第171話

「……よぉ、随分と遅かったじゃねぇか。てっきり、帰ったのかと思って焦ったぜ」



蒼子が教室に入るなり、窓側最後尾の席に腰をかけていた柏城が、嫌な笑みを浮かべながらそう口を開いた。

2-1教室には柏城以外の生徒の姿は無く、そのせいか、教室がやけに広く感じる。今はその広さが逆に鬱陶しい。


すると柏城は、蒼子の後ろに立つ俺たちの存在にも気がついたのか、眉をぐっと寄せ、あからさまに迷惑そうな表情をこちらに向けてきた。



「ってか、なんだよそいつら。俺はお前と1対1で話すつもりだったんだけどな。……でもまぁ、付いてきたもんは仕方ねぇか」


そう言って、柏城はため息をつきながら席を立ち上がると、そのまま窓に近づきクレセント鍵に手をかける。カチャンと鍵の外れる音が教室に響き、カラカラと小気味よい音を立てて開けられた窓の外から、澄んだ夜の微風が忍び込むかのようにそっと教室内に吹き込んできた。



「……それで?」


開いた窓から少しずつ夜の青に染まっていくグラウンドを眺めていた柏城が、ぽつりと呟く。それから気怠そうにゆっくりと蒼子の方を振り返り、再び問いかける。



「どうするか決めたのか?」


すると、穏やかだった夜風が表情を変えたように一瞬強く吹き荒れた。蒼子の長い黒髪が舞うように靡く。

その風は、2人の間に降りようとしていた沈黙を丸めて絡め取り、どこかへ消えていってしまった。


そうして、風が再び穏やかさを取り戻したところで、蒼子が口を開いた。



「……えぇ、決めたわ」


震えのない、真っ直ぐな蒼子の声。


ここからじゃ見えないけれど、きっとあの瞳も真っ直ぐ柏城に向いているんだろう。


蒼子は一拍置いてから、言葉の続きを言い放つ。



「私は変わらない。これからも、私は私として彼らと共に歩き続ける。……そう決めたわ」


まるで言葉に色が付いているかのような、はっきりとした意思表示。


そんな白月蒼子の強く堅い意思が、想いが、俺と葉原の心にしっかりと焼き付けられた。

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