かっていた。


「ありゃ、遅刻しちゃったかな」

「いいえ、間に合ってますよ。さ、始めましょう」


 少女たちとヒメは、それぞれの作業台へ向かってゆく。

 ヒメに割り当てられた作業は、豆とナッツ類をる係。


 さっそく食糧庫へ、豆のふくろを取りに向かった。


(昨日みたいな外での仕事がしたかったけど、お弁当作りも立派な仕事だよね)


 外の仕事に向かう仲間のために、どこでも食べられる固形物のクッキーやかんパン、動物性たんぱく質が取れる魚の干物や干し肉を手作りし、小さく切って携帯食けいたいしょくにして、木製のつつめられるだけ詰めこむのだ。


 煎った豆とナッツ類は日持ちがして、普段のおやつとしても食べられている。今日のヒメは、お弁当当番けん、おやつ係なのだ。


(あ、この豆の袋は……私が昨日、ヒィヒィ言いながら運んだ豆だ!)


 食糧庫に積み重なった、野菜と果物たっぷりの木箱に、卵の並んだたな、そして床をめるあさの袋。

 そのうちの一つのひもをゆるめて、ヒメは中身をざるですくってゆく。


 原住民の奥さんの日頃のグチを聞くという苦行のような交渉のすえ、ちょっと多めにおまけしてもらった。


 苦労したかいもあって、袋の中での再会に感動もひとしおだ。


 小さいかまどまきをくべて、火を起こし、フライパンで豆を乾煎からいりしてゆく。黙々と、淡々と。


 次にフライパンをかたむけて、豆を冷ますために、たいらで大きな皿にカラコロと移した。

 熱いまま入れ物に入れたら、入れ物が膨張ぼうちょうしてヒビが入ったり、割れてしまうのだ。


 カラになったフライパン。ヒメが新たに生の豆を入れようとした、そのとき――何かが壁に激突したような激しい物音と、振動、悲鳴が上がった。

 厨房からかなり離れた場所からだ。


「なんの音だろ……」


「ヒメさま、きっと今日の訓練生の悲鳴だと思います。最近、訓練用の人形が、誤作動を起こして、ケガを負う人が増えているんです」


「ええ!? そんな危ないことになってるなら、訓練を中止にすればいいのに」


「訓練用の人形を召喚しょうかんするのは、王様なんです。王様に意見を言える人は少ないですし、それに訓練は毎日かかさず行うものですから、中止にするのは難しいと思います」


「そ、そうなんだ」


 竜の巣を治める王に意見できる者は、ほんの数人。

 三人の王子ですら、なかなか意見を聞き入れてもらえず、けっきょくヘンな計画のまま、ことを進める羽目はめになり、そのせいで怪我人が出たりと、毎度何かしら不調が出てしまう。


(人形の話は怖いけど、私も、そろそろ訓練生に選ばれたいな……。この前、いろんな立場の人たちにお願いしたんだけど、速攻で断られちゃった。私より年下の女の子だって訓練してるのにな~)


 ヒメは再びフライパンに生の豆を投入して、カラカラと煎ってゆく。


 その豆の一つがはじけて、ヒメのほっぺに飛んできた。


「わあ!」


「ヒメさま、大丈夫ですか!?」


「あ、うん、平気。へへ、ちょっとびっくりしたや」


 少女たちが胸をなでおろす。

 彼らはヒメに何かあるたびに、とても心配するのだ。

 過保護だな~とヒメは苦笑し、もっとしっかりせねばと、張り切ったのだった。


「よーし、どんどんやっちゃおう」


「あまり無理をなさらないでくださいね」


「平気平気~」


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