第170話

東棟2階に立ち並ぶ2年生教室、そのうちの一つから廊下に光が漏れ出ている。視線をやや上方に持っていくと、『2-1』と書かれたプレートが目に入った。


その教室の一つ手前、2-2教室の明かりは既に消され、クラスメイトの代わりに静寂が鎮座している。

どうやら俺たちが在籍する2-2の面々は早々に帰宅し、打ち上げ会場に向かったらしい。


今頃はカルビやタンを焼きながら、文化祭トークに花を咲かせて盛り上がっているところだろう。


そんなことを考えながら、俺は先頭を歩く蒼子に付いて足を動かす。



蒼子は柏城が待っているであろう2-1教室に向かって、一直線にゆっくりと進んでいく。


良く言えば、慎重に。

悪く言えば、不安げに。


口では「怖くない」などと言っていたが、それでもやっぱり、ほんの少しの不安や恐怖は残ってしまう。


それもそのはずだ。


今から蒼子が対峙するのは、彼女を敵視している柏城翔太だけではなく、『天才』として生を受けた白月蒼子自身なのだから。



俺はこいつがとても “弱い” ということを知っている。


誰にも話すことができず、共有することもできない大きな悩みを抱えていることを知っている。


……そして、そんな弱さを抱えながらも懸命に生き、自分の運命を自分の手で切り開くことのできる “強さ” を持っていることを、俺は知っている。



だから、大丈夫。心配はいらない。わざわざ声なんてかける必要もない。



後ろから彼女の小さな背中を見つめながら、そう自分に言い聞かせていると、蒼子の足が2-1教室の前でピタリと止まった。

後ろを歩く俺と葉原も同じように足を止める。

そうして、息を整えるように数回呼吸を繰り返すと、再び足を動かし、教室後方の扉から教室内へと足を踏み入れた。

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