第169話

「そんじゃ、俺たちは先に打ち上げ行って待ってるから。晴人、あとで絶対来いよ!」


部室内の明かりが漏れ出す廊下で、輝彦が俺をじっと見つめながら強く念を押す。


そんな輝彦に向かって、俺が「あぁ」と短く返事を返すと、輝彦の隣に立つ誠も不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。



「あんまり来るのが遅いと、晴人の分の焼肉も食べちゃうからね」


それは困る。せっかく行ったのに食うものがないんじゃあ、損だろう。


俺はそんなことを思いながら、苦笑を浮かべて言葉を返す。



「分かった。なるべく早く向かうことにする」


「うん。……それじゃあ、また後で」


「あぁ、また後で」


そんな一時の別れの挨拶を済ませると、輝彦と誠は俺の隣に立つ蒼子と葉原とも同じように挨拶を交わし、部室とは反対方向へ向かって去って行った。


そうして2人の後ろ姿が完全に見えなくなったところで、俺はぽつりと呟く。



「……さて」



これで、あとはとの関係に決着をつけるだけだ。それで、全て無事に終わる。


……と言っても、俺があいつと話し合うわけじゃない。


あいつとの関係に決着をつけるのは、今もこうして俺の隣に佇む1人の『天才』。白月蒼子自身だ。



俺はガラスのように透き通った瞳で、じっと真っ直ぐこちらを見つめる蒼子に向かって尋ねる。



「あいつに伝える言葉は、しっかりと決まったか?」


「えぇ」


蒼子は強い意志のこもった声で、そう答える。



「……もう、怖くはないか?」


「えぇ。……だって、2人がいるもの」


その答えを聞いて、俺の心配は杞憂だったとほっと息を吐く。

そんな俺を見て、葉原も自分の胸をトンと叩きながら蒼子に言葉をかける。



「もし、蒼子ちゃんが折れちゃいそうな時には、私が全力で支えるから安心して!」


「頼りにしてるわ、葉原はばら……いえ、 “ゆうさん” 」


少し揶揄うように名前を呼ばれた葉原は、一瞬表情に出た驚きを、みるみるうちに喜びへと昇華させていった。



「うん!」


そうして満面の笑みで返事を返す葉原を見て、俺は今一度2人に向かって口を開く。



「それじゃあ、行くか」


2人はそんな俺の言葉に大きく頷いて応えると、部室の明かりを消して、あいつがいるであろう2-1教室へ向かってゆっくりと歩き出した。

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