第17話 医務室にて
医務室は広くないこともあって、
黒い鱗が
ついでに、素顔をさらしていたヒメも、黒い包帯でぐるぐる巻きにされてしまった。
「ネイル……」
侍女が待合室を、不安げな面もちで捜している。
彼女が抱えて運んだ男性は、医師に適切な処置を
ヒメに血は付着させなかったかと、となりの席の者に尋ねられて、大丈夫だと答えていた。
侍女が椅子に座っている数名に、駆け寄った。
「ネイル王子は、ここに来ておりませんか?」
「ああ、長男の王子様なら、さっきそこでお見かけしました。場所は――」
ヒメは彼らの痛々しい姿に、胸がふさいで、うつむいた。
腕に抱いている赤ちゃんは、泣き疲れて声が小さくなっていたが、それでもしゃっくりを引きずりながら泣いていた。
「ヒメ様」
侍女が戻ってきた。
「夫と王子様
「わかった。ありがとう」
「ヒメ様こそ、ずっとこの子をあやしてくださって、ありがとうございます」
赤ちゃんはヒメの手から侍女へとわたった。
泣きやまない赤ちゃん。
まるでお父さんの無事を確認したがっているようだと、ヒメは思った。
ネイルと赤ちゃんを会わせるために、侍女と医務室を出ることにした。
「みんなケガしてたね……すぐ治るといいけど」
「……今まで私たちの鱗が剥がれることは、滅多にありませんでした。医務室に入る者は、もっぱら骨折や
廊下に出て、一階の広場を目指して歩いてゆく。
「広場って、子供たちが遊ぶ遊具が置いてある場所だよね。長男さんたち、そんなところで何してるんだろう」
「王子様
「私も。お手伝いするよ」
広場を目指して廊下を歩くうちに、ヒメはだんだん違和感を覚えた。
廊下の壁にある扉のいくつかが、へしゃげて、少し
壁を飾っていたタペストリーは引き裂かれて、黒い石の床に
「うわぁ~、あの化け物との戦いの
「……無事を祈りましょう」
広場まであと少しのところで、廊下の扉という扉が、かちかちに
廊下を飾っていたたくさんのタペストリーも、一枚も無くなっている。
焦げて無くなってしまったのだと、ヒメは悟った。
「え……なんで、こんなに焦げてるの? あの化け物が扉を破壊するのは知ってたけど、まさか王様みたいに火も吹けて、それで扉を焦がしたんじゃ――」
「ヒメ様、
でも、とヒメは黙れなかった。
「鱗のないあの人が、引っ掻かれたり、木が炭になるほどの炎に当たってたら――大変!」
「ヒメ様!?」
ヒメは全速力で広場に飛び込んでいた。
広場にいた男性数名が、肩で息をするほど急いでやってきたヒメを見て、呆然としていた。
「ヒメ様、どうされたのですか?」
戸惑いの混じったその声は、ヒメの耳には届いていなかった。
「なに、これ……」
ヒメが知っている広場は、可愛い模様のタペストリーに飾られた壁に、床には鮮やかな虹が描かれた
今ではそれらが全て無くなって、ベンチは破壊されて、黒い
侍女が遅れて広場に到着し、長男の
「皆様、お怪我は」
「全員無事です」
「主人はどこに」
「あちらに。ご案内します」
侍女は大泣きする赤ちゃんと一緒に、広場のもう一つの出入り口から向こう側の廊下へと、案内されていった。
ヒメは絨毯の無くなった床にしゃがんで、そっと床を指でなぞった。
白い指の腹が、黒い粉で真っ黒に汚れる。
「……これ、
ヒメは立ち上がって、部屋全体を眺めた。
もともと黒い岩でできた竜の巣だが、岩独特の光沢と違う、べったりした輝きが、広場を占めている。
「化け物が火を吹いたのかな。でも、どうしてわざわざ、この広い部屋をすみずみまで真っ黒焦げにしたんだろう。もしも化け物がやったんだったら、狭い廊下も、そこかしこも、遠慮せずボオボオ吹いてそうだけど……」
知性の感じられなかった化け物たち。
ヒメは、うーん、と腕を組んで思案する。
敵の考えが読めてこそ、難しい戦局も勝利することができると授業で習っていた。
「うーん……あ、違う! これ味方がやったんだ。化け物の注意を自分に引きつけて、この広い部屋におびき寄せて、炎で
ヒメの大きな独り言に、その場にいた部隊の何人かは冷や冷やしていた。
「ヒメ様、あのー、それ以上は……」
推理に夢中のヒメは、思案を続ける。
「でもなー、竜の巣の民で火が吹けるのは、王様以外に聞いたことがないや。王様が屋上から一階まで、下りてきたのかな。でも王様はすぐに椅子に座ってしまうほど足腰が弱ってるから、階段を一気に駆け下りるなんて無理だと思う。じゃあ、下層が持ち場だった誰かの中に、炎が吹ける人がいたってこと……?」
赤ちゃんの笑い声がした。
ヒメが振り向くと、腕に赤ちゃんを抱えたネイルが、広場に入ってくるところだった。
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