第162話
青々とした樹々の葉が沈黙を埋めるように吹く黄昏の風に触れ、カサカサと控えめに音を立てる。
そんな中、白月蒼子という1人の少女が人知れず抱えている悩みと、それに相反するような強い想いが、空気を震わせながら俺の胸にジワリと染み込んだ。次第に彼女の言葉を受けた部分が、熱を帯びたかのように熱くなっていく。
俺は自分の中に生まれたその熱の正体を再確認するように俯く彼女にそっと目を向け、ある決意をした。
今まで、濃い霧に覆われ見えていなかった白月の悩みや想いを理解できたのであれば、自ずと白月に掛ける言葉も決まってくる。
……いや本当は、掛ける言葉なんてものは彼女の話を聞くよりも前からとっくに決まっていたのだ。
それをずっと言わないでいたのはただ、俺自身が臆病だったから。
もし、俺がその言葉を言ったとして、白月に強く拒絶されてしまったら……。今のこの関係がさらに崩れていってしまったら……。
そう考えると、怖くて怖くて言葉が中々出てこなかった。
けれど、今は違う。
このまま何も言わず、何も伝えず、白月が独りで苦しむ様子をただ眺めているだけならいっそ、この言葉を、想いを、全て吐き出してしまった方がいいに決まっている。
俺は汗の滲む掌を今一度握りしめ、影の中に沈み込んでしまいそうな白月に真っ直ぐ目を向けると、俺たちの間を漂っていた沈黙を静かに破った。
「白月」
その呼び声に応えるように、俯いていた彼女はゆっくりと顔を上げ、こちらを振り向く。まるで何かを問うように向けられる彼女の瞳には、夕焼けの光をいっぱいに取り込んだ涙が浮かんでいた。
……白月の泣き顔を見るのは、これで2度目だな。
そんなことを考えている間にも、段々と鼓動は速く、大きくなっていく。まるで、体全体が1つの心臓になってしまったかのようだ。
俺は一度深く息を吸って吐き出すと、不安げに揺れ動く白月の瞳をじっと見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「……お前は、大きな思い違いをしている」
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